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.絵本・児童書

あらしのよるの

2017・1・3

あけおめ、ことよろ
良く考えれば12月は更新してない、まー3年半ぶりで更新したものんだからと自己弁護
雪も降った、雪片づけ、だいたい次の日雪が降ると天気予報で言えば、早よ寝て、早よ起きる、夏より忙しい。夏も冬並みに動けばいいが、ついつい伸ばして秋になりアー動けばよかったと後悔。家の整理をしてない自分を責めてモー3年

ところで先日NHKテレビ「シブ五時」で中村獅童氏が歌舞伎になった「あらしのよるに」の解説をして、獅童氏演じるガブがメイを食おうか食うまいかの葛藤してるシーンを見て、すごいなと思った、ものすごい心の葛藤のシーンである、これは「あるはれたひに」の中のシーンである。

昔獅童氏がEテレで「あらしのよるに」の読み聞かせをしていた時から、この童話はいいなと思っていたが、まさか歌舞伎になるとはものすごい衝撃である、まして童話で、新作歌舞伎も最近はものすごく今までの概念を取っ払う作品が多いが、童話までかいと思うとともに進化だ

「あるはれたひに」
ガブはメイを食べたい、しかし友達だからダメ。その葛藤がすごい、読み手によっていろいろ解釈、しかし我慢がいかにしんどいか教えてくれる。しかしオオカミが良い(人がいいと言う意味)ガブは中々メイをガブリとはいかない、結局最後までメイを食べずにメイト山を降りる

「ひとりぼっちのガブ」
「あらしのよるに」の番外編と言う位置づけ?ガブは強いがオオカミが良い(人がいいと言う意味)、だから友達とどちらが強いか戦っても、手心を加えて負けて孤立する、一人になる

一人の辛さ、泣かせるね、伝わってくる。やっぱりオオカミの良いガブはある時、獲物がたくさんある場所を見つけ仲間に知らせようとする、仲間のところまで悪戦苦闘。仲間のとこへ、友達に知らせるが、その友達に手柄を取られた。本来ならガブがヒーローなのに、また一人、ガブはモーいやだって思っちゃう、ここがまたグッときちゃう

ガブはまた一人で月を見るけど、そこへお母さんが来てそっと抱きしめる。ガブは一人じゃない、お母さんがずっと見守ってくれる、今もこれからも。

読み手によっていろいろ考えさせてくれる童話だ、大人も子供も、人は一人でも生きていけないし、どこかで見てくれる人がいる事は以下に大事かを考えました、

さむがりやのサンタ

2008.11.7

 ビジネス実務法務の検定料を振り込む。そんなことより今頭が変になりそう。「絵本ナビ」さんからのメール見てたら、「さむがりやのサンタ」の絵本が載っていた。持っているので早速本棚探したら無い。いくら探しても無い、どうしようご自慢の本である、毎年クリスマスには読むのに。もう25,6年間ずっと持っていたご自慢の本である。たぶん、きっと今日一日気分が落ち込むだろう。ほんで出てきたのが「サンタのたのしいなつやすみ」、、第1版、1976年、「さむがりやのサンタ」の後に買った記憶がある。ご自慢の本が側に無いと落ち着かない、ボヘミアンが行方不明になった見たい、早速本屋さんに注文する。で一安心。

 主人公のちょっとへそ曲がりのブチブチ言いながらクリスマスの用意をするサンタが好き、もし本当にサンタがいたらこんなもんだろうなと想像しながら読むのが楽しい。しかしクリスマスの朝は忙しい、プレゼントの用意、そりの準備、トナカイにえさやり、最後は留守番の猫のえさやり、いざ出発。悪天候の中プレゼント配達、煙突から入ってすすだらけになったり、サンタさんへと食事を用意する家、次々仕事を片付けていく、ウインザー城が出てくるところはさすがイギリス。その上をサンタのそりが走る、もうじき朝だ早く、早く、朝が来ると見つかる、早く早く、そしてやっと家に着く。温かいお風呂、温かい紅茶、忙しい一日が終わる。はじめてこの本を開いたときびっくりしたのは、絵が漫画のようにこまわりになってること、こんな絵本見たことないと感じた。その分内容がびっしり詰まってるな感じた、サンタの性格、クリスマスの準備の忙しい様子がよく分かる。

 で「サンタのたのしいなつやすみ」、この本は本屋でお目にかかることは無い(弘前では)、「さむがりやのサンタ」は時々あった。「サンタのたのしいなつやすみ」の方が主人公のサンタが寒がりやというのがよく分かる。ときは夏、こんな寒い家には居たくない、夏休みで旅行する、フランス、スコットランド、ラスベガス。しかし食事が合わずおなかの調子が悪くなったり、寒すぎたり、お金を使いすぎたり、やはり一番はお家。旅行に行くけど帰ってくればやはりお家が一番と思う、万国共通だなと思う。

 食という点から見ても非常に面白い。サンタはさすがイギリス人と思わせるのは。所所にティーポットが書かれている。「サンタのたのしいなつやすみ」ではフランスの食事を食べるけどやっぱりイギリスの食事が懐かしくなり(食べなれないから腹具合悪くなる)、とうとうイギリスの食事をフランスのレストランで食事を頼むんだけど出してくれない。もちろん紅茶も。プライドを掛けても出さない、支配人も出てくる、出てきたのはクロワッサンとコーヒー、サンタは「朝飯かい?」と毒ずくけど、支配人は参ったおっさんだと言うし。アメリカでは食事の量の多さにげんなりしたり。

 絵本は好きだがこんな風に重箱の隅を突付く風にして読むのも楽しい。単にストーリーの面白さだけではなく、絵に書かれている中から文化の違いとかを発見するのは楽しい。私が好きな絵本の絵。戦前のキンダーブックのように淡い、柔らかい色使い、絵の線は柔らかく、表現は丁寧で細かいこと。子供が小さいほど、色のどぎつい、極端にリアルすぎる絵は避けたほうが良い。幼稚園の時先生がキリストの本を読んでくれたのはいいが、キリストが十字架に掛けられる絵を見たら気持ち悪くなった。いまだに十字架は苦手(私はドラキュラか)。他にリアルすぎる鳥の絵を見て鳥が嫌い、刷り込みはおそろしい。

絵日記

2008・9・29

 著者の山中和子さんと母の共通項があり興味を持って読みました。著者は母より五歳下で神戸生まれ、母は大阪の高見町で生まれ、著者の日記が書かれた頃は戦後母の兄弟が闇屋をしていたので靴の買出しに学校を休んで神戸へ行ってました。

 たぶん弘前に来なければ著者と似たような生活をしただろうなと思いました。驚いたのは毎日きちんと絵に日記を書いたこと、それも丁寧に絵が書かれ文章も長いこと、その間にお手伝いもするんですからすごいです。小さい頃よく母に「おかあちゃんの子供の頃は畑ばかりやっておめだじみたいにゴロゴロしたごとね」と言われました。たしかにその通りしかし母も小さいとき手伝わされたせいか、あまり手伝いなさいと言いませんでした。

 母の戦争中の日記が残ってますが、文章表現は同じです。目上の人には丁寧な言葉を使うことです。戦後も戦前の教育が残ってる人たちはしばらくこのような文章表現をしたのでしょう。いつの時点からこのような表現がなくなったか分かりませんが、長幼の序を重んじた時代だなと分かります。「細雪」の中でも幸子の娘悦子の書く作文が出てきますが同じような文章表現です。祖母が戦前戦後しばらくの母たちの学校で使ったノート、便箋、葉書を残してましたが、紙質が非常に悪く消しゴムで消すと敗れるか、薄くなって鉛筆で書けない書きにくいと感じました。クレヨンも今のクレヨンと違って、ろうそくがクレヨンになったみたいですから非情に硬く、力を入れたらボキンと折れる感じで塗りつぶすのは大変です。今でも硬いクレヨンがあると思います。ボヘミアンが保育所で使っていたのは硬かった、柔らかいと色が手に付くからだと思います。ですから思った以上に大変な作業です、それを毎日してるすごいです。

 字も大変上手でだんだん上手になっていく様子が分かります、戦前の子供の字の特徴は字がとてもうまいこと、そして丁寧なこと、しかし突然うまくなったかと思うとどういう訳か子供っぽい字になったり統一感が無かったりしますが。今の大人の字は戦前の小学生以下です字が汚くて。食べ物が多く出てくること畑で作った、パンをおいしくいただくとか、食べ物に対して敬意が込められてる、小学生が農作物のできを天気を気にしながら心配する今だったら考えられない。食べることがすべてに直結してんだなと感じました。

 自分たちで作り、天気を心配しながら収穫を心配し、おいしくいただく、食べ物に感謝である。今は最初からあって当たり前で逆にどこ産の野菜とか、賞味期限とか、どうでも言い事ではないが食べもしないうちから細かい、食べ物にけちを付けながら食べるおかしくないか。作るほうにも問題があるからけちを付けるが、しかし目の前に当たり前に存在する食べ物、作る、運んでくる、売る、膨大な手間、コストがかかっている、当たり前がいかに大事か、平和だから当たり前で、平和でなくなれば当たり前なんて吹っ飛んでしまうのです。ボヘミアンもよく当たり前と言う言葉を使うので頭に来るから「簡単に当たり前と言うな、当たり前の生活できない人いるんだぞ」と怒る事もあります。

 本の腰巻にはノスタルジックな文章書いてありますが、そんなモンじゃない食うのが大変だった。今の小学生ここまで食い物に心を砕くでしょうか。リアルタイム小学高学年と60年前小学高学年比べるのにちょうどいい本です。ボヘミアンは帰ってくれば冷蔵庫を開けて、お菓子の袋を開けて、食べ物を探してゴロン、漫画、ゲーム、戦後しばらくたってから生まれた子どもたちはみんなこんなもんです。昨今のガキとの違いはゲームくらいで、昭和30年以降に生まれた世代は作ることはしないでもっぱら消費するほうですから。ボヘミアンを見てると40数年前の自分と同じで、ガキ自体が進歩してないです。もしタイムマシンがあって、自分が小学6年のときに戻って、それから40年前に戻ると大正になる、考えると生活できない、金持ちに生まれると別だけど、漫画ないし、テレビないし、お菓子は高いしなんて考えると今に生まれてよかったのかなと考えたりします。

声に出して読む。音読。読み聞かせ

2008.9・8

 毎晩ボヘミアンにねだられて「L change the WorLdを読み聞かせをしていますが音読し辛いです。何度も何度も突っかかります。夏目漱石の坊っちゃん (新潮文庫)、小泉八雲の怪談―小泉八雲怪奇短編集 (偕成社文庫)を音読したときはスラスラといったのにと不思議に思ってました。よく考えてみると「L change the WorLdはやたらカタカナ言葉が多くて、どこできったら良いのか切れが悪いんです。(と言うより息継ぎがし辛い)文章自体も長かったり短かったり、谷崎潤一郎の文章も長いけど適当に区切りを付けられるので音読はし易いです。L change the WorLdたぶん五七調のリズムを無視した文章なので音読し難いのかもしれない。谷崎潤一郎の文章は自然日本語のリズムを含んでいるので音読しやすいのかもしれない。(適当なところで息継ぎが出来る)

 NHK教育テレビの「にほんごであそぼ」は面白いです。ボヘミアンも好きで時々見てるようですが、何が良いかってリズムがいい、五七調のリズムが良い、覚えやすい、ある程度の年の人たちには懐かしい言葉が出てくる、つい声に出したくなる、これぞ日本人の、日本語のリズムだと思います。出てくる言葉は日本の古典、名作、内容も良いから後世まで残りますが、やはり七五調と言うリズムがあるからと言う点も見逃せないと考えます。「題名のない音楽会」で(何年も前だが)なぜ中田義直の歌は好まれるのか、歌い継がれるかという話でボニージャックスの方が、日本語のリズムに合っているから、大事にしてるからと話してました。そのとおりだと思いました。今の歌が覚えづらいのは、七五調無視と本人しか歌えない曲が多すぎるから(音域に無理がある)、多聞おそらく残るのは少ないと思います。

 「北原白秋100選」は音読に向くかどうかは別として声を出して読む、七五調のリズムはこういうもの何だと発見させてくれます。懐かしい童謡もあり、歌う時とは違う声を出して読むとまた違った感覚があります。切れ、テンポ、リズムがよくさすがと思うと同時に、北原白秋が抜けた後「赤い鳥」が廃刊になったのは分かるような気がします。しかしボヘミアンには人気がありません。

 「にほんごであそぼ」の放送からしばらくしてから、「声に出して読みたい日本語」が出ましたがこれも面白いです。ただ読んだら面白くない、声を出すから面白いんです。ボヘミアンを寝かす時読みましたが、「般若波羅密多心経」がどう言う分けか好きで 繰り返し読みました。とにかく寝てくれたらいいんで適当に節を付けて読んで寝かせました。意味なんて後で分かればいい、面白がれば良いんです。その言葉が頭に残り、大きくなったときこの作品だったのかと思い出して、読んでくれれば良いんです。頭に残ってるか、残ってないかで興味がぜんぜん違います。

 ところで二三日前からボヘミアンが「ぎおんしょうじゃのかねのこえ」と言い出し、「知ってるべ?」と訊いたから「うん、知ってる」、「だったら言ってみろ」、私も「ぎおんしょうじゃのかねのこえ」と言ったんですけどボヘミアンのようにきちんと言えませんでした。どうも学校で暗誦するらしくて、聞き覚えがあるので完全に覚えて暗誦したいらしいです。

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夜泣き・おにぎり

2008・7・17

 久々の絵本紹介です。夜泣きは大変です。経験してみないと分かりません。数ヶ月で収まることもあれば、何年か続くときもあります。親の苦しみは想像を絶します。本当におかしくなります。おかしくならない方が不思議なくらいです。

 ボヘミアンも夜泣きが激しくて本当に困って、私も毎晩なきたくなり、夜が来るとまた始まる、寝られないとかいろいろありました。そんな時「いいこでねんね」の本を見つけて、毎晩寝るときに読み聞かせをしました。ゆうちゃんは寝られない、でも絵本を読んでいつの間にかねんね。ここら辺が親として、いつかこうやって寝てくれたらいいなと言う感じがしました。それで生後半年くらいから、夜中は時々起きますが、寝てくれるようになり、今は夜中はぜんぜん起きません。(2歳くらいまでは夜中時々起きてました)朝までぐっすりです。

 仕掛け絵本なので1,2歳位になるとめくったりして、話の内容も分かってくるので親子で楽しめるでしょう。私が好きなページはミケが毛布をかぶってスヤスヤ、かいじゅうさんがいきなりドスンとねんねのページが好きです。

 「あかちゃんのあそびえほん」と言うシリーズになっています。シリーズでそろえるのも楽しいので「いただきます」、「ひとりでうんちできるかな」と揃えましたが、この2冊はあげてボヘミアンの思い出として「いいこでねんねできるかな」は持っています。

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 「おにぎり」、この本は絵を見た瞬間からほしいと思って買いました。親がほしいと思う本ばかりボヘミアンが小さいとき買っていました。(単に親が絵本好きなだけ)特に海苔の絵はすばらしく感動物です。ぱりぱりした高い海苔だろうなとか、梅干は婆の手作りか、それとも豊後梅だろうとか、想像してしまいます。特にご飯を手にのせて握る絵は、こっちまでその熱みを感じるくらい迫力あります。

 私が考えるいい絵本とは、絵本の内容と共感できればそれがいい本だと考えます。確かに絵と内容がぴったりあっていれば良い絵本でしょう。しかし読み手が共感しなければ意味がないわけです。いくら良い本だといっても。

 この本を読むと必ず梅干のおにぎり食べたくなります。何度も言うけど海苔の表現力はすごい。ボヘミアンがおにぎりを食べたのが1歳3カ月頃から、今は毎日食べています。小学校中学年を過ぎたら、お菓子よりおにぎりです。お母さんが働いていてもおにぎりは作れます。仕事へ行く前に学校から帰ったら食べるおにぎり用意してあげてほしいな。無理はいけませんが、出来れば。お菓子を食べ過ぎて夕食要らないと言わないです。習慣になるとおにぎりとリクエストします。

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児童書についてボヘミアン大いに語る

2008.6.5

 ボヘミアン(小学生長男)に気に入った絵本は何があると聞いたんです。

ボ「3びきのやぎのガラガラドン」

は「どこが良い?やさいのうんどうかいではないのか?」

ボ「保育所にいたときはみんな(多分男の子を指していると思う)好きだった、角が付いてるガラガラドンはかっこいい。とにかく角がついてればかっこいいと思っていた。ガラガラドンにトロルがぼこぼこにやられるグロさが良い。」

は「ならば鬼も良いのか」

ボ「もちろん、鬼も角が付いてるからかっこいい。桃太郎もかなりグロイと思う」

は「民話はみんなグロイ。ヘンデルとグレ

ーテル、かちかち山。世界中の民話はグロイと思う。」

ボ「桃太郎をもっとグロクして描いて見ようか、きじは不死鳥、サルは何にしようか?」

は「キングコング」

ボ「?」

 なんてあほな話をしていました。私はガラガラドンはピンと来ないのですが、子供独自の視点からいいと思うから、昔から子供が好きな絵本なのでしょう。俳人俵真智さんも子供の頃お気に入りだったそうです。しかし今の子供はグロイのが好きなのでしょうか。しかしいつの時代でも子供は残酷です。私も子供の頃はかえるのつぶれたのを平気で見ていました。今は出来ません。いつの間にそうなったのか分かりませんが不思議です。

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そんなことって、ある?

2008・5・30

 私の好きな西村繁男さんが絵を描き、奥田継夫さんの文です。今まで西村繁男さんの本は文のない本ばかり紹介してきましたが、今回は文の付いた本です。多分日曜日でしょう。家族がマラソン、途中でぼく以外はみんなスーパーマーケット、立ち話で、最後まで走らなかった。僕が神社に着いたとき、桜が満開、僕のやったーと言う気持ち、走りきった、爽快感が、絵と文章とマッチしていてこの本の一番の山のような気がします。

 途中しか走らないぼく以外は、そのまま家に向かって走ったから最後まで走って一番になったぼくはビリ。そんなことって、ある?わかるよな。せっかく真面目に走ったのに文句言いたくなるよな。ましておじいちゃんが「またみんなではしろう」なんて、また次も今日みたいなら嫌だよなーって感じました。

 日本中が西村繁男さんの書く絵のような家族だったらいいなと思う時が度々あります。西村繁男さんの絵には音を感じます。絵を見ているだけで話し声、物音、、生活の音を感じます。日本のどこにでもある、今いる自分が住んでいる所に似ていると感じる風景がすごく良いです。今回の本は画像がないので残念です。懐かしがり屋の大人が読むと良いかもしれません。

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母さんが小さかったとき

 昭和20年代後半、昭和30年代前半生まれなら、絶対リアルタイムで本の世界に入っていきます。絵は大変丁寧にリアルに描かれていて、小学生になった気分になります。著者も昭和27年生まれのせいか、年も私に近いのでどのページを見てもそうそうと頷いたり、子供の頃の記憶が鮮明に浮かんできました。お手伝いの子供も出てきますが、戦前の子供に比べたらままごとみたいだし、親の方も子供に手伝ってもらうことはあまり期待してない感じでした。昭和30年代40年代は、子供が一番子供らしく生きた時代とよく言われます。よく分かりませんが。ただ戦前に比べて子供に数が少なくなり、経済的に余裕が出来た、家電用品がある程度普及したので家事が楽になったからでしょう。子供のテレビ番組も今より多かった気がします。共稼ぎの家庭も少なかったので学校から帰れば、友達の家で宿題をして、その後遊んで、とにかく夕食少し前まで外で遊んでいました。外に出てブラブラしていても何も言われない、子供同士でブラブラ歩いても何も気にする人もない時代。今は外でブラブラ、特に子供同士ではしてはいけない時代、逆に何してると言われかねない時代。変わったものです。

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お風呂

2008.4.23

 この本の書評は、随分、たくさん書かれています。人それぞれの思いが書かれていて、読んでいて楽しくなります。児童書は息が長い本なので時代に流されず残っている物がたくさんあり、この本も残っていく本だと思います。初版が1977年でこの頃から弘前でもお風呂の付いたアパートが建てられるようになりましたが、まだ銭湯もあり、お風呂なしのアパートでも結構入居する人がありました。主人公の家族は一戸立ての家に住んでいるのかな、違うのかなと想像したくなります。もし一戸建ての家に住んでいるなら、どう考えても昭和30年代の家族だなーって考えてしまいます。昭和の30年代の前半は家を建ててもお風呂の付いた家は少なく、昭和30年代の後半あたりから一戸建ての家にもお風呂が付くようになりました。(あくまでも私の記憶からです)

 家族全員で銭湯に行く設定は映画「Always夕日が丘三丁目」の世界、風呂上り牛乳を飲むのはもう定番です、懐かしい。風呂上りの牛乳は最高においしい。銭湯に行くと必ず知り合いがいたり、銭湯がもうそのまま本になった感じで、桶の音、人の声、水の音、銭湯の温かさ全部伝わってきます。

 私は主人公のあっちゃんに目がいきます。あっちゃんの持っているブリキの金魚のおもちゃ、懐かしい私も持っていました。振るとカラカラと音がしたり。それにあっちゃんのはいているサロペットはどう見ても、昭和30年代前半のデザインのような気がしたり。でも絵の銭湯は昭和50年代です、ボトルシャンプーが置かれています、昭和30年代だったらシャンプーは粉でしたから。とにかくいろいろ想像したり、懐かしい気分になったり楽しい、ほのぼのする様な本です。

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まちたんけん

 私は風景、町、景色を俯瞰するようにかかれた絵が好きです。それは児童書でなくても好きです。この本も俯瞰するように町が書かれているので、町を眺めている感じがします。この本は校外学習をする子どもたちが町の周辺を観察する様子が書いてあり、自分もいっしょに観察している気分になります。、絵の中の吹き出しが実に効果的で、まるで音が聞こえるようです。絵も非常に細かく書かれて、町全体が生き生きしていて住んでみたいなと思ったり。読んでいて楽しくなる本です。建物も写真では味も素っ気もないですが、絵になると非常に暖かく感じるものです。本の中の家も住んでみたい、中見たいなんて気になったり。時々大人も絵本の町へ遊びに行って、和むのも良い。そんな気にさせてくれる本です。

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 この本を読んでいるとこんなものも作りたくなりました。

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