2009.9.3
今日、「弘前カウンセリング研究会」の会長土田さんから「会報まどか」がきました。「弘前カウンセリング研究会」の考え方、方向性をご理解いただける良い内容なので一部抜粋いたします。私がブログで、「弘前カウンセリング研究会」について書くのは弘前にもカウンセリングを行っている会があることを知っていただきたくて、会長の了解のもと書いています。カウンセリングもいろいろなものがあり、医療、教育、キャリア、メンタルなもの様々です。しかし基本的な部分では同じだと思いま。(話す、聴く)。でもこの基本の部分が理解していない、疎かになるとクライアントにとって不幸なものだと思います。大概のクライアントがカウンセリングに対して不満、疑問を持つ部分はこの基本部分が出来てないからだと思います。時々「弘前カウンセリング研究会」の記事を読んでくれる方にお礼を申し上げます。
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弘前カウンセリング研究会は、毎月第三土曜日、午後2時から5時まで、弘前市東長町の中弘教育会館2階学習室で学集会を開いています。中身は、話したい人が話し、ほかの人はそれを良く聴いています。話した人が、「よく話せた」「しっかり聴いてもらえた」という感じの話し合いになっています。
話すことで心にあるものに気づき、また、はっきりします。話すことの効用を何度も確認することになります。どうかおいでになって、お話ください。このあたりの消息が、気持ち良いくらいはっきりするでしょう。新聞にも載ったので、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、今年の5月から、同じ教育会館2階学習室で、毎月第1、第3土曜日、正午から午後1時半まで、「自分のカウンセリングを創る会」を開いています。
誰かを助けるでもなく、誰かに助けられるでもなく、まずは自分を整えようということです。自分の生長を図ろうというのです。
5月から9月まで10回開きますが1回ずつの完結です。いつからでも出席できます。ただ、回数多く出席し、自分を見つめ、自分をわかって臨んだ方が、「自分を創るカウンセリング」を創りやすいと思います。
9月に第1期10回が終わりますが、10月から第2期を始めるつもりです。「自分を創る会」は有料です。1回500円(当研究会会員は無料)。会費を払い、用意された時間を大事にお使いください。
カウンセリングって何でしょう。誰かを助けることですか。誰かに助けられることですか。自分が上にいるという思いがあり、上から引っ張り上げてやろうなどというのは、なんとも鼻持ちならぬものです。
元学校の先生があちらこちらで嫌われているのは(もちろん嫌われない人は嫌われない)、人にものを教えたがるからだそうです。カウンセリングが形を変えたお節介であってはならないと思います。
土田信子
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カウンセリングは話すこと 相澤康夫
カウンセリングの第一義は話すことです。決して、聴くことではありません。ロジャーズさんも、話すことが大事、といいました。
カウンセリングが聴くことと思われたのはなぜでしょうか。カウンセラーの音の響きがカウンセリングに通い、カウンセラーがお話を聴くように、お話を聴くことと思われたのかもしれません。そうだとすればある種の誤解ですみます。誤解ではなく、カウンセラーがクライエント(話して・相談を持ちかける人)の上に位置すると思いたがり、自分を上においてしまっているとしたら、これは笑い話ですむでしょうか。
元学校の先生が人にものを教えたがるのは、嫌われたとしてもある意味滑稽でありましょう。でもあるカウンセラーの、おれが上だぞ、おれが上だぞと言わんばかりの態度には腹が立ちました。まあ、ほっぽり出せばすむことでした。
それにしても多くの人がカウンセリングを聞くことと捉え、自らを聴き手に位置づけるのはなぜなのでしょうか。 せっかくロジャーズさんがクライエント中心という表現を改め、話し手が大事、といっているのに、どうしてもカウンセラーが大事なのでしょうか。
お話を聴くことはたしかに難しいです。でもそれを解明するのには、一生懸命聴くだけではなく、話しての心のありようを、自らが話してになって、そのときの心を見つめることで明らかになるように思います。カウンセリングはその人その人のありようを認めています。その意味では民主主義の世界のことといえます。
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相澤康夫氏の分は一部抜粋ですが、会の方向性をご理解いただけたら幸いです。

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