日記・コラム・つぶやき

広報弘前

2009.11.3

 とうとう載りました。広報弘前11月1日号。ボランティア井戸端会議に弘前カウンセリング研究会出ます。一人でも弘前カウンセリング研究会の存在が知られること、それが一番の願いです。自分でもカウンセリングを経験するまでは、相談すること、話すこといろいろ躊躇したが、こういう事を話していいのか、まだ話すほどでもないとか、話すということをためらう事があった。

 大方の人はこのような悩みを持っている、なかなか決める事が出来ない。決めるのは本人だが、話すこと、話さないことも自由である、しかし経験から言うと思いきって話す事がどれだけ大事なことか、いろいろな悩みを持っている人がどれだけいるか、悩みを持っているのは自分だけではないという事。

 往々にして悩みを持っていて、愚痴る人、仕方がないと言う人は自分だけという思い込み、話しても解決にならないと考えている。そうでしょうか?人は誰でも悩みがある、あって当たり前、ごく自然に友人、家族、知人、同僚に話を聞いてもらっている、話を聞いているのだ。泣く、笑う、怒る、自然に腹の中に溜まっている事を発散させている。ただ内容がはばかれる物、身の回りの人には話したくない事にカウンセリングという手段を使うだけである。自分で何でも解決できる人はいらない。しかしどうしようもない時だってあるのだ。

 まだまだカウンセリングとは特別なものと感じてる人、カウンセリングを受けていると言えば特別視される。おちゃんもそうだった。どうしようもない悩みを抱えてる、どこかおかしいとか、そんな周りの目を気にしても自分のためには成らない。悩んでるのは自分だから、悩んでる自分に対して、自分が悩んでいる、悪循環である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

自己責任

2009・10・14

 NHKのラジオを聴いていたら湯浅誠氏が国家戦略室政策参与になったという。おちゃんは湯浅氏の「反貧困」を読んだ時から注目していた。湯浅氏の自己責任に関する考え方は今の時代を反映し、当を得たものと感ずる。

 自己責任とはそれこそ自己で責任をとることである。自己を超えたものはそれこそ責任と言えなくなる。だから国と言う存在がある。国民の生命、財産を守るである。それが自己責任が肥大化しすぎ、何もかもが自己責任である、何もかも自己責任で終われば、生きていけないだろう。もし自己責任で生きていこうとすれば、自己責任の中でしか生きていくことは出来ない。非常に限定された、狭い生き方しかできない。(実際そんな風に生きてる者がいる、しかし人生は充実してるか、誰のための人生、自分の人生ですかと聞きたくなる)。

 自己責任の量は人によって違うだろう、量の多いものが少ないものに対して自己責任だろうと言ってもいいのだろうか?ギリギリ生きている者に対して努力が足りない、もっと頑張れよと言ってるようなものだ。

 余裕のあるものは自己責任と言う言葉が時によってどれだけ残酷な言葉であるか知ってほしいと思う。時によっては。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

小説

2009・9・20

 今「新日本朝鮮戦争」にはまってる。全部で4部作。3冊目が秋に出るかと思って楽しみにしてたら、12月以降という連絡が本屋から。残念無念宮本武蔵(ボヘミアンは小さい時は、みやもとみさしと言っていた」)。

 SF小説を読んだ時は読みまくり、小松左京、筒井康隆、矢野徹、豊田有恒、 半村良その他、しかし一番読んだのは筒井康隆、ブラック的な笑いが良い。小松左京のブラックも面白いがやはりSFが一番。戦国自衛隊も面白かった、映画も見た、千葉真一のヘリコプターでのアクションはすごい。

 今すごく悔やんでることがある、読んだ本を古本屋に売ってしまったこと。古本屋でも、もうない本もある(探せばいいのだろうが、面倒くさい)。売るときは結構しばらく手元に置く本、処分する本と分けてるが、でも時期が来ると結局処分する。残せばいいと思うが置き場所に困る。小説はブームがあるから一時読んで後読まないが、何年か経てば読み返したくなる、資料になるときもある。小説は時代を映す鏡である。だからあの時代、この時代の空気を感じたいと思う時読みたくなる。

 良い例が獅子文六である。戦前戦後の流行作家である、食道楽である、演出家でもある、それ今忘れ去られようとしてる気がする。戦前のどちらかと言えば、小難しい、理屈をこねまわした小説の中で、ユーモア、健康的な笑いが魅力であり、日常の生活者の目で書かれた作品良い。山口瞳も良い、この人も流行作家である。「血族」がいい。「結婚します」、「結婚しません」、時代的に古いが、適齢の、適齢期すぎの女心がうまく表現されている。最もおちゃんが20代の頃読んだ時は古いなと感じたが、この頃古い時代の適齢期の女心を知りたと思って読みたい。しかし売ってしまった、残念無念である。

 30年40年前の流行作家と言われる人の作品集でないだろうか。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

漱石と鴎外

2009・8・29

 漱石と鴎外どちらも近代文学を代表する文豪である。たぶんこの国がある限り文豪だろう。二人は官の人であるスタートは。漱石は教師、鴎外は軍人、また官費量学生でもある。そして作家と官の人の二足の草鞋でもある。

 「漱石の手紙」を読むと二人はお互いの名声を聞きながらも交わることはなかった。しかし漱石が病に倒れた時鴎外は軍医を派遣、漱石の葬儀のも列席、鴎外は何を感じただろうか。漱石は最終的に下野し作家になり、夏目漱石個人の人生を全うした、鴎外は軍医と作家との中で悩んだ、鴎外は死の直前森林太郎個人として死ぬことを決めた、鴎外にすれば最初で最後の精神的下野だったかもしれない。

 鴎外は己を全うした漱石に憧れたいたのかもしれぬ、しかし鴎外も死の直前己をまとうした、二人は交わることはなかったが尊敬し一目置いていたのは確かだろう。でなければ軍医を派遣することもなければ、好意を受けることもない。

 家庭にあっては漱石も鴎外もよき父である。石光真清も。この三人の作品を読むと今の父と比べたら優しすぎるのである。単純に富国強兵の時代だから厳しいとは限らない。話としては飛躍しすぎるが、この三人は明治という国を肌で感じ文化、国家を考え、富国強兵で国民をただひたすら厳しく教育、強い国になることに疑問を感じていたのではないだろうか。まず念頭にあったのは人として心やさしく生きることを望んだと思う。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

爪痕

2009・8・17

 今月は月始めから本についてばかり書いた。今は貧困に関する本が多い、結局自分の回りで何か起きると、悩み、考えてるとき本を読んで解決する癖がいつの間にかついたのかもしれない。貧困というより将来に対する不安から読んでるのかもしれない。

 8月15日高校の同期会に行ってきた。老けたな、はげ、デブ、白髪、しわ、全然変わらない奴もいる。高校のころは美人な女の子には影で「かわいいな」と言ってたのに、「相変わらずきれいですね」なんて図々しく言えるようになったやつ、「あのね、中学校のころから好きだった、初恋の人なの」なんて50歳過ぎてからこくる女、今になって言えば問題はない。しかしそれを聞いた旦那はどう思うかな、大恋愛をして結婚したのに。初恋の相手まだかっこいいし。

 どういうわけか幼稚園から高校まで一緒での奴、ボヘミアンが小学校に入学したときも父兄としてまた再開。幼稚園の時はかわいいお坊ちゃんだったのに、今はただの親父。現実と青春という過去が錯綜した。多少の懐かしさ、できるなら高校のころに戻りたいなと思った。しかし帰るとちゃんはビールを飲んでいた、ボヘミアンは遅く帰ってきてと面白くない顔をする。まーこんなものだろう。

 なんて少しセンチな気持ちで、ジェロくんの新曲「爪痕」のPVを見てたら、30年前に頭がタイムスリップ。この曲を聴いてたら懐かしいどこかで聞いたような感覚になった。因幡晃、大塚博堂を思い出した。因幡晃は女言葉で歌ったらすごくうまいし、泣かせる、実際このおちゃんでもグッと来る。大塚博堂は知らない人がほとんどだろう。しかし布施明も歌った「めぐりあい紡いで」を歌っている。おちゃんは大塚博堂のほうが好きである。コンサートにも行った。因幡晃、大塚博堂もちょうど32,3年前はラジオから流れていたし、因幡晃はヒットを飛ばしていたころである。

 ジェロくんの歌い方はどちらかと言うと因幡晃に似てる感じ、」しかし三人に共通するところは女言葉で歌えば絶品である。他の男性歌手が女言葉で歌うよりグッと来るのである。ジェロくんには昭和30年代、40年代、50年代初頭の歌がよく似合う。一番日本の歌謡曲が元気な時代、誰でも歌える曲、いつまでも忘れない曲が多かった時代である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

20年前のテープ発見

2009・7・13

 7月10日からパソコンの調子が悪い。もう3日続けてコールセンターに電話、マウスポインタが固まる、メインスイッチで電源の切り替えパソコンにかなりの負担、もう買い替え時だな。今はマウスを使うとポインタが固まるので、タッチパネルで操作、もう面倒くさい。

 ところで最近20年前のテープを整理してたら、面白いテープが次々、まず日立ミュージックインハイフォニックで、所さんとタモリのコミックソング、ちょうどタモリがオールナイト日本でさだまさし(まっさん)を盛んに攻撃してたとき、そして今のタモリ氏は今週いっぱい白内障の手術の為お休み、時の流れを感じる。腹を抱えて笑いながら聞いたが、今はコミックソングなんてないよ、さびしい。ビートたけしの「オールナイト日本」のテープ出てきた。音質がすごく悪いが懐かしさで聞いてしまうし、貴重品になってしまった。出演者、ビートたけし(殿と呼ばれてました)、そのまんま東(現宮崎県知事)、ガダルカナルタカ、ダンカン、大森歌右衛門、高田文夫、松尾伴内、20年後に世界の北野、宮崎県知事なんて想像出来ない。当時は面白いだけで、ビートたけしは残ってもたけし軍団は消えるなと思ってた。ところがどっこい人の人生なんて分からない。

 殿がコンサートの活動をしていた時代、殿が40歳のときのテープ、今も昔も変わらないマシンガントーク、何年殿の「オールナイト日本」を聞いただろう。フライデー襲撃事件の前からだし。殿の「オールナイト日本」の前の日がタモリ氏だった。とにかく面白くて毎週聞いてた。多分聞き始めた時期は「笑っていいとも」が放送されて間もない頃だったと記憶してる。ちょうどアリス、さだまさしは軟弱な音楽だといってた時期である。そしたらさだまさしのテープも出てきて、トークが面白い、でも作る曲、小説を考えるとさだまさしはどんな思考回路を持ってるんだろうと考えてしまった。確かに落研にいたからトークがうまいのは分かる。トークの内容と作る作品のギャップのさは考えてしまう。ひょっとしたらものすごい照れ屋で、トークで本質を隠してるのかなと考えたりする。

 しかし今回のテープで一番20年ぶりで出てきてうれしいのは、いなかっぺい氏のテープ。かっぺいさんの話は一番面白い、毎日聞いてる。おちゃん、ちゃん、ボヘミアン、同県人なのでという感じもあるけど、何度聞いても飽きない。考えてみたらかっぺいさん、殿、タモリ氏、もう60歳を過ぎてるでもぜんぜんトークのさえは変わらない。相変わらず毒が効いていい。変に丸くならないでいい。これがもう少し昔の芸人さんだったら、大人になるとか、丸くなるとか、転向みたいなものを感じた。どこかで世間に合わせるとか、年とか、毒がなくなるのである。唯一例外は立川団子氏くらいだろう。相変わらず吼えてる。しかし団子氏の偉いというか、天晴れというのは、政治家のときと芸人のときをすっぱり分かてること、政治家から芸人に戻ったとき大概はどこかで政治的なもの引きずってるけどそれがない。偉い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

頭は昭和52年

20009・7.7

 今日はばたばた(七夕をおちゃんはこう呼ぶ)、ばたばたの日に天の川を見たことはない。今日は暑い、室温34℃、何もしたくない、部屋の中整理してたら、昭和52年のカセットテープ出てくる。懐かしい、大橋純子、ハイファイセット、松任谷由美など懐かしい、青春時代であるが、やはりユーミンの曲は荒井由美の時代の詞がいい、松任谷由美になってからはあんまり良くない。ハイファイセットはどうしてるんだろうかとか、大塚博堂は良かったな、でも早く死んで惜しいなとか。53年にサザンがデビューしたな、ガンガンニューミュージックを聴いてた。所さんとタモリの曲(というよりコミックソング)聞くが馬鹿馬鹿しいくらいおかしい。しかしこの頃はばかばかしい曲がない。何でだろう。アークレイジーキャッツが懐かしい。ドリフノコントは嫌いだった、クレイジーキャッツとドリフが同時進行でテレビでコントやってたときは、クレイジーキャッツの子供向きではない、大人向きのセンスのコントが好きだった。ドリフは子供向きで嫌いだった。当然、コント55号も嫌い。

 しかしこの頃やっとドリフも笑えるようになった、理由は今のお笑いは面白くないから。最近はいなかっぺいのテープ同じもの何度も聞いてる。かっぺいさんは面白い、マー落語で言えば古典落語みたいなもんで、20年前の話でも笑える。なんて具合に頭がタイムスリップしてる。当分疲れた頭の休息に30年前のテープを聞いて、しかし昔に浸るという、行為は年を取った証拠、だんだん時代に取り残されていく兆しなのだろうか。

 大阪のパチンコ店の放火事件、武富士の事件を思い出した。もうガソリンの販売は車だけにして、ホームセンターで売ってるガソリン容器にいれて販売すること辞めたらどうだろう。また似たこと起きるって。大阪の池田小学校の事件と武富士の事件も同じ年だった。本当に無差別殺人が多くなった。おちゃんが言う地獄の3点セット。仕事がない、居場所がない、話し相手がない、これが揃えば人間おかしくなってしまう。蟻塚先生に言わせると精神科の外来だそうで、でそれで助かる、何とかなればがいいが、精神科の外来に行くことをためらってると悲劇だよな。

 精神科に対する偏見強いけど、偏見ゆえに症状悪化させたりして悲劇が起こる。もう精神科、精神疾患に対する偏見辞めてほしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

親子で本を売る

2009・6・17

 昨日レース編のサイトをずっと見ていたら、雄鶏社が自己破産したという。今おちゃんもレース編をしてるが、雄鶏社の昭和35年の本を使ってる。雄鶏社の古い本は大変よく出来てる、というより昭和30年代40年代の手芸の本は大変良い本がほとんどで、ネットでも結構高額で取引されてるなと思う。

 でおちゃんも古い本(レース編)がほしくてさっそく古本屋へ。親子で読まなくなった本売り、そのお金で、親は本、ボヘミアンはゲームのソフト購入。ありました雄鶏社の昭和36年版のレースの本、2冊も買った、値段は安い1冊460円、保存状態よし。古本屋の店長は、雄鶏社が自己破産したことを知らなかった。良い本出してたのにという。しかし売った本のお金ボヘミアンに取られてしまった。ボヘミアンは自分の本が高く売れると思っていたらしいが、安かったので、おちゃんのお金を狙ったのだ。

 ところでレース編の本はなかなかでないという古本屋の奥さんが話してた。、最近はレース編の本も新刊ではあまり出ない、本屋でも見ることがない。おちゃんは老後レース編でもやろうと思っていたが、近い将来を考えると良いレース編の本はなかなか出てこないかも。そこで当分古本屋通いをしてレース編の本を集めることにした。

 帰りはいつも本を買ってる本屋によって、本屋のねーちゃんと雄鶏社自己破産してさとか、古本屋でもレース編の本なかなかでないんだってよと話すと、ねーちゃん曰く最近は手芸の本自体少なくなってきてる(出版数事態)、だから古本屋に出てこないのは手放さないからだと言う。

 手芸材料店も本当に少なくなった、ほんの出版数も少なくなった、手芸を愛するものにとってはさびしい時代になった。わざわざ手作りしなくても、良いかもしれないがソレで良いのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

この頃思うこと

2009・5・21

  この頃本ばかり読んでる、そして思うことを書く。定額給付金が入金されてもう2週間くらい。おちゃんはちゃんと接骨院へ、おちゃんの奢り、ミスター整骨院曰く「さびしい使い方するな」、いいじゃないのそれで先生少し儲けたでしょ。ボヘミアンはPSPしかし、資金がちと足りないので、足りない分、ボーナスでカバー。バッチャ、豪快。紙おしめ1万円分購入。ちゃん自動車の修理に使う。車の塗装に使うつもりが、突然の故障、クヤシカロー、ハッハハーざまみろ。一番賢い使い方をしたのはバッチャ。しかし高齢者は2万円だから、介護保険を受けて入る人は、介護用品購入に使えたのでよかったと思う。ポータブルトイレは介護保険を使えば、5千円前後で結構いいものが買える。レンタル用品も低額なものなら、数年分である。結構使えますね。しかし定額給付金の書類が来たとき、親族中来た来たと大騒ぎ。どこもその日のうちに手続き、しっかりしてる。

 さて本です。一橋出版からの本は大変読みやすいのでよく買って読みます。法律、福祉、介護の本は読み慣れない方も読みやすいく、字の大きさ、本全体のレイアウトも良く出来てると思います。法律関係は法文が出てくるので、多少読みにくいかもしれませんが、他の出版社に比べて格段に読みやすくできてるので、初心者にはお勧めです。

「ライフステージに見る精神障害」は各年代に出現する精神疾患について、解説したものです。ほとんどの精神疾患について書かれており、大変分かりやすく書かれています。精神疾患のたくさんあり、文庫、新書で読むと何冊か読まないとだめですが、精神疾患の種類、内容を知りたいという初めての方には大変お勧めです。「ライフステージに見る精神障害」を読んでから、興味のある精神疾患の本を読むといっそう理解が進むと感じます。各世代の精神、心理的側面で、書かれているので各世代への理解にも繋がるので、精神心理に興味があるけど、どれ読めばいいのと言う方にはお勧めです。

にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ
にほんブログ村

| | コメント (0) | トラックバック (0)

バッチャ退院

2009.4.25

 昨日バッチャ退院のカンファレンス、ケアマネ、社会福祉士、精神保健衛生士、介護士、ドクター、思った以上の回復。自力歩行のスピード、去年より速くなった。いまだに便に固執するので心配と言ったら、ドクター暇だから、薬に依存する投薬管理は自分がしたがる、それは暇だから。早い話が暇だから碌なことを考えない。老人の場合は環境の不適応が夜間せん妄、妄想などの書状を呈する。しかし刺激が極端に少ないと身体機能、精神機能は衰えるので、適度は刺激が必要となる。デーケア、デーサービス。大概は何で自分がと抵抗するのは聞いたが、時間とともに慣れてくる。あれこれ心配はあるが心配したとこで何の解決にはならない、とにかく出せ、出せば出した分の得はある。

 年齢に関係なく引きこもりの状態は良くない、とにかく動け、精神障害で入院した人、精神科医も取りあえず動け、動けない上体で無理に動く必要もないが、動けるとこまで動く。逆に動けない状態で無理して動く、動き過ぎも良くないわけでバランス感覚である。しかし人間は絶えず進化してるので基本はやっぱり動くこと。疲れてボーっとしてるのと、する事がなくてボーっとしてるのは意味が違う。何かする事がないかと捜す頭を持たねばならない事。

 今後も何だかんだと抵抗するのは分かりきってるが、本人主体でここまで来て混乱を起こした。もう二度と御免という気持ちがある、もうバッチャの抵抗運動は認めないが、本人の頭の中では抵抗運動を考えてるかもしれない。しかし多勢に無勢である。おちゃんには見方が大勢いるわけで、おちゃんは連合軍としてバッチャと戦う。バッチャには白旗を揚げてもらう。これくらいの気構えがないと、抵抗する、自分の思うとおりにしようとする老人とは戦えない。

 中途半端な同情、やさしさがあるから、本人主体の変な介護になると思う(経験上)。現在の状態を維持して行こうと言う気持ち(状態が良くなればいい事であるが)、家族、本人も介護疲れ、苦労をしたくないと気持ちがあれば、最初の苦労はあるが長い目で見ればいいほうへ向かう。まだいいとか、本人もその気が無いとかでズルズル延ばすのは状態が悪くなるだけ。悪くなれば介護の手間、金銭的な物も多くなる。

 在宅は外部の人の力を借りるので、ある程度家庭の中を開放すると言う、しても良いと言う考え、一人で抱え来まない、悩んだら相談、介護保険制度を旨く利用する。大事なことは支える家族が潰れない方法を選ぶこと、家族が潰れたら終わり。

 バッチャの頑固さは、社会福祉士があまりの頑固さで泣いた(ハリセンボンの結核にならない方の元気印)で積極的介入する方が泣くくらいの頑固であった。しかし自分はこうしてられないと言う気持ちと、周りの支えでよくなったと思う。悩むより実行、行動である。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

良い人

2009・4・24

 昨日清水由貴子さんが介護疲れで自殺。今日は草薙剛君が裸で、公然猥褻で逮捕。イメージ的に二人とも良い人、誰にでも好かれる、多少の不満も我慢して柔らかく対応すると言うイメージ。疲れてたんだろうなと思う。きっと良い人と言う仮面をはずせなくて、限界点に来たような気がする、本当の自分を出すことが難しいかったのかなとも思う。

 本人の性格もあるだろうが、生き辛いと感じたときは無理をしない、無理に無理を重ねても良くない。ちょっと生き抜き、心に貯まった事を聞いてもらおう、なんて知ったかぶりみたいなことを言うが、良い人でいる事は辛かっただろうな。何故良い人でいる事は辛いんだろう、回りから良い人と言う枠をかぶせられると、その枠を破ろうとすれば楽だったろうと思うが、枠を敗れなかった、破ると言う勇気を出すことが怖かった。かも知れない。

  人は誰でも良い人と言われたい、良い子になりたいと思う、しかしそんなイメージを定着するとどうだろう、疲れてしまう、がんばってちょうだいと言われると、自分ががんばらないと思ってしまう。それがいいのかなと思う。自分らしく生きていない、心では自分らしく生きてるつもりでも、体が悲鳴を上げている。剛君が裸になったとき、本当の自分になりたいと言う表現の様な気がする。きちんと着ていた物が畳まれていたのは、剛君のきちんとしてるイメージらしいなと思った。

 清水由貴子さんは、どうしてもがんばりすぎるタイプに見えた、どんな時でも自分ががんばらないといけないと言うイメージがあった。見てる方が疲れる。本人だったらどれだけ疲れていただろうか。介護はエンドレスである、しかし育児と違って相談することはできる機関はたくさんあるし、相談した分形になって返って来る、家族の介護は感情が入り込んで、他人を介護するように割り切れるものではない。だから悩んで当然、他人が介護するなら良い人でいる事出来る、しかし家族は良い人になれない。友人が言った、他人を介護してるほうがずっと楽、家族を介護するほうが大変、分かる。

 ステレオタイプ思考、きわめて常識的な考え、人に自分の考えが正しいと言う人は聞きたくない、理解できないだろう。自分が自分らしく生きる、生き辛いと思ったときは、わがままではない、そこでふと止まることは間違っていない、逆に止まらないことが怖い。無理に無理を重ねる事が良くない。おちゃんは良い人でいる事は止めた、ボヘミアンの友達のお母さんには鬼婆ですと言っておく。逆に非常に楽である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

AOMORI IN NATIVE TSUGARU

2009・4・7

 このごろふと思う。津軽人は本当に黙して語らず、裏で言う。本音を言わない、依存的、長い物に巻かれろ。自分の過去を振り返ると、短大、仕事場、PTA活動、ご近所づきあい、いろいろな地域の方と交流したが、どの方も積極的であった。またはっきり物を言うし、間違った事は言ってない。しかしよく考えてみると、はっきり物事をいう方ばかりがおちゃんの周りに集まっただけではない。津軽人が余りにはっきり言わな過ぎるのである。誰かが言ってくれるだろうとか、誰かが指示してくれるだろうとか、あまりにも他者依存である。ならばリーダーに従うかといえばNOである。陰でこそこそである。それを知らずにドンドン仕切って事を進めるととんでもない目に合う。強力なリーダーシップも嫌う、どこかで評価してやらないと津軽弁で言う「根性曲がり」をおこす。出る杭は徹底して打ち、同じレベルまで下げられてしまう。

 この辺の指摘は司馬遼太郎の『北のまほろば」に書いてある。鋭い。弘前出身の軍人一戸兵衛も帰るときは軍服ではなく,羽織、はかま。末は博士か大臣かの時代に、おらがくにさの出世した人をただの小市民にしてしまう感覚が分からない。個人的意見過ぎることを承知の上で書くと、何故破滅型の太宰治、葛西善三をいまだに賞賛するか分かる。要するに自分たちと同レベル、まだこの人たちより自分たちはマシという感覚である。何故もっと早くから陸喝南を評価しなかったのか。また石坂洋二郎を過去の人にしてしまうのか。単に流行作家ではないと思う。戦後の日本に明るさを生み、日活の青春路線の映画にも貢献した。特に吉永小百合様の映画に。

 同郷の人はコテンコテンにする割に外部の力には案外弱い。足を引っ張る。津軽弁で言う「足ふっぱり」。今はそう感じなくなったが、他者との距離感を旨く取れない。人にも因るが平気で人の懐に入ってくる、あれよあれよという間に。ちょっと困るといえば怒って手のひらを返す。なんか共依存的。人情はあるんだけど、微妙な距離感へたくそ。だったらお前はどうなんだと言われれば、距離感のとり方がへたくそである。何でもかんでも聞くから、聞き過ぎるという事を依存的と言われればそうかもしれない。山形県の人が「秋田、岩手で通じる常識が青森では通じない」何となく分かる。にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 青森情報へ
にほんブログ村>

| | コメント (0) | トラックバック (0)

介護

2009.4.2

 朝から南田洋子さんの病状、夫君の長門氏の話が報道されている。長門氏はご自分の見落としを責めておられるように思うが、介護者はみな同じような経験があると思う。おちゃんもそうだった様に周りの何人かの人も自分を責めているが。しかし育児ならともかく、介護は大人を相手にする、一日一緒にいるようでも、育児のときほどの密着度はない。いくら衰えたとは言え嫌な人、一人になりたいとか、いろいろな感情がある以上、介護者も見守りが必要でもそっとさせてやりたい時もある。介護はエンドレスである以上、介護者だって一日の中でほっとしたいときもある。

 介護は自分を責めることない。精一杯しているそれで良いではないか。逆に介護者を責めるやからは極力近づけない方が一番の得策である。介護というと、排泄、着替えと身体に関わることを想像する人も多いだろう。しかし身内が一番にやるべきことは、介護保険制度を旨く利用して、介護をしてくれる人に本人の情報をきちんと伝えること。きちんと伝えるのと、伝えないではかなりの違いが出る。なぜか、家族、身内でなければ生活習慣が分からないから、生活習慣が持続されること、理解されることで格段に介護は違うと思うが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

疾風怒濤の2週間

2009.3.27

 3月3日からバッチャの身体、精神のレベルが下がり、入院退院、在宅一日、また入院、その間にボヘミアンの卒業式、卒業式の前日ちゃんインフルエンザ。おちゃんはあちこち駆け巡り、卒業式に出られない?卒業式の実行委員できない?代理を立てて卒業祝賀会の挨拶してもらおうか?

3/3  骨粗鬆症の痛みでる、自力歩行困難

3/4前の日より機能低下、社会福祉士と連絡取りながら、策を練る

3/9

福祉器具のレンタル、3点追加(トイレ手摺、4点杖、ベッド手摺、捕まり立ち様の手摺)、ポータブルトイレ購入

3/10

市から介護判定員、痴呆の疑いあり、これまで家族は特に気にもせず、問題なし。

3/11

便秘のみ薬、座薬、効かずとうとう浣腸、出るまで2時間、親子でヘトヘト

3/12

通院から入院に代わる、ヘルパーにおんぶされて通院、この1週間自力歩行せずはって歩く、体力限界。廃様症候群状態、この一週間で身体機能精神レベル下がった。一週間でほぼ全介助状態

3/13

卒業式、入学式のため、入院少し延ばしてほしいと要望、快諾を得る、3月20日のヘルパーはキャンセル。睡眠剤は投与しないという。所見では自力歩行可能。

3/14

妄想、幻覚、幻聴が入る、おかしい。看護士に何かあったら連絡してほしいと言う。顔の痙攣、手の震え、昨日より多くなる。午後幻覚激しいので病室変更の連絡。(今まで抑えていた妄想出現した、無くなっていたと思っていたら、封印してただけ)。夜また病院から電話、安定剤を注射しても効かず、身体拘束をした、興奮してる、なだめてほしい。ちゃんと行く。拘束される理由に納得せず怒っていた。落ち着かせるために看護士し謝って、バッチャなだめて寝てもらう。夜間の看護体制の人不足は聞いていたが、あまりの少なさに驚く。身体拘束やむなし、きれい事ではない、現実は現実、同意書に署名、入院案内にもやむ終えない場合は身体拘束もありとあった。自力歩行したと言う、転倒されると困るので拘束したという。

3月15日

 昨日と打って変わって元気、昨日の夜の記憶なし、テンション高いと記憶が飛ぶらしい。自分で入院したくせに、看護士が乱暴と言う。ここは施設じゃない、看護でいっぱい細かいとこまで見てられない、看護士の不足感じる。それより痴呆が感染してもっとひどくなると言う不安感じる。

3月16日

身体拘束をしなければならない患者はこれ以上置けない、身体面より今は精神面の治療が優先、3月20日まで待ってくれないか、ダメと言われる。夜間せん妄が出た時点でリスを使ったらしい。睡眠薬使わないですよねと聞いたらリスを使ったと言う。精神科の受診を勧めるがこれほど難しいものは無い。どうすればいいか聞いた、退院したら家に帰らずすぐ精神科に行く、家に帰れば困難になるから。なるほど。入院する方向で紹介状書くと言う。長くいても痴呆が進む可能性もある、身体の機能も下がっている、長くいても良い事はないと昨日から感じてる。その足で精神科のある病院に予約を社会福祉士から入れてもらう。最悪の場合を想定する。社会福祉士も入院を視野に入れて進める。ちゃん病院による、バッチャ退院を喜んでると言う、しかし退院の理由話す、騙してる様で心苦しい。かわいそうな気もするが、大概かわいそうだからで、介護地獄にはまる、現実は奇麗事ではいかない。

3月17日

自分で入院を希望したのに不満を言う、分かるが看護士が不足してるので細かく見てくれない。仕方ない。このに当たりも妄想で看護士に悪口言われたとか、あれされた、これされたと話していた。自分はベッドにいるのに場所は廊下とか完全に妄想。しかし妄想は作り話ではない、どこかで真実がある、必ず繋がる部分はある、慎重に聞く、いつまでもおいて置けないと感じる。妄想を馬鹿にしてはいけない、取り込まれないよう十分注意は要する。

3月18日

身体精神面最悪、八甲田山(従姉妹)と一緒に車に乗せ精神科のある病院へ。帰りたがる悪い気がする、ここで負けたら共倒れ。だんだん精神面がひどくなる、車椅子もしんどいらしい。診察、医者曰く、精神薬の大量投与、精神科の医者じゃないから量分からないんだよ。アルツハイマー、在宅で大丈夫。在宅?事情を言って入院を頼む。明日だったら良い。カウンセリング研究会に会員で同じような経験のある人から、だめ元で頼めばなんとかなると聞いたから、助かった。夕方には薬が抜けるから、後は大丈夫。夜は大丈夫でしょうか?大丈夫だと言う。薬が抜けてきたせいか、身体、精神のレベルが上がってきた、家に帰ると自力歩行できる、頭もさえてきたが幻覚が出てきた、しかし困るほどではない。薬のせいだと話すと納得。記憶は飛ぶが心配したほどではない。夜は一緒にいたほうがいいか迷う。ボヘミアンは一人で寝てもらう。ボヘミアンは真実納得できないらしい。一緒にいるというが夜間せん妄は見せたくない。バッチャを説得するという。そしたらチャン、インフルになった、仕事途中で抜け病院に行ったらインフルと分かった。夜間せん妄らしい、手が震えてきた、顔つきが変わった。ボヘミアン説得、悪いのは薬のせい、安心しろとか。多少の心配はあったが大丈夫な気がした、ベッドで寝るように行って一人にした。

3月19日

 昨日と同じ格好でパジャマ着ないままでお漏らし。夜中から自力歩行できなくなったらしい。すぐ下だけでも交換、しかし疲れてるせいか立とうとしても立てない、何回かチャレンジしかし疲れるばかりですぐ座ってしまう。体位交換しようとしても体が思う様に動かない。30分以上かけてどうにか交換。その間も疲れてるせいか寝込んでしまう。もう在宅は出来ないと感じた。ボヘミアンは全部一人で朝ごはん食べて全部一人やって学校へ。八甲田山と病院へ行くつもりが今の身体状態では無理と判断福祉車両を頼むが、明日は祭日なのでどこも予約でいっぱい。社会福祉士へ電話、女二人なら運べますという。どうにか運んで病院。バッチャ施設は行きたくないと言う。介護福祉士が退院後どうすると聞くから、入所希望、施設が見つからない間は在宅でもいいが、やはり入所希望。医者も精神は何とかなるが身体は何とも言えないと言う。リハもするが気休め程度。

3月20日

卒業式、ちゃんインフルのため欠席。実行委員として親として出られる。泣かないつもりが少しないた。自分のときは泣かないが、親になるとここまで大きくなったと感じて自然に泣ける。途中でカメラの調子がおかしくなった。バッテリー切れ早速写真館へ直行電池交換。結局最後までバタバタ、ボヘミアンの写真役員のお母さんに写してもらう。ビデオもお願いした。

 バッチャは入院だが集団生活を嫌って施設を嫌っていたが、案外いいらしく施設と大差は無いので、施設は行くかもしれない。人生最後の場所としては快適という。思い切ってやってみるもんだ。しかし在宅一日が今は良かったと思う。在宅の限界を知った、バッチャも在宅はダメだと感じたみたいだ。下着の交換のときもう限界とおちゃんはバッチャに言った。何よりの力は、社会福祉士に細かく変化する様態を伝え、社会福祉士はよく相談に乗ってくれ積極的に介入してくれたこと、介護の経験者の話、元ヘルパーの友人の意見(老人の精神面、心理面について間近で見るものとして)、役員のお母さんたちの理解。入院するまではほとんど出ないから電話掛け捲り、しかし自分でも良く潰れなかったと思う。ヘルパー2級をとっておいて良かった。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

突然きました、介護の日々

2009.3.11

 ブログを始めて、初めて長期間更新しない日々でした。突然来るものです介護の日々は。、しかし老化なんて少しづつ進んでる、家族が気が付かないだけかもしれない。ボヘミアンのベストはもう編んだ。ひとまず安心。しかしおちゃんのブラウスはバッチャの介護地獄スタートで宙ぶらりん、PTAの役員もお陰でペースダウン、方々に迷惑かけてる。

 友達の言うとおり、昨日出来てた事も老人は次の日出来なくなる。しかし骨粗鬆症は怖い、バッチャは一日中ゴロゴロ。車を運転してたから車に依存、歩くことも無く太って、足が悪くなって、年をとって気が付いたら骨粗しょう症。もうデッドライン今度腰の骨が潰れたら寝たきり。なのでほぼ全介助の状態。

 介護の始まりを介護地獄の始まりと考えるか、とうとう来たかと思うか、人それぞれ。認知症は整骨院の先生の話だと、ある日突然「こんにちは」と来るらしい。ケアマネの話だといつもとちょっと変だなと感じたときが兆候らしい。今の介護認定は精神つまり認知症の方を重く見るので、身体は症状が重くてもあまり介護認定度は上がらないらしい。だから不満も多い。しかし介護認定をもう一度やり直しても結果は同じらしい(ケアマネの話)。結局は症状に変化があったときに、区分申請をして変更するしかない。後は更新時ごとの介護認定調査。

 ●介護される側、介護する側も、がんばりすぎない、我慢しない、ほどほど。

 ●相談する相手を多く持つ、ケアマネ、ヘルパー、介護経験者、看護士、友人

 ●気付いた情報は担当者に伝える、わからなうこと、判断の付かないことは聞く。

 ●隠さない、伝えておけば回りも理解をしてくれて、いろいろ協力してくれる。

 ●介護保険についてちょっとでも勉強する、うまく介護保険を利用する

 ●介護に対してケチを付けそうな人、批判的な人には教えるな、近寄るな、無視しろ、百害あって一利なし、介護地獄の原因になる。

 ●老人の気分はころころ変わる、変わるものと思え、でないと腹が立つ、答えは二つ想定する、イエスとノー。

 ●バッチャの骨粗しょう症でもそうだが症状が悪化したとき、精神的に不安定になる、物忘れ、理解力が低下したり。しかし一時的なものか、それとも症状として出てきたのか冷静に見ることが大事。

進行は急速に進むこともある(バッチャの場合がそうだ)、深刻に考えることも大事だが、方法はいろいろある。その時々で考えてもいい。逆に考えすぎは禁物。老人にとっては日々の生活はリハビリ、機能低下は黙っていてもやってくる、ありがた迷惑だが。現状維持を心がける、機能低下を遅らせよう。

 老人の食事は量よりも質と考える。水分は非常に大事、おしっこを垂らしても、お漏らししても、これを理由に水分を摂取することを嫌う老人もいる(ちゃんのバッチャ)。しかし間違い、たらしても、お漏らししても水分を摂取、脱水症、便秘の原因になる。食事については改めて書く。

 この話はチャンの同僚の人からのアドバイスだが、入所させ死んだ時後悔するような事が無いように、一番いいのが本人から行くと言うこと、しかし行くと言っていざ本番になると行かないと言ったりする(友人のだんなの父親、現実にこんな事は非常に多いので肝に銘じること)。やはり段階を踏んでいくのが一番いいのかなとも考える。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

日本映画「おくりびと」で考えた

2009・2・24

 日本映画「おくりびと」アカデミー賞受賞、過去の作品でも名作、外国での評価の高い作品、受賞作品は日本人の日常を丁寧に描いた、特にこれと言ったドラマチックな所は無いが、家族を描いた作品が多い。「東京物語」、「秋刀魚の味」、「おはようさん」、「細雪」、「Always夕日丘の三丁目」、「お葬式」等。特に「東京物語」は普遍性のある作品だと思う。(原節子の出来すぎた嫁はうざい、もともと嫌いだし。逆に娘役の杉村春子の自分勝手な振る舞いに共感する、「おはようさん」でも杉村春子の演ずる母親はどこにでも居る感じ、後年の大女優も昔は普通のおばさん役をやっていたのにはびっくりした、大女優杉村春子しか知らなかった)。

 「寅さん」シリーズにしても、家族を描いた作品が名作に多い、観客の共感を得る。家族は集団としての最小の単位であり、特に問題が起こらない限り大概が似たような家族の歴史をたどる。爆弾で壊しても血族がある限り、家族は延々と続く、壊せない、不思議な集合体。改めてみれば成るほどと思うが、誰もそこまで考えない、家族というドラマを当たり前に毎日演じてる。(これが家族の日常かな?)。それが映画になったり、ドラマになると、普通の内容だけど、普通じゃない(日常を見てしまう)悪く言えばのぞき?の感覚で楽しみ、共感、家と似てる、ちょっと違うなんて、アクション、コメディー、スリラーの作品と違う感覚で見てしまう。

 しかし乃木希典は自分で、自分の家族をぶっ壊したもんな。息子二人を日露戦争で無くし、弟もいるが養子に出して、自分の代で家族を壊したんだから。自然に家族が絶えてしまうことは聞くが、意識して壊したのは乃木くらいだろう。やっぱり変わってる。

 モックンはインタビューで40歳になったとき、人生の半分を過ぎると死を身近に感じるみたいなこといってたけど、おちゃんも40歳のころ人生の半分かと思った。やはり死を身近に感じ、単に怖いとか、考えないと言う気持ちが薄れてきた。現実にいつか来るなと思う。先が見えてきた、不安も少し無くなった。やはり先が見えたと言う一つの安心感かな。

 若い人が自殺するのは先が見えない不安が多い、どうすればいいかわからない不安。おちゃんも言い知れぬ不安を持ったことがある、先には確実に死があるがそこまでどうすれば良いかと言う不安である。取りあえずする事があれば碌な事考えなくてすむ。しかし何もする事が無いと、碌でもない事を考える。最も何も無いと言うの自分の勝手な判断で、よく見れば人になんと言われましょうが、そこを知らぬ顔の半兵衛を決め込んで、それなりにやるもの転がってると思うんだけど。女に生まれてよかった、やることいっぱい。男ないねー、かわいそう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

祝1周年

2009・2・17

 ちょうど1年がたった。予想も付かない経済状態である。誰が予想しただろうか、予想した人もあるだろう。しかし派遣切りが次々、労働関係の本を読んで10年くらいたつ、この国の労働環境に警告を鳴らす声はいくらでもあった、しかし好況という事で政府も本腰を上げなかった、しかしどうだろう。警告が現実の物になり、ものすごいスピードで景気が後退している。派遣及び非正規労働が存在する以上、この仕事を選択しても生活していけるモデルは作る必要がある。しかし全体に見ると労働法は昔に比べれば法制度は一応整った。育児介護休業、個別労働紛争解決促進法、雇用保険法、しかし運用面ではいまいち、結局企業家の考え方が変わらない限り、法律面で整備しても駄目なのだ。法律の整備と現実が追いついていないのが現実。しかし少しづつではあるが労働関係の法律遵守は進んできたと感じる。困った事に景気が後退している、仕事のためなら何でもする、限界を超えて仕事をする、仕事をくれてやってるから文句を言うな、またぞろ違法行為、脱法行為がまかり通る。おちゃんが心配するのは、人には限界が合って、限界を超えたとき家庭崩壊、自己崩壊が始まるから。生活は止まってくれない、しかし生活のためと言いながらもいずれ肉体的、精神的限界が来ること。そうなった時、ふと立ち止まって生活していける社会になればと思う。

 そうならない為には、知識のフル装備しかない、少なくともこの社会のシステム、最低限の自分に必要とする知識があるとないとでは違う。つまり読書である。おちゃんは自分が必要として、労働、心理、栄養、調理、歴史の本を読む。最も心理と歴史は道楽。絵本も道楽。それとなるべく多くの人と接する事、一人でもいいから分かってくれる人があればと言うが、その人が居なくなったらどうする?たった一人の人からいろんな話、意見が聞けますか?無理する必要はないが、友人知人は多い方がいい、福沢諭吉ではないが、「去るものは追わず、来るものは拒まず」で、自然体で、無理せず話せる人は必要だと感じる。

 「SAPIO」を読んで悲しくなった、あまりにも派遣に対して厳しい意見が載っていた。ブログも派遣は自己責任という意見が多い、果たしてそうだろうか。仕事の極端に少ない青森県に居ると、仕事は選んでることが出来ない、生活が止まってくれない以上、採用になった仕事はしなければいけない。先を考えろというが(大概は考えているだろう、考えない人は居ないはず)、生きていく以上仕事をせねばならない。しかし自己実現を考えて、仕事を選びながら働ける人はどれだけ居るだろう。自分のスキルアップを目指し、ライフステージを考えて生きる、素晴らしい。しかしそれはかなりの精神的な余裕、確固たる自己の持ち主でなければ難しい。そして適応力。「SAPIO」あまりにも勝ち組の意見が強すぎて、いやになった。

 しかし逆の見方をすると、勝ち組の意見が否定されつつあると見る、声高に勝ち組で意見を言い続けた人は自分の意見を否定したくはないだろう(プライドが許さない)。負け犬の遠吠えならぬ勝ち組の遠吠えかも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

タイムスリップ

2009・2・2

 昨日20年ぶりでラジカセ買いました。帰ってからテープ探したらでました。昭和45年の紅白、司会は美空ひばり、宮田輝。昭和45年から48年まで紅白ラジオから録音してました。そのうち何年のかわからなくなったけど、ボヘミアンが2,3歳の時面白がってテープ、ズルズルと出して駄目になったけど(悲しい)。さすが40年前のテープを聴くと死んだ人もいますけど、皆さん声が若い、布施明「愛は不死鳥」、森山良子「明日にかける橋」、逸見マリ「経験」、ちょうどその頃坂東玉三郎若手の女形の歌舞伎俳優で審査員で出てたの今気が付いたり。だんなはポール・モーリアを出したり、夫婦で若い頃にタイムスリップ、ボヘミアンはつまらないだろうが。寝るまでテープ掛け捲り、サザン、タイガース、ユーミン、因幡晃、所ジョージ、カーペンターズ

 マチャアキの「去らば恋人」を聞いたけどやっぱりジェロの「去らば恋人」よりいいね。ただジェロが歌うフランク永井は良いね、フランク永井本人とは完全に別の感覚で歌ってる、今フランク永井の曲違和感無く歌えるのはジェロだろうね。今日も朝からテープ掛け捲り、ジュリー、小柳ルミコ、ダ・カーポ、ジャンル関係なく聞き捲くり。10代、20代の頃の思い出がグルグル頭の中で回るのよ。今じっくり音楽聴いたり、編み物をしてると子育て1段楽してやっと自分の時間持てたなと感じるわけよ。そして今年は原点に戻ろうと思うわけよ。音楽、手作り、結婚してから共稼ぎ、子育てで何もかも突っ走ってきたけど、じっくり自分の今後考えようと思うわけ。でも社会全体でもう一度、家族とか、自分自身冷静に考えてもいい時代かもしれない、これからは今までのモデルは役に立たないと思うし、シンプルに確実に自己実現、丁寧によく考えて実行、簡単に言えば丁寧に生きる事が出来る人は幸福になる、自分の確固たる世界、考えを持つことよ。

 他人に意見、他人の考えに振り回されて、文句言うのは楽だけど不満が残るのよ。それって自分の人生?自分がないのよ、自分が無い人はこれからの大変な時代を充実して生きていけるかな?大変な分、どこかで自己実現、自分を高めないと自分の自信が無くなって、自分が壊れる気がするのよ。

 もーずっと演歌ポップス、ニューミュージック、フォークを聞いてるんだけど昭和40年代からずっと、やっぱりジェロの声は日本人には無い声だと実感したのよ。確実に色気があるのよ、声に。日本人は色気を出して歌っても声に色気が無いのよ。これ黒人独特のものだよ。ナット・キング・コール、サッチモ(ルイ・アームストロング)に通じる声よ。哀愁、切なさ、腹から表現してるって感じ、計算してない、魂の叫び?となるとソウルになるか。

 今出ました、カーペンターズの東京公演のテープ、当分一人除かんは青春時代にタイムスリップ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

企業丸投げ 政府塵さらい

2009・1・21

 昨年からの企業の派遣切りを見てると、破れかぶれ、丸投げ状態。それを政府は助成金だ、後手後手になんだかんだと対策に追われてる姿は塵さらいにしか見えない。ブログにも派遣に対する厳しい意見、派遣切りにあった人に援護する意見いろいろある。ワークシェアリングに対するマイナス意見もある。もっと笑ったのはテレビ朝日「学べるニュースショー」の「夫が突然のリストラ家計を守る10の方法」、あんな知識当の昔に常識化してる。それにモデルが裕福すぎる、まして3ヶ月でパパの就職口が見つかるのも笑った。ハッピーエンド過ぎる。

 おちゃんの勝手な想像だがリストラされると前もって分かっていた、履歴書にリストラと書けば調べられる可能性もある(他県は知らないが津軽の場合リストラ、会社都合の解雇は履歴書に書けない、知らずに書いたら最初から不採用にしてくれと言ってる様なもんだ、おちゃんはそれを知らずに書いたからいまだに仕事が見つからない他にもいろいろあると思うが、多分真偽のほども調べられたかもしれない)。だからパパはその前に新しい就職先を探していた、友人知人に根回ししていた可能性は十分考えられる。おちゃんの経験上、リストラ解雇に備えるためには最低3ヶ月の生活費は貯金しておくこと、雇用保険の給付は3ヶ月待機、3ヶ月給付を想定して。ハローワークの手続きとか諸々の手続きで最初の1ヶ月はすぐ過ぎる(この間の求職活動はかなりあわただしい)、結局きちんと求職活動出来るのは2ヶ月目である。

 理想的には半年以内に再就職できれば良い。それを過ぎると精神的にかなりつらい。意欲、やる気がうせてくる、一番辛く精神的に参ってしまう。しかし女性はまだ家事とかいろいろこなすべき仕事がある、男性は辛い。常にネガティブに考える事を止め、ポジティブに考えないと、常に自分をベストの状態、空元気も元気のうちと思わないと、黙ってると碌な事を考えないから意識して動くようにしないとだめ。特に中高年はアルバイトは考えずフルタイムの仕事を捜す、アルバイトはどん詰まりで考えれば良い、アルバイトをしてる間に獲物を逃がす可能性があるかもしれない。最初から年だからと諦めない。いつでも諦めることは出来る、最初だけでもきちんとやろう、分かっていても。泣きたくなる時もある、おちゃんだってどこも悪くないのに何で辞めさせるんだ、何で採用されないんだって怒りたくなる時があった、泣いた時もあった。最大の原因は労働基準局に行った事が分かったからだろう。完全に調べられている。世の中正しい事から通る訳ではない。マー自分の事は良い。

 現場に近い声だが派遣に慣れると抜け切れない人もいるらしい。しかし生活が止められない以上時によっては派遣を選ばざるを得ないかもしれない。辞めたいと思ってもやっと見つけた仕事、家族があれば正社員を望むからと簡単に辞められないかもしれない。それを自分で選んだとかよく考えないとかいうのは酷だと思う。ワークシェアリングもいろいろ問題もあるが、緊急避難的にはよいと考える、賃金が下がるしかし仕事がないと精神的にかなり来る、雇用継続であるならばよいのではないか。一番怖いのは、仕事がない、金がないという状態である。その事を考えないで派遣で働いて切られたから被害者みたいになるのはおかしいとか、ワークシェアリングの欠点を上げてもだめな気がする。

 おちゃんは派遣の働き方、ワークシェアリングは否定しない。その人に合っていればいいだけの話し、ただし経済状態がよいという条件付き、経済状態が後退した時にコスト削減の手段で使うからだめなのであって、ワークライフバランスの考え方からよい勤務形態であると思う。ワークシェアリングは今後年金額が多く望めない以上、高齢者雇用、育児中、介護中の女性のための雇用創生として広がっていけばと考える。勝ち組、負け組みという言葉は好きではないが勝ち組的発想をしてると(実態は負け組みだったりして)、派遣切りされた労働者を自己責任とか、考えてないとか言ってるけどいつ自分が逆の立場になるかもしれない考えてほしいな。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

変化

2008.12.31

 今朝の読売新聞を見たら「持たない暮らし」が15.7万部のベストセラー、ブログで書いた時点では確か10万部だと思う。ジワジワ型のベストセラー、本来のベストセラーではないかなと考える。必要か必要でないかを見極める、そこから持つか持たないかが始まる。おちゃんの家の収入はかなり低い、青森市の就学支援の所得よりも低い、本来ならおちゃんも働くべきだがチャンの収入で何とか生活してる。チャンの話だとそれが不思議だと言われるらしい。理由はおちゃんが携帯をもたない、車を持たないからこれだけで4万くらい違うと思う。携帯、車はおちゃんには必要ないのである。おちゃんは車の免許が無いので仕事が見つからないのかもしれない。だから車の免許を必要とする仕事は選ばない、それでも仕事が決まらない。年のせいもあるかもしれない。(50歳過ぎ)

 今年の終わりは変化と言うよりおちゃんの原点に戻った気がする、結婚してからずっと共稼ぎでおせちなんて作らなかった、今年は復活、漬物も今年20年振り漬けたし、家でチンタラ何か作っているのが好きで、お金もかけたくないのなるべく作る事にした。それに貴金属にも興味が無い。ブランド物も興味が無い。使い勝手、機能がよければそれで良い。値段は関係ない。もともとエスニック風、民族的なものが好きだからあまり持ち物着る物のお金がかかるほうではない。先日モラ風の布製のショルダーを見つけたので買った、ファスナーも付いてない、単純に物を入れるだけ口紐が付いてるだけ、色がすごく良い、使い易そうなので、値段は1900円。おちゃんの編んだ毛糸6色使った帽子を被ってショルダーをかけたらボヘミアンにハーレムの人みたいと言われたが。唯一の贅沢は本を買う事ぐらい、これだけは我慢しない。

 派遣切りで家に帰らない人がいる理由はあるだろうが、これは家族に何らかの問題を抱えているからだと、何があろうとも家族が原点それが機能しないでいる。どこに行こうとも自由である、しかしネット難民、ホームレスを防ぐにはどこにいても家族が繋がってる事である、家族の絆を切らない事、家族の絆とはなんだろうか、理想の家庭のモデルは無いと思う。唯一ついえることは子供の帰る場所は親のいる家である。子供を守り信じてやれるのは親である。「うちの子に限って」はその時には良い時もある、案外否定できる言葉ではない。

 よく他人に変化を求める人がいるが、逆自分が変わらないと回りは変わらない。見る目が変われば、人が変化して見える、自分が変わらないと何も変わらない。演歌はENKAに変わるのは確実。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ボヘミアン昭和の子になる

2008・12・2

 ボヘミアンは完全に昭和の子供のスタイルを踏襲している。学校から帰るとまずおつや、おちゃんが作る、おにぎり、お好み焼き、吹かしいも、ラーメン、うどん、食べながらゴロゴロ、テレビ、漫画。ここいらが昭和っぽい、学校から帰ると親がいる、親の作ったおつやを食べる、時代的には昭和40年、50年代。昭和30年代はテレビはどこの家庭にもあるというわけではない。大概は漫画、外遊び。

 昭和40年代に入ると親が子供に干渉するのが多くなって、習い事、テレビも見て良いのと悪いもの、学校に苦情を言う、早い話が教師が親の顔色を気にするようになって来た時代でもある。また外遊びは危ないと親が言い始める時代に入ったし、子供は怪我をさせないように子供の安全に気を配る時代の始まりよ、おかげで不器用な子供の大量生産が始まる時代にもなった。食品公害とか何とか言って、駄菓子屋が無くなり始めた。おつやは手作りとか何とか、なんでも手作り手作りとうるさい時代、共稼ぎの家庭は出来ないじゃない、それを理解しない主婦がいてバザーのとき大変だったみたい。主婦が三食昼寝付きと言われた時代。家電製品もある程度そろって暇なお気楽主婦が出始めた頃かな。

 今の専業主婦と違うね、今は介護、育児で働けないから専業主婦してるけど、本当は働きたいのね、ところがこの時代ってのは亭主の稼ぎで食べられた訳、大概がそうだった。今は亭主の稼ぎでは足りないから共働き、専業主婦は実際すごく辛いのよ共働きではないから家計が大変。40年代、50年代本当に主婦の黄金時代よ、叔母たち見てるとそう思う。足りない足りないと言いながら、子供に習い事させたり一年に何回か旅行してるんだから、今だったら考えられない。

 今の専業主婦はどう考えても昭和20年代か30年代の前半って感じ。この時代も日本がこれから発展していく前の時代だから、経済的にもまだ貧しい時代、生まれる前かまだおちゃんが赤ちゃんだから分かんないけど、まだ貧乏人の子沢山で主婦してないと子育て出来ないもんね、生活するだけが精一杯の時代よ。自営業は別としてサラリーマンの主婦は大概そうじゃないかな、とにかく高度成長の時代になると主婦も急にグレイドアップして、戦前のいいとこに勤めてるだんなの奥様みたいなのが増えて、手芸洋裁も生活のためじゃなくて、趣味みたいになってきたね。物が無いから作るじゃなくて、作りたいから作る、作らなくてもの買えばいいんだけど、そこがまた今の不器用な主婦と違って、料理、針仕事は人並みに出来ないとだめといわれた時代の教育受けてるからね。おちゃんも針仕事だめ、全部親にしてもらう。

 何で細かく分析するかといえばおちゃん古い婦人雑誌読むのが好き、昭和20年代、30年代40年代と読み比べたらこんな具合に分析したのよ。手芸なんて戦前はお金持ちの主婦の趣味なんだから、おちゃんのばあさんの話だと戦前は(関西では)年頃の娘は花嫁修業の一環として女中奉公させたらしい、ばあさんも女中奉公、結婚したら女中二人置いて、洗濯と台所仕事をしてもらったらしい。戦前は子沢山だし、家電用品も無いから女中さんを置かないと生活出来ないみたい。ばあさんはそれで結構趣味に時間割いたらしいけど。女中さんおけない家庭はそれこそ大変だったと考える。戦後は子供が少なくなったし、家電用品のおかげで、おちゃんのばあさんみたいなお気楽主婦の大量生産になるわけよ。

 話がずいぶんそれたけど、おちゃんの主婦レベルは昭和20年代、ボヘミアンは昭和40年代(仮面ライダー、サザエさん、オバケのQ太郎パーマンと懐古趣味)、当然今の学校から帰ってからの生活スタイルも。部活もしない、おちゃんの小学校のときも部活してる子あまり無かった。先生に入れと言われて、試合があるとき入ってたみたい。野球部は別だが。ボヘミアンの自慢は昭和40年代、50年代の漫画に関して、かなり詳しいこと、大体大人では40歳代と話が合うと思う。しかしボヘミアンの姿は気持ち悪いくらいおちゃんと似てる、部活はしない(おちゃんは親に危ないと止められ、ボヘミアンは家の方が良いので入る気無し)、テレビ、おつや、漫画、後はひたすらゴロゴロ、体は動かさない。おつやを分けることも無い、宿題はチンタラ、手先が不器用、ひたすらマイペース、体もそこそこデカイ。親の前では喜怒哀楽もあまり激しくない、そっくりすぎる。チャンはそんなボヘミアンを持て余してる。

 おちゃんはリラックマが好き、おちゃんとボヘミアンはクターッとゴロゴロ、お気楽モードでございます。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

手作りそして再就職

2008・11・29

 昨日20数年ぶりで白菜の漬物を漬けた、塩分4%、久々なので白菜の重さを量り、塩も量る。このごろは手作りが多くなった、これだけ物の値段が上がったりボヘミアンの食べる量が多くなると、家で作ったほうが安上がりである(お菓子、ジャム、食事、外食を減らして家で食べさせる)。しかしふと考えてみると再就職を諦めかけているからかもしれない。共稼ぎの時は時間がないので手作りはしなかった、再就職を考えてる時は仕事の事ばかり考えて作るなんて、考えていなかった。今年の初めまでは再就職も考えたが景気がこれだけ悪くなると、これまで以上に難しくなる、諦めようかなとも思う。諦めたくないとも思う。しかしこれだけ手作りをする時間が多くなると意識しなくてももう再就職はしないとどこかで考えているのだろうと。

 100年に一度の経済危機とか言って3万人の解雇者が出るとか大騒ぎだが、青森県はもともと最低ラインにあるから関係ない、大して変わらないだろうこれからも。平成になってからずっと最低ランク、解雇者が多くなってあまり騒がないのに、全国的規模になると地方紙も大騒ぎ、よく考えてみると青森県では当たり前になってること(自慢出来ることではないが)が日本国中に広がっただけの話し、仕事が減る、解雇は多くなる、それで家の中、家族が壊れる、精神的に参ってしまう。多重債務者が多くなる。自分の周りにはそんな人はいないが統計上青森県には現れている。仕事が減る選んで入られないそんなことはもう当たり前になってるからなんともない。逆にこれからの時代この点は青森県人は免疫が出来てるから、強いんじゃないかと思ったりする。

 このブログを書いて来月で10ヶ月目にはいる、最初は本だけのつもりが変な方向に行ってしまったり、今はビジネス実務法務の検定があるので本は読んでいないが、終わったらまた労動、食に関する本のレビューを書く。介護、教育に関する本も。本はかなり溜まってる。またなぜカウンセリングを薦める様な事を書くかといえば、青森県は自殺者が多い割りにきちんとし体制が整っていないこと、ひどくなって医療の手に委ねられた時、最良とまでは行かなくてもそれなりの医療をここで受けられるか、私は疑問である。自分の居場所がない、仕事がない、自分は孤独だと感じると精神科の外来を尋ねるという、相手がいないのである、それをカウンセリングが引き受ける(相談コーナーではない)事で少しでも気持ちが楽になる、なってくれれば、現に話して(話すことを迷ったけれど)良かったという人もいるから、最もあまりこじれた状態ではないので(こじれると逆にカウンセリングに対して不信を持つ人は多くなる傾向がある)それが原因かもしれない・

 これからは仕事が少なくなるので仕事できるだけでも良いとか(悪条件でも働くしかし法律無視の環境でなければ良いが)、使ってやってるとか言って(自分自身が法律だと錯覚)コンプライアンスを守らない企業も出てくるだろう、しかしこれからの時代そうは行かないだろう、いくらいい仕事業績を上げても法律違反、脱法行為が分かればそれまでだろう、潰れてもらうしかないだろう。使う方も、使われる方も賢くなければいけないと思う、知識武装である。私は知識武装をしてもらいたいから本のブログを書いてる。だから分野はあまり特定したくないし、なんでもありで書く。といっても何でも知ってることをいいことにモンスター化はしてはいけない。

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 青森情報へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雪です

2008.11.19

 大雪ですそれも湿気を含んだベタベタ雪、もう朝から雪かき、あまりの重い雪で栗の木の枝が折れて、ジッチャ栗の木と奮戦です。昨日は夏に屋根を直し雨漏りしないと安心してたら、また雨漏り大工さんに来てもらう、来週直し。

 今日は就学時検診、弁当持参しかし忘れた、昼近く子供の声がするので、「まさか?」と持って学校に電話したらやはり就学時検診。ボヘミアン持って行ってない、明日が就学時検診だと思ってた、早速学校へ弁当持って行ったら、海苔弁を始め先生方は弁当を食べていた、金魚(教頭)が出てきたので金魚に渡す。全員仕出屋の弁当食べてたみたい。

 バッチャの洗髪、買い物(ママチャリ使えず)は歩き、家事が終わると雪下ろしの繰り返しで草臥れた、今日はビジネス実務法務の第5章、タックの問題集残りの半分を終わって、公式問題集をしようと思ってたのに雪のおかげで全滅。しかし雪の重さは半端ではない今まで生きてきて雪の重みで枝が折れることはなかった、ある程度何日か積もってから枝が折れるのはあったが、ものの何時間もしないうちに折れる。スコップですくってもあまりの重さにびっくり。湿気を含んでるから大雪にならないがこれが湿気を含んでない雪であれば絶対大雪。雪のおかげで予定がメチャクチャ、時間がない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

まちがってメールが届いた方

2008.11.18

 新聞社のおじさんが私に送る原稿をアドレスを間違えて、私宛のメールが間違って届いた人いるかもしれません。もしそういう方がいたらごめんなさい。おじさんから私宛にメールを送ったのに返信がないので電話が来ました。それで極めて原始的な方法、メール送りましたと電話、メール届きましたとまた電話を昨日から繰り返しています。

 以前にもFAXを送ったのに届きましたと丁寧に電話が来たことがあります。もともとメール、FAXは相手と言葉のやり取りがなくても連絡できる手段ですが、間違うととんでもないことになります。しかし電話もFAXも間違うと同じ事ですが。

 @nifty.comのアドレスで間違ってメール届いた方、青森県を代表する新聞社なので安心してください。本当にごめんなさい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

大腸内視鏡検査

20よ08.11.10

 大腸内視鏡検査です、昨日の正午から水分だけで何も食べず、ナトリウムが足りない性かイライラ、単純糖質のみで腹を満たすと胃はムカムカする。どちらかを選べと言われるとナトリウム、糖質はきつい、仮に水分だけの食事と考えてもナトリウムで味付けされたものを多く、糖分は補いと考えたほうが良い、味的にナトリウムの方が食べたと言う実感があり、糖質はおやつという感覚。検査まで食べたもの、葛湯、澄し汁(実なし)、コーラ(満腹感を得るため)、アクエリアス、コーヒー、紅茶。

 検査の前日は下剤、病院では下剤の入った飲み物一時間半で1.5リットル、それで出なければ浣腸、とうとう浣腸まで行った、前回は順調に出たのに、浣腸効きますね一発です。後はおしっこが透明になるまでがんばる、内視鏡は入りきるまで結構面辛い、気分が悪い、むかむかする感じ、腹にガスも入れるので腹が張る。入りきったらモニターを見ながら上から下に下がってくるが気分はなんともない。ポリープありました、6、7個も。悪性ではないみたいなので2年後再検査、しかし自分で自分の腹の中見るのは変な感じ、でも腹黒くなかったのでよかった。もし仮に万が一、ポリープを切る事になっても外来でいいかもしんない、3,4年後来てくださいと前回言われて、今日検査してよかった、ポリープあったぜ、迷ったときは委ねた方がいいと言うがその通り、違うと否定せず受けてみよう。

 迷ったときはその迷いを受け入れた方が良い、迷いを迷いのままにしておくと不安になり、後手に回る、あの時思い切って検査すればよかった、相談すればよかったと言う事に成りかねない。検査が終わって帰ってラジオをつけたら、また産地偽造もうどうしようもない、コンプライアンスなんてもんじゃない、こうなれば倫理観があるかないかである。トヨタ73%下方修正、パナソニックはサンヨーを子会社、リストラバンバン。倒産も増えるがこの際本当に倫理観のない企業は潰れて欲しい、自然淘汰で潰れると思うが。潰したくないなら法律遵守、破産する前に民事でいけるか考える。規模は小さくなるが解雇者は少ないし、企業は残る。

 ただいまビジネス実務法務公式問題集、タックの問題集、タックの解答変なとこもあるが無視。3級に比べて穴埋め式が少ないので点数取り難い。今月は学習発表会、PTAの役員会、時間無いどうしよう。話は変わるが昨日ボヘミアンはぬいぐるみを買った、滴みたいなフカフカのちょっと変わった小判みたいなかっこうしてる。大きな声では言えないがぬいぐるみが好きである、ドラえもんみたいな、バムとケロのケロちゃん、スライム、ワザボーみたいな変わったぬいぐるみが好きである。私おちゃんはリラックマのクッションを買った。リラックマのポシェットもあるが使い難いので使わないが、リラックマのぬいぐるみのリュックが欲しい。無いもんな(大人用)、壊れたくまのぬいぐるみのリュック直して使うか。何で大人用のぬいぐるみのリュック無いんだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

で就学支援

2008・10・30

 今の経済状態はいつまで続くのだろう。たぶん今まで経験したことのない経済状態とは違うものになる気がする。今後考えられることは経済状態がよくなっても、燃料、食料問題では金を持っていても解決は行くまい。日雇い派遣は禁止になったが、大企業が生産を縮小してる、し始めてる、考え始めてる今、リストラ解雇が多くなるとにかく仕事を、企業も人員を調整しながら活動するとなると日雇い派遣も需要と供給とのバランスからどっこい残る気がする。今後親は無業、有業を繰り返す家庭が多くなる気がする。未来への展望は望めないが夫婦共稼ぎの場合何とか食っていける。しかし希望の持てない生活はしんどい、しかし希望を持たなくても良いから、絶望はしないと考える家庭はしぶとく逞しく、生活者として生きていくだろう。

 でしわ寄せが来るのは子供である。県内の就学支援を調べてみた。青森市の就学支援、弘前市の就学支援、八戸市の就学支援は白銀中学校で県内三市の就学支援を比べると青森市が一番分かりやすい、関西、東京、九州の就学支援は青森市と同じような書き方、結論グッド。八戸市の場合「八戸市就学支援」と検索しても出てこず、「八戸市就学支援制度」で検索、それも白銀中の入学生の父兄に渡すプリントでやっと内容が分かった、「八戸教育委員会就学支援」で検策しても出ないので何考えてんだろうと思う。弘前市は最悪、ご相談くださいで終わり。でも年度始めの4月にボヘミアンは就学支援の用紙を持ってくる。だから親が該当すると思えば学校を通して申請するみたい。基本的には市町村役場、教育委員会、学校を通すが、弘前市の場合は学校を通すのだろうと考える。ここら辺も市町村によってやり方が違う。東京あたりは個人的に渡すらしいが(区によって違うらしいが)、この個人的というあたりがかなりデリケートな部分なので、関係者を悩ませるらしい。知人の教職をしていた人に聞くと学年の途中から、就学支援の子供が出ると言うからいつ申請してもいいみたい。

 八戸市は弘前市に比べて支援の説明の書き方が厳しい感じ(と言うより弘前市みたいにご相談くださいはなにがなんだか分からない。厳しいがきちんと説明されているから良い)、青森市は所得で該当する基準を説明し就学支援制度をきちんと説明してるからすごく良い。うちなんて所得で見ると青森市の就学援助に該当する、三百五十五万円以下(三人家族で)なんか所得高すぎーと感じたが、一概に所得だけで決められない、内訳で決まるからね。三百五十五万円は私にとっては左団扇(借金はないので)、うちは三百万以下でも借金なしだから丸々使える。

 金がないからといって月謝、給食費払わない親がいる、しかしいろいろな制度があるから申請すれば良い。しかし申請すればいいのにどう言う訳か申請せず、のうのうと暮らし、金がないの一点張りで払わない親がいる。関係者が心配するのは、金がないから払わない、払わなくても良いという環境に子供が置かれると良い影響を与えない、将来が心配だと言う。たしかに経済的に困窮すれば、払えないときがある、しかしいつまでもそうしないで子供のために利用できる制度をうまく使って欲しい、しかし違法行為、脱法行為はしないこと。そんな親に育てられる子供は幸せになりますか?

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 青森情報へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オーラのある人

2008・10.10

 月曜日にボヘミアンを二種混合摂取、その後山田先生に呼ばれて「ずいぶんよく育ちましたね」と言われる、いろいろな子供を生まれてから大きくなる様子を見た山田先生が言うんだから、今後のボヘミアンの成長はあまり心配しなくてもいいか。親は子供のことを知ってるつもりでも意外と知らない。あまり側にいるので変化に気が付かない、どうでもいいことに注意がいってる。親は知ってると思い込んでるだけである。ボヘミアンは塾に言ってるが5年間同じ先生、私が30年間お付き合いして信頼できるから、最初からここと決めて通わせてる、子供を長期にわたって同じ人に見てもらうことは、成長を定点観測してるようなもので親より変化に気が付きやすく、冷静に見ていられるので親としてその時々の意見が参考になるし、そこまで成長してるのかと、毎日見ている親が気が付かない変化を知っていたりする。ボヘミアンが塾に行くと決めたときジッチャ先生が(ボヘミアンの通ってた保育園の園長)「学校の先生は長くて2年くらいだべ、しらね事もあるはんで、長く見てくれる人もあって言いでねの」、子供は変化するもの、親は意外と知らないその変化を見てくれる人が(長期にわたって)あればいいと思う。

 山田先生が私が新聞に投稿した斉藤春香さんの文章を読んでくれて、斉藤春香さんのお話になって「謙虚な方ですね。」、生春香かさんを見てないのに感じたらしい。先月の弘前カウンセリング研究会でも、出身高校の祝勝会に出た人が、ひとりでテーブルを回って挨拶されたという、オーラを感じて何故か涙が出てきて、早くお母さんのところに返してあげたいと思ったという。たぶん一人で車で何時間も掛けて弘前に帰って、実家に行かずに祝勝会に来たのだろう。家でゴロゴロしたい、親にとっても我がこのようで我が子でない、少し辛いなとその話を聞いたとき感じた。その人はよほどオーラを感じたのか、来てすぐ話していた。水曜日にはスーパーでボヘミアンの小学校にいた先生に会って、春香さんからパワーをもらった、オーラを感じた、まるでオスカルだとか、子どもたちにはいい経験とか話してた。昨日雨が降った、ボヘミアンに傘を持っていったら海苔弁(校長)が出てきて、「新聞見ました、ありがとうございます」って言うけど、困るただ書きたくて書いただけなのに。でも海苔弁すれば学校が話題になることはうれしいらしい。学年レクでも自分で新聞社に電話掛けて取材させるんだから。(幾分コネクションめいた物も感じるが)

 海苔弁の話だと春香さんは弘前に帰って後輩を育てたいらしい。「偉ぶらない人です」、「オーラ感じますね」まだ興奮してる、そうだろう来年定年だ、いい花道作ったんだから。世間でオーラを感じるというが今回始めてオーラというものを経験したし、やはり人をひっぱていくにはオーラが必要である。誰でもオーラがあるわけではないが、存在感がそれなりにあればそれがオーラだと思う。良くあの人は存在感が無かった言うことを聞くとさびしくなる、周りがその人の存在を無視してきたのではないかと感じる。誰でも自分の存在を主張してる、周りが少しで気づいてくれたらこんなことにならないかもと思うときがある。目立つ存在は誰でも目が行くがそれではだめ、めだたない子に目を向けるべきである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

斉藤春香監督母校訪問

2008・9・19

 今日斉藤春香さんが母校訪問、小学校では遠足を前日に繰り上げ今日の日を迎えた。父兄には参加者を募ったので申し込んで行ってきた。ママチャリで学校へ行ったら、スーッと車が止まり一人の女の人が降りてきた、斉藤春香さんだった。一人で学校を回るみたい。実家から小学校も中学校も近いんだけど、時間が押せ押せみたいなんで大変だなと感じた。

 宝塚の女優タイプ、オスカル見たいな感じでごつくない。子どもたちにアテネとシドニーでのメダル見せてくれて、北京での金メダルだって選手たちが作ってくれたメダルを見せてくれた。ウイニングボールも見せてくれた。子どもたちの寄せ書き、手作りのメダルとか、子どもたち一人一人の頭をなでたりして、結構子供が好きなんだと思った。子どもたちも「春香先輩、春香先輩」と言いながらくっついてるとこなんか見てて感激した。

 春香先輩のそばに入た子とか、頭撫でて貰った子は一生の思い出になるだろう。第二第三の斉藤春香が出るかもしれない。ご本人いわく小学校の頃大病をして体を動かすことが出来なかったが、健康を取り戻して体を動かすことが出来るようになったとか、夢を持つこと、夢を諦めない事、どれくらい子どもたちに響いただろうか。たしかに夢を持つことが出来難い時代ではある、しかし人生のスタートラインに立った時、案外それほどではない「いけるな」と思う瞬間がある、その時は自分を信じて進めばいいのではないか。大きな夢、小さい夢、何でもいいから実現したらそれでいいと思う。スケールが小さくなるが希望を持たなくてもいいが、絶望はするなである。

 私の世代も含めてどうしても近年人生のスタートラインに立った時、子供を育てて,親に育てられて言われた事、言った事は、結果論を言い過ぎること。「そんな事をしてたら碌な人生にならない」と言うような事,しかし現実生きてみてそうでないと思うときがしばしばある。子供を躾ける、注意するつもりで言ってもいいが言い過ぎない事だなと思う。どうも言い過ぎるとマイナス思考になって、ビクつくと言うか一歩踏み出せない気がする、子供本人が納得しない、親は納得のいびつな人生を歩ませるのではないかと。春香先輩の話を聞きながら感じた。

 春香先輩のお話はそんなに長くは無かったが、壇上から降りて帰るときは結構子どもたちと握手したり、校庭で写真を写したり、そばの子どもたちと話したり交流があって大変良かった。先生たちもオレンジ色のおそろいのTシャツを着たりで準備が大変だったなと感じた。しかし急にだったからからな。最後は校歌で終かし面白いモンで学校が楽しいと思ったときの校歌は今でも歌える、小学校と高校、中学校は歌えない。

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 青森情報へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

最低賃金で考えること

20089・13

 今日読売新聞を読んでいたら、最低賃金の改正状況が出ていた。青森県は最低ランクから脱出したものの、この時間給で経営可能な企業がどれだけあるだろうか。逆に潰れるのではないかと言う不安がある。これ以上県内から企業がなくなることは死活問題である。私がコンプライアンスにくどく言うのは企業が潰れてほしくないからで、コンプライアンスと言うか倫理観が無いばかりに評判を落としたり、廃業したり、これは全国的な問題ではあるが、青森県の場合企業の数が極端に少ないので少なくなってほしくないからである。

 青森県の平均賃金は限りなく最低賃金に近い、しかしそれ以上に問題なのは待遇面での改善である。「青森県で生きる若者たち」の調査でも賃金に対する不満は上位に無い、ただ当たり前のことを当たり前にしほしいだけである。しかし、給料出してる、仕事やってやると言う古い感覚これではどれだけ人が付いてくるだろうか。遠からず人が去っていく、そして言うことは今の若いものはである、自分たちに原因があることに気が付かないのか、気が付きたくないのか。だからと言って我慢してくれる中高年を採用するかと言えば、若い人がほしいのである。これでは年がら年中人手不足、来てもすぐやめていくと言う悪循環である。これで企業の評判が良いわけは無い、使う方も使われる方も辞めていくんだ、嫌になればやめればいいである。とどのつまりは生活保護で生きていくしかない。生活保護の受給者が多いわけである。安易に生活保護を受けてるのではない、働きたいが、配偶者は無く、年齢も高く、年金まではもう少し時間がある、しかし働く場無ければ、分かるような気がする。

 賃金を上げる前にもう少し待遇面で考えるべきである。余程極端な生活をしない限り、共稼ぎならば何とかなる、しかし共稼ぎが出来ない家庭ではがんばり過ぎるくらい働かないとしかし人はがんばりも限界がある、結局体を壊してやめるしかないが、辞めてもすぐ仕事見つかる可能性も少ない。もう少し官民挙げて待遇面を考えられないものだろうか。

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 青森情報へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

三笠フーズで考える

 2008・9・10

 三笠フーズの事件で考えることはコンプライアンスに欠けた企業は潰れると言うこと、そうまでしないと儲けられないのか、そうまでして儲けたいのかである。しかし最終的に廃業するしかない。しかし残された従業員、家族はどうなるのか。また再就職である、しかしそう簡単なものではない。その企業にいたと言うだけで従業員は悪くないが、世間はそう見ない。雇いたくないと思う企業が大方であろう。かなり難しい再就職になるだろう。

 今回の三笠フーズの事件はかなり悪質、もともと食用にしてはいけないものを食用に転売した、それも長年に渡って。戦後の食べられるものは何でも食べる時代ではない。安全で安心なものを食べる、不信なものを食べない時代である。食品関連の事件を見て腹が立つのは、良いだけ騒がしておいて最後丸投げ、廃業で終わりである。社会的責任はそれで良いかも知れなうが、経営者として従業員にどうやって責任を取るのだろう。

 自分自身の経験から言っても正しい事は儲け(コスト削減?)の前にはもろくも崩れる。逆にそんなことを言うと嫌われる。最終的には自分でやめるか、やめさせられるかである。特に仕事を「けでやる、使ってやってやる」と言う風土が強い青森県では正論見たいのは通らない。別に難しい事いってるのではない、当たり前のことを当たり前にしてほしいだけなのに。

 自分のことを書きすぎたが、これからの時代、儲けられない時代である商売してトントンの時代である。そしてコンプライアンスの考え方、倫理観の無い企業は潰れるだろう。ここ2,3年コンプライアンスの無い企業は潰れるぞと言ったら、案の定、食品問題を起こさなくても法律無視、消費者軽視の企業は潰れた。

 私自身一応社会的に見てコンプラのある企業にいたので、地元の企業のコンプラのなさに驚いた、それでかなりの不利益を受けたので自分で取れる資格として法律実務の学習をしてる。しかし履歴書には書かない。「おべだ振りして、理屈ばり言って」と思われて仕事見つからないので

| | コメント (0) | トラックバック (0)

仏の効用

2008・8・13

 今日はお盆、人が死ぬと生きている人間に思わぬ変化を生じさせるものである。去年姑、私の父が死んだ。姑が生きていたときはだんなは自分の兄を蛇蝎のごとく嫌い、実家に言っても二人顔を合わさず、姑は余りの中の悪さにいつも心配していた。私もこれで姑が死んだらだんなの実家に行くことはないなと思っていた。ところが姑が死んだ途端、急に仲直りし去年今年も実家に言ってきた。おまけに今年はご飯まで食べてきた。姑が生きていたときは考えられないことである。兄弟二人笑いながら話をしている様子を見ていると、この17年間お互いいがみ合って、もっと早く仲直りすればいいのにと思った。しかし兄弟にしか分からないことかもしれない。

 父親とは40年以上会っていない、弟とは会っているが、死んでも教えに来ないなと思っていたら、教えに来た(弟と会っていることは父親は知らない)。何せフーテンのトラみたいな弟だから、携帯電話にも出ないし、突然現れて要件だけ済ますと帰る。1年か2年に一度顔を出す奴である。「姉の心弟知らず、心配だから連絡しろ」と説教されるのが嫌だから表れない気がする。ボヘミアンは風みたいだと言う「さっと現れて、気が付けばいないから」良い例えである。こんな奴だから教えもしないし、別れて40年以上の父親のことはどうでもいいという感じがしていた。

 ところが死んだと教えに来た。その死は淡々としたものであり、涙も出ない。とうとう死んだかと言う感じ。その時からしばらくしつこいハエが出る。半月ほど続いただろうか。母親に父親が死んだことは教えないで、しつこいハエが出ることを話すと、母のところにも出るという。中村勘三郎の話を思い出した。先代の勘三郎が死んだらハエになってやると話したと言う。そしたら本当にハエになって出てきたという。まさかと思うが季節外れだし、「親父、化けやがったな」と思った、しかし娘のところに出るのは分かるが、何も別れた女房のところに現れることはないと思う。

 それから私の中で父に対する嫌なものがなくなり、幼い時の父とのことを思い出すようになった。記憶は余りないが。死んだことを母に話すと、いつも散々悪く言っていたのが急に言わなくなり、夫婦でいたときを話し出した。こっちとしては開いた口が塞がらない。だったら何で離婚した。恨むなら死んでも恨めと思う(その方が良い)。犠牲になったのは子供だろうが、急に腹が立ってきた。

 昨日母が新盆だと言う。「誰の?」と聞いたら父のことだ。馬鹿じゃないかと思う反面、死んだら許せるのかと考えたりする。線香を上げるという勝手にしろと言う気がしたが、そんな私も父の写真を出した。(お盆の間の期間限定)

 急に姑の言葉を思い出した、「死んで待ったものいつまでも恨んでもしょうねべさ」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

いのちの電話からの手紙

2008.8.10

 私がいのちの電話を知ってからもう7年になる。最初は交流分析がよく分からず、交流分析を知ろうと思って、それから公開講座を受講し、毎月の資金ボランティアを何年かした。今は無職、無業の主婦。なので資金ボランティアできないが会報は定期的にいただいている。有難い事である。今回の内容はいいことが書いてあった。

 無駄だと思っていたことを意識してするようになったら、生活に落ち着きと豊かさがましてきたこと、役に立たない物ほど役に立つと言う驚き。意識してゆっくりすごす。ゆっくり過ごすことで、今まで見えないものが見えてくる。作業で言う見落としを発見したみたい。

 もうひとつは自殺防止のNPO法人の方、一番いい相談とは役に立たない相談。「あなたのところにきても何の役にも立たない」、むっと来た当たり前だ、面と向かって言うんだから。でも又来る。役に立たなくてもいい自殺してくれなければそれでいい。だから聴く事に徹しているという。文句を言っても話を聞いてもらいたいのだ。だから又来る、しかしそれをちゃんと聞いてくれるのだから偉い。人は話を聞いてくれる人が必要だし、いなければだめなのだ。人は当たり前だが一人では生きることはできない。

 仕事には無駄とか、役に立たないもの入らないが、今は社会を挙げて無駄、役に立たないものを嫌う傾向にある。経済状態が悪くなって、仕事中心の頭で世の中考えるからこうなった気がする。売り場で考えてみよう。全部売れ筋ばかりで作った売り場は面白くない。買物は効率的だろうが、買物の見て比べると言う楽しみがない。売れ筋とそれほど売れ筋でないものを組み合わせて、バァリエーションをだす。だから楽しい。

 無駄に見えるものでも角度を変えると違うように見える、役に立たないものでも使い方を変えると役に立つかもしれない。仕事中心の効率主義で何でも考える事は止めたい、その考えこそ無駄である。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

表示偽装・コンプライアンス

 2008.8.6

株式会社青森県果工の偽装、青森県の果汁を使用せず外国産を使用、外国産を青森県産と表示。いつかは出ると感じていた。今まで出てこなかったのが不思議なくらいだ。まじめのこつこつ仕事をしている企業、事業主には、風評被害でこれから大変かもしれない。しかしよく考えてみれば風評被害を信じるほうも如何かと考える。自分の知識がないからである。自分で考え、自分で選んで買えばいいだけで、特に根拠もないことを信じて買って、被害者面するのはおかしくないか。他力本願である。文句はいくらでも言える、しかしちゃんと物を見る目があれば、文句を余り言う必要もない。

 今回の事件は産地偽装なので飲んだからと言って人体に、影響がでるわけではない。だからと言って、産地を偽装したことは許されないが、騒ぎ方が飲んだら今日明日にでも体に異常が出そうな騒ぎ方である。報道する方もする方である。

 株式会社青森県果工の事件は実害がないのでよかったが、これだけ偽装、偽造がまかり通るのはこれ位だったらいいだろうと言う考え方、コストを下げたい、飲んだところで分からないだろうという発想だと思う。倫理観、コンプライアンス、危機管理に対する感覚が緩いと言う感じ。経営が思うように行かずという理由からの選択かもしれないが、今の時代はコンプライアンスを守れる企業しか残らない。経営が大変だったからは理由にならない。困ったことに青森県はこんなことで企業が潰れると、従業員が次の仕事が見つからないのである。従業員を守る、会社を守るつもりなら、法律遵守しかない。なんてことをもし従業員が言おうものなら確実に首である。

 青森県の経営体質は佐藤研究室に的確、冷静に淡々とまとめられています。私は時々訪問しています。佐藤さん自身も雇用関係のお仕事をしているので、参考になれば。私は佐藤さんのホームページが好きだし勉強になるところがあります。キャリアカウンセラーと話しをする機会があり、弘前近辺で仕事を得やすい人は(年齢は関係なく)、文句も言わずはいはいと言う人だそうです。

 話が飛んでしまった。食品には安心、安全絶対0はない。しかしなるべくそのリスクを下げるためには、消費者自身が正確な知識を持つこと、常に正しい情報のアンテナを張る、しかし偽造、偽装だけは余程でなければ分からない。これは事業主の倫理観しだい。

 リンゴ加工品表示偽装の報道時系列でまとめてあります。

Web東奥 リンゴ加工品表示偽装 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ねぶたとねぷた?

2008.7.31

 きょうからひろさきのねぷた?あんまり興味がないのでここ何年も見に行ってない。ただここ二十何年かで弘前はねぷた、青森はねぶたと区別した言い方になったが本来はどっちでもいいのである。自分は弘前で生まれ育ったがねぶたと言ってきた。ねぶた、ねぷたどっちでもいいんである。小さいときの記憶でもねぶたは違う、ねぷたといいなさいと注意されたことはない。

 ただ音として聞いたとき、ねぷたは勢いがない、ねぶたが勢いがある。「鎌田」を「かまた」と言うか、「かまだ」と呼ぶかの違いである。と考える。

 青森が「ねぶた」、弘前が「ねぷた」と言う区別がつけられたのは二十数年前東奥日報の明鏡欄で、ねぷたとねぶたの論争見たいのがあってそれから区別がつけられた様な記憶がする。自分は今でも「ねぶた」と言う。小さいときからのそのように呼んで来たからそれだけの話。発音するときも「ねぶた」のほうが発音しやすい。」「ねぷた」発音しにくい。だから県外から来た方も発音しやすいほうで良い。

 音、発音は時代によって変化する、たとえば「百円」,大概は「ひゃくえん」と言うが、田舎の本当の高齢者?は「ふぇぐえん」と発音する。今の時代に昔の発音を復活させることが無意味なように無意味な論争だった記憶がある。実際「ねぷた」と発音する人もいる。しかし参加して面白いのは青森ねぶた、一度跳ねると病み付きになる。気持ちが良い。弘前のねぶたは流しているときより、出陣前の待機しているときは圧巻である。特に日が暮れてねぶたに明かりが入るときは最高である。弘前市役所弘前文化センターの付近がねぶたの待機場所になるとき行ってみるといい。出陣前の盛り上がりの雰囲気があって、土手町、駅前で見るよりいいかもしれない。流れるのを見るのが好きな人が土手町、駅前で。しかし短時間で一度に見たい人は、夕方弘前公園の帰り、弘前市役所、弘前文化センターの付近に行ってみればいい。

にほんブログ村 地域生活ブログ 青森情報へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

未明の地震

2008・7.24

 未明、12:28、グラグラと来た。いつもより長いので大きな地震になると感じる。ボヘミアン起こす、しかし中々おきない何度目かでやっと起きる。だんなも寝ている起こそうかなと思っていたら止まった。これだけ考える時間があるのだから、長いのだろう。外を見ると近所でNHKで地震速報を見ているが見えた。早速MHKを点ける。1時間くらい見る。弘前震度4、思ったより大きい震度で驚く。(ばっちゃも気が付かない、親類の婆も爺も気が付かない、もしひょっとして助かるとすれば私だけか?)

 経験から行くと一番強い震度は十勝沖地震、奥尻、日本海中部沖地震、余震が一番長く続いたのは十勝沖地震(余震が来ると感じると暫くして来た)。奥尻のときは入浴中で手が石鹸だらけでドアをあけようにも開けられなくて、だんなはテレビを抑えていた。

朝、親類のいる八戸へ電話。冷蔵庫のドアは開く、人形は倒れる、結局朝の4時まで片付けてその後寝た。孫は震度4でも寝ていたと言う、すごい。気象庁の予想通り朝の段階では余震はないという。いつもなら地震の後、しばらくして余震はあるのだが。しかし震度3,4でも気が付かない人は気が付かない。驚きである。気が着かないまま死ぬって事もあるんだなと実感した。

 知り合いのオミズ、カボシャールN無事らしい。ボヘミアンが「200歳まで生きるか?」と聞いたとき、「もちろん」と答えるくらいの史上最強の女だ。簡単には潰れない。結論気が付くか、気が付かないかが分かれ道。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

親人体の不思議展観覧・ボヘミアン海を渡る

2008・7・14

 ボヘミアンは修学旅行、三度目の北海道、初めて海から道内へ上陸、夜学校のホームページからインターネットで修学旅行の様子配信される。ボヘミアンばっちり写っていた友達も、第一日目無事終了。団長海苔弁、本陣セイコー、ホテルササキご苦労様でした。

良い時代になったものです、安否確認と子供たちの様子分かります。

 親は昨日の暑い中、「人体の不思議展」を見てきました。ボヘミアンは行きたがらない、しかし親は見たいので、見る価値はあると聞いたので行ってきました。すごい人で人がトグロ巻いてました。ディズニーランドで待っている気分になって、ボヘミアンが生まれる前旦那と二人で行ったとき、やっと待ってスペースマウンテンに入った記憶思い出しました。

 確かに見る価値はあると思いますが、なんか変な違和感を感じました。普通企画展にしろなんにしろ公開の目的とか展示物の説明とかのパンフレットも、チケット買うとき渡されますがそれがない。入ってすぐ目に付いたのはグッズでした。で展示物を見たのですが、ショックだったのは生後三ヶ月からの赤ちゃんの展示物、臨月までありました。まるで蝋細工のようです。死亡原因はなんだろうと考えてしまいました。

 数年前にテレビで今回の展示と同様のものを見たとき(ニュースだったと記憶している)、ドイツ人かイタリア人が考案していたなと、不確かな記憶を自分の頭から引き出したのですが、展示物の顔をよく見るとどう見てもアジア系の顔なんですよ。てっきりヨーロッパ系の人体だと思っていたのですが、この辺からおかしいなと感じたんです。チケットをよく見ると主催は人体不思議実行委員会(東奥日報・青森放送)になっていてこれは一時的なものだし、肝心の本当の企画側名称がwww.jintai.co.jpだけなんです。アクセスしてみたら展示会の様子、公開予定、展示物の説明ばかりで、どこにあるのか、何の目的の団体かぜんぜんそれらしいの説明はないのです。

 多少の胸糞の悪さを感じながら見ていて、サーモン食えねーなとか、鳥のレッグも食えネなーと感じながら、肺の展示物見ながらどの肺も真っ黒だし、自分もタバコ吸うからもっと黒いだろうなとか感じてみた分けなんです。終わりのとこでスタッフのねーちゃんが脳みそのレプリカ?見たいな物もって「実物と同じ重さです」って言うから持ってみたけど。以外に重くて旦那が「あれ本物だべか?」って言うから「レプリカだべ」って言ったけどどうなんだろう?もっと気分を害したのは帰りの出口で割引のチケット渡すわけ商売根性丸見え。

 これが映画館とか、ライブハウスだったら分かるわけよ商売なんだから、県立美術館だろうこんな事させて良いのかと考えるわけよ。おまけに健康診断みたいなこともやって一人1000円だって、看護士当然いるだろうなとか変なことばかり考えてしまった。

 旦那が腹減ったって言うから、でも二人とも喉のあたり変なものトグロ巻いてる感じだから、腹は減ってるけど食欲ないわけ、で「三忠」でそば食うかって事になって、弘前まで帰って「三忠」で食事したんだけど、「わ、麺だら腹いっぱいにならねはんで、カレーライス」だってこの男何考えてんだと思ったわけ、肉食いたくないって言ったのに。私はざる中華。

帰ってから「人体不思議展」で検索してみたら、この展示を巡ってあちこちで反対とか問題起こしてる事が分かってびっくりした。おまけにこの主催してる団体がはっきりしないと言うブログの書き込みもある。

「人体の不思議展」に疑問を持つ会、青森県に公開質問状送っている、その青森県の答え、情けない。

「okeydokey],少し古い感じがしますが、本質を突いてると感じました。

「人体の不思議展」の不思議、「人体の不思議展」は最初の頃と現在の違いの指摘がありおもしろいです。

 「人体の不思議展」検索するといろいろでてきます。人の尊厳とか、遺体にも人権があります。検索する中でいろいろ考えてしまいました。いろいろけちをつけながら見てきたわけですが、主催者側の出所出所が分からないまま行って見て、まじめな良い事、いってもだめだなと思いました。見てしまった、検索してから自分の中に罪悪感みたいな物出てきました。

 果たしてこの展示がよいことなのか、見世物扱いなのか、人の死を冒涜するものなのか、医学関係者しか見ることの出来ない人体の解剖を加工したものとして(見やすく、展示しやすく)一般人に公開して今後何の益があるのか。誰にでも怖い物見たさとはあるが、それで終わってほしくない。

 多少の罪悪感を感じながら本を薦めます。非常によく出来ています。普通だったらこのくらいでいいと思います。ボヘミアンはグロイといって絶対見ません。しかし絵本でここまで出来るとは、最初紀伊国屋で見たときその出来に感動して、迷わず買ってしまいました。もし「人体の不思議展」を見に行くのが抵抗あるならこの本で十分です、それだけよく出来た本です。仕掛け絵本なので親も一緒に見てほしい、怖がるだろうし、びりびり破くかも。子共向けなのですが侮るなかれ、読みがなつき、丁寧な解説、妊娠中の子宮の様子も描かれています。何人かの大人に見せましたが、絵をめくる度にほほーと声を上げ、興味ありげに見ます。とにかくよく出来ています。

にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ

にほんブログ村 地域生活ブログへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

秋葉の事件で思うこと

2008.7.13

 もうそろそろ事件について思うことを書いてもいいと考えたから書く。本当に青森県ではトップの進学校である。時間は過去に戻せないからどうしようもないが、選ばなければ何処かの大学には入れただろうにと思う。そこそこのレベルには行けたと思う。就職にしてもコネを使うなら別だが青森県では大学を出たからといって努めるところは皆無だ。と言うより最初から使う気がないと考えたほうが良い。一部の職種を除いて。

 有名大学をでたから良い就職口があるわけはない。ただ就職試験を受けられるだけで、本人がどれだけの仕事をしてくれるのか、どれだけの能力があるかである。履歴を見る限り中学までは成績の良い子で、高校に入ってから試験の成績が下がったのがショックらしい。私も同じような経験がある、中学までは適当に勉強していた、高校もそのつもりでいたら中間試験で下がるだけ下がった、そのときのショックすごい。学校を辞めたくなったが、出席日数さえクリアしてれば卒業できると分かったから、勉強はせず学校は休まず行った。案の定この調子だから2年から3年になるとき留年になるかもしれないと言われたたが。ほとんどが、数学と国語である(高校の程度は青森県内トップ3の次のレベル)。

 本当にエリート意識の高い家庭だったのだろう。普通だったらそこそこの成績とってくれれば、後は大学に行こうが就職しようが本人が決めればと思う。親にすればそこそこと言うのが嫌なんだろうな。「親の書いた作文、親の描いた絵」とメールにあるが、そこまで子供に完璧性を持たせたかったのだろうか。作文と絵は感性のものである、そこまで干渉するか、そこに親の特異性を感じる。しかし仮の親の指示がないとしても、子供の書いた作文、絵に対して親が事細かく口出ししたかもしれない、それを彼が「親が書いた、親が描いた」と思ったのかもしれない。

 親は自分の人生に対して不満足だったのか、それとも自分がエリートだから子供もその通り、それ以上の人生を期待したのだろうか。確かにこれからの子供の人生を考えるとき、これでいいのか心配になる、口も出したくなる。普通の家庭はみんなそうだし、それが親だと思う。しかし親の人生ではない、子供の人生である。なんて理解した振りしてるが、分かっていてもついつい言ってしまうのが親。結論から言えば人生、上を見ればきりがない、下を見てもきりがないように、何処かで見切り、妥協しないと「見果てぬ夢」ドンキホーテになってしまう。

 人生は失敗と挫折の繰り返し、それだけで人生は終わらない。失敗するときは失敗していいし、挫折も人を大きくする、そこから何か学べば良い。逆に順調に来た人が失敗したときは手がつけられない。失敗と挫折はつき物である。今回の事例は順調に中学まで来たのが、突然高校でドスンと下がるだけ下がり、壊れていったのが原因かも。本当に自分の居場所がほしかったのだろう。親の事を悪く言いながらまた青森に帰ってみたり、結構親子で依存関係はあるような気もする。本人は口で言うほど親を嫌っていないような気がする。

結論

1.子供の帰る場所は親のところしかない

2.親には辛いが子供の人生である、親の人生ではない

3.うちの子に限ってそんな事はないと言う子供を信じることも大事、子供を守れるのは親

4.人生希望を持たなくてもいいから絶望はしない。

5.とりあえず生きてみよう、こつこつ生きてれば良い事はある(長い目で見れば)

6.私は競争が嫌いです、競争して人を蹴落とすのは無駄だと考えます(長い目で見れば)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

介護保険キーパーソンとしての体験

2008.7.12

 親は介護保険を受けてから一年、キーパーソンとして思ったことはやはり受けてよかった。

1.介護保険の申請は結果はどうであれ申請してみて損はない。

2.迷うことなく申請はするべきだと思う、介護度は低いほど負担は少ない。経済的、家族の心理的負担も少ない。

3.介護予防の点、負担の大きさも軽いほど少ない。しかし現状は介護保険の初期の頃に比べてハードルが高くなり、自分で考えているより低い介護度になる傾向が多いらしい。特に初期に比べて身体より精神に重きを置くようになったので、身体の場合、以前なら要介護状態だったのに、今は要支援となり不満を持つ人もあるが、仮に再申請をしても結果は同じなの(ケアマネの話)無駄らしい。それにサービスを受ける時期が遅れることになるから、少々不満でも極端でない限り認めておいた方が良いかも知れない。

4.申請から認定、サービス開始まで約2ヶ月は懸かる。結構手続きが煩雑なので大変かもしれないが、家で黙っていても、ケアマネが遣ってくれるのでそれほどでもない。

5.介護は家では限界があることは知ってほしい、在宅で家族が見るのは限界がある。だから外部の力を使う。がんばりすぎない事、がんばり過ぎて逆に外部の人が入ったときどこから手をつけ良いか分からないほどの状態がある。出来ない事は出来ないと認めよう。

6.老人が自分から施設に入所したいと言ったときは認めよう。でもすぐ入所したくないと言うかもしれない、腹が立つかもしれないが土壇場で急に嫌と言い出すことはあることなので、2.3パターンくらい考え方を用意したい。

7.年を取るほど身体能力が衰えるのでどうしても、不衛生になりやすいし、低栄養状態になる。これは本人のせいではない事を理解してほしい。体調が悪いときは何もしたくないときがある、それだと考えてほしい。

 今私の経験から言えることはこれだけである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

食品安全委員会

2008.6.30

 この何日間食品の偽装でマスコミがにぎやかである。うなぎの偽装問題は日本人にも責任の一端があると思う。確かに中国産と表示したら買わないだろう、しかし国産と表示したら買ってしまう安易に信用して買ってしまう日本人にも問題があると思う。中国産が全部悪いと決め付けてしまう日本人にも問題がある。飛騨牛にしても名前だけ信じて買ってしまう方も問題がある。結局そこいらのとこに漬け込まれているような気がする。最も騙す方が一番悪いのだが。

 今日食品安全委員会から冊子が送られてきた。自分でも食品安全委員会って何って分からなかった、モニターになるまでは。で送られてきた冊子についてきたレジメに食品安全委員会の成り立ちが分かりやすく書いてあるのでお知らせする。

食品安全行政の枠組みの変遷と食品安全委員会について

1食品安全行政の枠組みの変遷について

①平成15年7月前の食品安全行政の枠組み

 平成13年にわが国初のBSEが発生し、この問題をめぐる行政対応に対して国民から厳しい批判がなされ、その検証と今後の食品安全行政のあり方を検討するため、農林水産大臣及び厚生労働大臣の私的諮問機関として「BSE問題に関する調査検討委員会」が発足(平成13年11月)し、累次にわたる審議を経て、報告書が取りまとめられました。

 この報告書では、これまでの行政が、生産者・事業サイドに偏った運営がされてきたこと、リスク評価とリスク管理が渾然一体となっていること、施策決定過程が不透明であることなどとともに、消費者をはじめとする関係者への正確な情報開示が行われていなかった事などについて厳しい反省が求められました。

 このような従来の食品安全行政の反省の上に立って、同報告書において、食品安全基本法の制定と食品安全委員会の設置と言う新しい食品安全行政の枠組みが提言され、平成15年7月に食品安全基本法の施行及び食品安全委員会の設置がなされました。

②BSE問題の反省の下に創設されて食品安全行政の枠組み

 平成15年7月に施行された食品安全基本法は「食品の安全性の確保に関するあらゆる措置は、国民の健康の保護が最も重要であると言う認識の下に講じられるべきである」と言う基本理念の下で、食品の安全には「絶対」はなく、リスクの存在を前提にしつつ科学的知見に基づいてこれを制御していくと言う、国際的なスタンダードになっている「リスク分析」と言う考え方(手法)を導入しました。

 この「リスク分析」と言う新たな枠組みにおいて、食品安全委員会は科学に基づき中立公正にリスク評価を行う機関として、厚生労働省や農林水産省などのリスク管理機関から独立して内閣府に設置されました。

 また、新しい食品安全行政では、「リスク分析」の構成要素である消費者等とのリスクコミュニケーションについて、リスク評価期間である食品安全委員会が関係府省との調整を図りつつ、連携して推進することとなりました。

 このように、リスク評価機関が科学に基づく機関として独立し、「リスク分析」の枠組みが十全に機能することにより、食品の安全が確保され、また、我が国の食品安全行政は国際的評価を得られるものと考えます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ランキング

2008.6.27

 もうブログを初めて4ヶ月面白いランキングがでた。

 発表、ダダダーン、2008年上半期ランキング発表!しかしどの本も読んでない、どうもファンタジーは苦手だし、美容にも興味が無いし、ひたすら食い物と児童書、心理、介護関係。硬いなと自分でも思う。小説はこの頃読んでない、しかしずいぶんはまった。

 五木寛之   あこがれて金沢まで言った。朱鷺の墓〈愛怨の章〉 (1972年)

 筒井康隆   あの狂気の世界が良い。俗物図鑑 (新潮文庫 つ 4-2)

 小松左京   地球を何度も壊すスケールが良い。日本沈没 上 小学館文庫 こ 11-1

 谷崎潤一郎  日本文化に対する造詣陰翳礼讃 (中公文庫)

 永井荷風   江戸文化に傾倒、近代日本に対する批判日和下駄―一名東京散策記 (講談社文芸文庫)

 森鴎外    公人として私人としての悩み新潮日本文学 1 森鴎外集 (1)

 司馬遼太郎  死んだ時ショック、現代の作家でこれほど日本の事を憂えた人いないこの国のかたち〈1〉 (文春文庫)

 筒井康隆氏と小松左京氏は現代日本のSF作家の巨人だしともに関西人であり、親交もある。谷崎潤一郎と永井荷風は耽美主義の代表である。戦後の少しの間谷崎松子夫人が永井荷風を家に招いて食事に招待したこともある。永井荷風は森鴎外を本当に尊敬していた。五木寛之氏はもう小説を書かないと思う。哲学者になったような感じ。

 *最近読んだ小説

 パール・バックの大地 (4) (岩波文庫)、スケールの大きさもいいが悪いときにはよい事を考え、良いときには悪いことを考える、私なりの解釈常に危機意識を持つ、中国の人の考えが書かれていて感動した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

岩手・宮城内陸地震

2008.6.14

 朝、朝食を食べているとグラリ、定時の番組から特番に切り替わる。しばらくしてから青森県の災害情報のページにアクセス、午前中結局災害情報なし。休日なのでないのか、情けない。頼りになるのは気象庁と新聞社の情報か。ラジオとテレビか。原燃があるのに悠長なものだ。秋田県の災害情報にもアクセス、似たような物だが原燃があるのに緊張感が無い。

 弘前は震度3、早速ガスの元栓を締める。当分習慣にするか。薬缶(でかい5ℓ用)に水を入れる、お風呂に水を入れる、台風19号のとき水が止まって風呂の水をトイレに使った友人の話を思い出して。ボヘミアンには逃げるとき、薬缶とお菓子の入った袋を持つように、エコバッグにはひざ掛けと特大のバスタオル。懐中電灯とラジオはいつもそばに置いている。想像したくは無いが、もし万が一、ひょっとしてグラッと来たら、半日は持つかもしれないと考えて。

 でも本が落ちてきたら頭に落ちてきて気を失うか、本に埋もれて身動きが取れなくなる。本をどうしようかなと考えたり。本が最大の凶器になるかも、でも離したくない。地震のたびに本の山どうするんだと言われる。かなり処分したけどもう処分はしないぞ。本を読まない人には分からないだろう、本に埋もれた快感が。

 ところで岩手県は最大の観光スポットを地震でやられた。中尊寺には3回行った。猊鼻渓はとてもきれいな山水画のような風景、秋の中尊寺から見る黄金の田圃はすばらしい。しかし今思うことは災害に会われた皆様、心よりお見舞い申し上げます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

児童書について

2008・6・4

 児童書を読んでいるときはとても楽しい。しかしこの頃感じるのはたくさん児童書が出ているが、子供に本を買ってあげる親が少ないことである、なんとなくそう思う。従兄弟も、従兄弟の嫁も図書館から借りるようである。文字の読めない子供にとっては絵本の絵を見ることが楽しみである。子供は同じ本を何度も読みたがる、不思議なものでなぜだろうと思うのだが、誰もが同じ事を言う。たくさん用意してあげる必要はないが、やはり何冊か絵本児童書は買ってあげてほしい。なぜって、子供は字が読めないけど絵というものが記憶される、子供のときのお気に入りの本が頭に残っている、ぼんやりとした思い出だけどその記憶を残してあげてほしいと思う。

 子供にいい思い出を作ってあげられるのは親しかいない、映像で残すのも大事だが物として残せるのは本だろう。気に入った本の思い出は良い思いで、楽しい思い出、なくなったと思っていた本が、急に出てきたとき、その喜びは格別である。子供のときに戻ったような気分、確かに児童書は絶版になるものは少ない、大人になってからでも子供の頃の本を探すことも可能だが、出来れば残してあげてほしい。

 従兄弟も、従兄弟の嫁もたくさん本を読ませよう、本代も馬鹿にならないからだろう、図書館から借りるのだろう。分からなくもないが、もし借りてきた本がお気に入りで返さないといけないなるとちょっとかわいそうな気がする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

吉兆・細雪

20085・29

 吉兆が廃業した。去年、吉兆が起こした食品偽装事件を起こしたとき、何処かで聞いた言葉だな思ったら谷崎潤一郎の小説「細雪」に出てくる。この事は今日のいくつかのブログにも書かれている。しかし大概は映画の「細雪」のせりふで吉兆と言う言葉が出てくる点の指摘が多い。映画は1980年、当時は吉兆が和食の世界ではトップだったから何度か出てきたのかなと考える。

 小説の方は、雪子の見合いの席の場面に吉兆が使われる(下巻)。時代としては昭和14年、わずか10年経たずしてグルメの谷崎潤一郎の目に留まったのだろう。いや谷崎松子夫人の目に止まったのかもしれない。「細雪」は松子夫人とその姉妹がモデルとされており、谷崎潤一郎が「細雪」執筆中も上方文化、言葉の使い方、着物などの細かい部分は松子夫人の協力があったからだと言う。今になって読み返してみるとグルメの谷崎潤一郎らしく、小説の中とはいえ、田舎くさい味はいや、いくらこった料理でも鮮度の良くない料理は食べたくない、何気ないものでいいから鮮度のいいものを食べたい。これは小説の中で次女幸子に言わせている。特に四女妙子が鯖寿司にあたって一騒動起こる場面では「いっつも料理屋のご飯ばかり食べ歩くさかいに、そんなことなるねん」と手厳しい。

 また雪子の見合いの場面の吉兆に戻るが、貞之助に「失礼ながら、私はここの家へはめったにきた事はないんですが、今日はなかなか品数が出ますな、」、「どうも昨今は、酒も料理もだんだん窮屈になってきましたが、ここの家はいつもこんなにご馳走が出るんでしょうか」と言わせる。多分貞之助は谷崎自身だと思う。なぜかと言えば、「細雪」は貞之助の目を通して四姉妹の様子が描かれているし、男性が結婚する女性に求める条件として、手足のきれいな人、谷崎の小説には女性の手足に触れたものがいくつかある。多分谷崎自身手足のきれいな女性が好みなのだろう。実際着物を着た女性の肉体の部分は足首、手首しか見えない。ほっそりしていれば色気は感じるが、太ければ色気は感じない、女でも色気を感じないから、男だったらなおさらだと思う。

 ひとつの小説として読むのもいいが、当時のデパート、レストラン、料亭が実名で出てくる。銀座の資生堂、高島屋、三越、、神戸のオリエンタルホテル、、横浜のグランドホテル、奈良ホテル、心斎橋播半など。当時の時代を追体験するようにして読むのも面白い。

にほんブログ村 本ブログへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

本を選ぶこと・本を買うこと

2008・5・25

 本を買う時はこの頃は新聞の書評、広告を見る。だいたい感で自分に合っているか分かる。当たり外れはまずない。そして本屋に電話をして配達してもらう。弘前は昔から本屋から配達してもらう。だいたいどこの本屋もそうだった。本屋で本を買うことはあるが出来ないときは配達してもらう。だから紀ノ国屋が出店するときの条件は、配本しない事が条件だったような記憶がある。本を読む人口が少なくなってから本屋もだんだん少なくなって、よく行った本屋もなくなり、買い物のついでに本屋による楽しみもなくなった。本屋の方でも売れる本ばかり置くようになったから,本選びの楽しみもなくなり、ブラリ本屋によって新しい本はあるかなと言う発見の楽しみもない。

 そしてインターネットで本を買えるようになってますます本屋は少なくなり、自分の手にとって本をぱらぱら見て決めるなんて事はなくなった。書評を参考にして本を選ぶことになるから一発勝負みたいな感じがある。書評は粗筋が書かれるときもあるし様々だが、最終的には感想文みたいな物だとこの頃は考えるようになった。読者は書評によって本を選ぶ、この人の書く書評は間違いないといって選ぶかもしれない。しかし期待に反して面白くないとき、ごめんなさいである。私は自分で読んだ本でいい経験をしたなと感じたとき、同じような経験をしている人もあるだろうと想定して書くときもある。心理、料理、介護、絵本なんでも。

 はっきり行ってインターネットでは知識は付かないと思う。誰に聞いても知識は本でなければ付かないと言う。情報の収集の為にはインターネットいいけど。本は読むと言う言葉を使う。しかしインターネットは読むとは誰も言わないだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

食品安全モニター会議

 2008・5・22

 食品安全委員会のモニター会議で仙台まで行ってきた。日帰り、きつい何もしたくない感じ。バスの中で見た岩手山すごいな、布団かぶった牛みたい。仙台に何度か行ったがいつも日帰りでしんどい。行ってみてびっくりした。東北6件29名中青森県は3人、食品製造に携わった人誰もいない。県南からは0である。県南の食品に関して、私は津軽の物よりおいしいものが多い。だから評価としては自分の中では高く評価している。栄養士の活動も津軽より活動している気がする(ホームページを見る限り)。仙台も栄養士の活動が盛んなところである。以前就職の面接に行ったとき仙台ならいくらでもあるのにと言われたことがある。

 とにかく、格差を感じて帰ってきた。山形は食品製造のパートさん二人。食品表示について積極的に活動、衛生面、学習していてその知識を仕事に役立てている。食育の面で指導的立場にいる人、秋田から参加した人は食品関係に勤務されたらしく、現在の食品加工の現状を憂いていた。みんなすごくて、勉強していて帰りたくなった。だったら何でお前は参加したんだって言われるから言うけど、モニターに興味があって、地元の食の現場の知識の貧困さにあきれてるわけ(そういう現場もあると言うだけで全部を批判していません)。この事言ったら秋田から来た人笑っていたけど。これからはコンプライアンスだから法務実務3級取ったけど。よく考えてみたら、自分の資格まともに書くと絶対仕事は見つからないなと思う(周りからも嫌がられるだけだって言われる)。これから必要と思う資格とか、勉強をしても青森県にいる限りまともに評価されないと感じるわけ。いらない物知ってるとか、とにかく逆に足を引っ張られる感じ。キャリアカウンセラーが言ってたけど、経営者は部下が自分より物を覚えていることは嫌がる傾向にあるという指摘は、当たっているな。

 食品安全委員会では、食品はリスクが避けられない(全く0はあり得ない)、だからリスク評価を行いより安全な基準の設定、マスコミ報道の少々偏った、一部だけ取り上げセンセーショナルにするとか、はっきり言わないけど嫌なんだとね。分かる。(昨日の食品安全委員会で配布されたレジメ一部抜粋。)

 リスクと付き合う

1.食品を含めどんなものにもリスクがある。

2。リスクのとらえ方は人によって差がある

3.リスクを知り、妥当な判断をするためには努力が必要。

a科学的知識を身につける努力

bメディアの情報の正確性を見分ける努力、事実と意見、編集の有無、キャスターのイメージ

c情報を批判的に読み取る努力、あらゆる情報を一度批判的に考える

 ちょっと違和感感じたり、変だなと思うかも知んないけど、1と3は抑えてほしい。それでaの力を付けてほしいわけ。今回の四川大地震でこれからの中国食品、日本にどう影響するか考えれば分かると思うけど。何でもかで、文句言ったり、危険とか思わずに、冷静に考えてほしいわけ。で食品安全委員会では日本ほど安全な食品を確保している国はないと。クレームつけるときも1とaあたり抑えておくと対応違うと思う。

にほんブログ村 地域生活ブログへ

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

読み聞かせ

2008.5.15

 今日でブログを始めてちょうど3ヶ月、最初の2ヶ月は毎日更新なので辛いが慣れてみると結構楽しい。このごろは1週間に2,3回の更新だから楽になった。夜は毎日ボヘミアンにせがまれて読み聞かせである。小学生が一人で読むのは少しめんどい「Lチェンジザワールド」、子供に読み聞かせる場合、対象年齢は関係ないと思う。少し難しい内容でも読み聞かせでは理解できる。小学校の低学年のとき、小泉夜雲「怪談」、夏目漱石「坊ちゃん」、それなりに理解していたようである。だから本に対象年齢を決めることは余り好きではない。読みたい本を読めば良い。漫画、童話、絵本、大人も子供も読みたい本を読めば良い。当たり前の話だが。本を読むのが嫌いだったり(読むのが嫌いなだけで本は嫌いではないらしい)、寝かせつけるとき、読み聞かせは有効である。将来本好きになるかどうかは分からないが、親子の楽しみとして出来るならやってほしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

もったいない?

2008.5.8

 昨日からのニュース、船場吉兆でお客が箸を付けていなう料理を使いまわした。よくやるなと思う、戦後すぐの物のない時代ならいざ知らず、これだけ物余りで、食がうるさい時代に、考えられない。もったいない、コスト削減、そこから使いまわし。食の世界では紙一重のところがある。家庭料理、家庭の食事では許されろことでも第三者(お客様)に対しては絶対許されないこと。

1.コスト削減、食品リサイクル(良いですね、もったいない精神)

2.賞味期限過ぎてる、でもまだいける。(1の精神でいきましょう。)

3.今のところ問題なし、大丈夫、いきましょう。

 たいていこんな具合でどんどん泥沼に入り込んでいくと思う。消費期限、賞味期限の偽造、産地偽造、不当表示、期限切れ食材の使用。慣れの発生で問題意識、危機意識がなくなる。

 ところが問題が発生すると

1.現場が勝手にやっています。私(経営者)の知らぬことです。

2.パート、社員がやっています。もったいなくてやってしまいました。

3.内部告発

 問題が発生すれば責任は末端の責任ではなく、経営者の責任になること。パート、社員だけに責任を転嫁してもだめ。責任は逃れられない。内部告発は、恨まれる人事、恨まれる雇用をするからである。時流に乗って、コスト削減、もったいない、リサイクルと安易に考えないこと。

 確かにコスト削減、もったいないは大事なことである。時代の流れでもある。しかし安易に乗ってはいけない、諸刃の刃になる可能性も十分あるから。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ボヘミアン

2008.4.27

 今日は寒い、雷、雨、県外、県内からの皆様ご苦労様、堀の桜は散って、車だらけ人だらけ、ゴールデンウイーク中は家から出ないことにしている。理由家に戻られないから。先週弘前に来た人はよかっただろう。今週来週は葉桜だろう、多分。今年は早く咲いた割には天気がいまいち安定しない、気温もアップダウンが激しい。しかしブログを見ると公園でカメラでパシャパシャしてますね。載せてますね。私は公園に行かずチャリンコで公園の回りグルグル。しかし近年開花が早くなっている、5月のゴールデンウイークには散ることも多くなった。だから5月にゴールデンウイークに向けたイベント考えたらどうだろう。

 我が家の息子は枕を持ったボヘミアンで、明日は母、今日は父と毎晩寝場所を変える、一体いつになったら一人で寝るだろう、小学6年である。一時は一人で寝たがったが、いざ一人で寝るとだめらしく、隣同士で寝ても布団に入ってくる。一体いつまで子供と寝たらいいのだろうという疑問が。確かに高学年になっているから少し気になってきた。本音を言うと体はでかいし、寝相は悪い、本を読んでくれ、親のほうが疲れる。しかし周りの話だと小学6年までは親と寝たがるし、あと何ヶ月かで一人で寝るだろう。しかし甘えと自立が極端、先日の参観日でお母さんたちと話していたらどこでもそうらしい、急に自立したと思ったら、急に甘えてくる、それも家事が終わってやっと座ったら、「お母さん」である。どうも親と子供がかみ合わない、しかしそれのもう少しで終わるかな、楽なる反面さびしい

| | コメント (0) | トラックバック (0)

人形・遊び

2008.4.7.

 今日はとても暖かい、4月18日から桜祭りである。時々小さいときを思い出す。お天気がよく暖かい日はござを出してままごと。キンダーブックの戦前版だったら、着物にエプロンの女の子がござを引いてお人形さんとおままごとそして花びらがヒラヒラ。戦前のキンダーブックの世界は所得の高い層向けか、かなり贅沢なおもちゃで遊んでいる。自分自身おもちゃは持っている方だったがキンダーブックのおもちゃの世界にはかなわなかった。だからあこがれた。実際戦前のおもちゃは贅沢である、木とか瀬戸物で作っている、本物を小さくしただけ、プラスチックのおもちゃで育ったものとしては贅沢なおもちゃで遊んでると感じた。戦前は人形も文化人形が一般的らしいが、キンダーブックでは市松人形らしき物だからすごい贅沢。そんな昔の世界にあこがれつつ自分も人形遊びにどっぷり。私の世代はタミーちゃん人形、買い物に出かけるたびに人形の服をどんどん揃えて、一人でストーリーを作りながら人形遊びをした。バービー人形は大人みたいだし、リカチャンは少し子供過ぎるなと言う感じだった。昔ミルクのみ人形と言うものがあって、必ず哺乳瓶が付いていた。今みたいに本格的にオムツ、ベビーカー、お風呂ってなかったから、適当に回りのものを使って、ミルクのみ人形を赤ちゃんに見立てて遊んだ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

骨粗鬆症

2008・4・2

 叔母が骨粗鬆症になった。母も骨粗鬆症である。女性は65歳を過ぎると骨粗鬆症になると言われるがまさに現実。二人とも閉経後という点では共通項である。母は肥満による運動不足、叔母は結構動いていが、やはり老化か。若いときから体を動かしていも、なるときはなるのか。昔から「老化は足から」と言われるが整骨院の先生の話によると年を取ると偏平足になると言う。男の人も年を取ると足が弱くなる人がいる。

 食事に気をつけて、体を動かしていても、老化と言う事も頭に入れておかねばならないと感じた。その食事も体の健康と頭の健康では違う。今その事に関する本を読んでいる最中。自分も足には自信があったが最近ひざが曲がらない、どうも先天的なものが老化によって弱い部分が出てきたようだ。

 老後の生活は歩ける人の勝ち。転倒しない様に気をつけ、そこそこ歩ければ自立した老後の生活が送れる。歩けない事は心身に非常によくない。転倒、寝たきり、廃用症候群。アンチエイジングとか老化防止に躍起になっているが、己の老化に素直に従って生活していくにも知恵だと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

弘前桜祭り

 青森地方気象台の開花予報、弘前4月18日、青森4月20日、八戸4月21日、深浦4月22日、むつ4月24日。桜祭りは去年のように早くなると思う。公園の桜の木は蕾が膨らんだせいか遠くから見るとボヤーっとピンクがかって見える。堀端から咲き始め、最後が本丸、近年は本丸に上がると料金が発生するためか、朝早く観光客でにぎわっている。夜桜を見に本丸に上がる方は日中の服装にもう1枚着ないと寒い。

にほんブログ村 地域生活ブログ 青森情報へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

介護福祉士 合格発表

リンク: 介護福祉士 合格発表.

2008.4.1

 ホームヘルパー2級の資格はいずれ無くなり、介護福祉士になる。去年からホームヘルパー2級は500時間の受講だと思う。私がヘルパー2級を受講したときは約160時間。介護のレベルがダンダン高くなり、160時間では対応しきれなくなったのが理由だ。160時間だと介護実習をしているだけ精一杯で、介護保険制度の勉強が足りない。実際介護保険制度の上辺をなぞるだけだったなと今思い出している。

 介護の現場は本当に大変だし、介護事業所自体経営が大変、大変だらけだがせっかく取った資格だから生かして働いて欲しいと思う。肉体的にもきついが、精神的にもきつい。燃え尽き症候群にはならないように気をつけてください。

 参考になるかどうか分かりませんが、私が介護保険を受けたとき体験を。

1.介護保険を受けようと思ったときは最初にケアマネージャーを紹介してもらう。

2.すべての手続きはケアマネージャーが代行してくれるので、信頼して話そう

3.主事医の意見書が必要なので、医師が複数ある場合誰を主治医にするか迷う時はケアマネージャーに相談しよう。

4.介護度が決まるとケアプランの作成、どんなサービスが受けたいか要望をはっきり伝えよう。

5.ケアプランの変更はいくらでも出来るので、必要ではないと思ったらケアマネージャに話そう。

6.受けられるサービスは介護度によって、受けられるサービス、受けられないサービスがある。

7.サービスの内容によっては事業所によって実施しているところ、実施していないところがある。 

8.要介護に認定された場合は事業所とのやり取りはケアマネージャーを通して行われる。利用者に専任のケアマネージャーが付く。

9.要支援の場合は特に専任のケアマネージャーは付かないので事業所と直接のやり取りになる。しかし分からない事、困った事があればケアマネージャーでも良いし、とにかく関係機関に相談しよう。 

10.介護保険を申請しようと思ったときは思い切って申請してみよう。認定されるかされないか分からないと迷わずに。介護度が低ければ低いほど、本人の負担、家族の負担も軽い。

 本の紹介ではないが参考まで     

| | コメント (0) | トラックバック (0)

後期高齢者医療保険制度.その他

2008.3.31

 読む本がたまりすぎて今日は本の紹介はありません。弘前は「いしゃさまの町」、そのいしゃさまが後期高齢者医療保険制度撤廃。弘前医師会は「医療機関への自由なアクセスを阻害し、医療現場に祖疹、祖療を強要する」から反対。広域連合は保険証を返還、市町村は返還しなくても良いと、対象者は混乱している。うちの親も返すべきか、返さざるべきか、ハムレットの心境らしい。(ネタ元、陸奥新報東奥日報)。絶対混乱おきると思っていたら案の定。

 実際複数の医療機関にかかっている高齢者を、主治医一人で管理するのは酷過ぎる、情報の共有がうまくいけばそれで良い思うが。親が介護保険のサービスを受けていて思うのは、どれだけ医者が患者の情報を持っているのか、あくまでも私の感だが十分ではないと感じる。介護保険の更新のときに必要な書類を出しているのに、改めて問診表がきたときは患者の情報がうまく伝わってないと感じたのである。ケアマネージャーの調査表と主治医の意見書があるのに。また医療の現場、介護の現場は混乱する。今までの老人保険のままで良いと思うけど。

<にほんブログ村 地域生活ブログ 青森情報へ/p>

| | コメント (0) | トラックバック (0)

言葉の海

2008.3.23

 完全に春。公園の桜の木が離れて見るとボーっと見える。あと1ヶ月もしないでさくらまつり。ブログを見たら「言葉の海」 書評があった。この本を読んだのはもう20年以上前のこと。労作ではあるが地味な本だったせいか書評では結構が、一般受けしなかった記憶がある。

 何がすごいかと言うと事典に書ける執念がすごい。「言海」、「大言海」、この国語辞典は大槻磐渓、大槻文彦と親子2代で完成となり、「大言海」の編纂者である大槻文彦は完成を見ることなく死んだ。だから後編の編纂は遺族の手で行われた。「大言海」は全6巻でそのうち1巻が索引。何巻目までが大槻文彦本人の手で編集されたか忘れたが、大野晋が大槻本人の手になる部分と、遺族の手になる部分の違いを指摘した記事を読んだ事がある。「言葉の海」を読んでから何年もたち、手元に本も無く書くのは無責任だが、大槻文彦から祖父大槻玄沢までの家計を遡っていく過程は、森鴎外「渋江抽斎」に通づるものがある。

 「大言海」で「ピアノ」とひいたとき、「ピアノ」の形を細かく表現してあった。「大言海」は絵が一切ないので文章で表現するしかない。その表現には参った。辞書はまさに言葉の海。いい題名の本である。辞書はいかに労作であるか、一読する価値があると思う。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

寝台急行「銀河」

2008.3.15

 まだ寝台急行があるとは知らなかった。寝台特急はあるのは知っているが。特急と急行はどちらが乗り心地がいいかと言えば、特急だろうか。昔大阪に行くとき寝台急行名前は忘れたが、大阪に着いたらグッタリ、やっぱり特急にしたほうがいいなと感じた。しかしだんだん旅が味気ないものになる、目的地に早く着けばいいと言うものではない。その途中の経過が楽しいものである。昼間の特急「白鳥」も良かった。ずっと続く日本海、お天気のいい時はエンエン続くので良い。又秋の山形県に入ったときは黒の屋根瓦、柿の木の風景はなんと味わい深いことか。

 新幹線も良いがのんびりとした旅のために寝台車は残して欲しい。これからの関西は良いな、旅に行きたくなった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

介護保険・要介護・要支援

2008.3.14

 身内で介護保険を使っている人がいる。今回の更新で、要介護1から要支援2になった。よく考えてみると要介護1とは微妙な物である。要介護から要支援になると使えるサービスも少なくなる。身体機能は特に改善された訳ではないが、自立度が高くなったために要介護から支援になったのかなと一人で感じている。要介護1だと更新の時どちらになるかでかなり違ってくる。1ヶ月に使う利用料金も少なくなるので、欲しいサービスは自腹を切るしかない。経済的に苦しい人は大変である。確かに介護度が上がれば利用料金も多くなり大変だが、自腹を切るのも大変。

 今回の更新で初めて知ったのは、要介護の場合、利用者からケアマネジャー、ケアマネージャーから事業者と言う順序で、お互いの連絡を取り合う、必ずケアマネージャーを通すのが、要支援の場合利用者と事業者の直接の連絡になるとは、初めて知った。使いたいサービスも事業所によって扱って無かったりで、サービスの内容によっては事業所を変えなければならない。介護保険では利用者本位と言いながら、事業者本位と思う事が多い。出来れば同じ事業所でサービスを受けたいと思うが、現実はなかなかそうならないらしい。

 介護者はどなたもニコニコと優しい、しかし心の中では大変なストレスを抱えている人もある。何でも言ってください、使えるサービスはどんどん使ってくださいと言うが、介護者で悩みがある人の話を聞く度、そんなわがままはいえないのである。介護者が泣きながら苦しい現状を聞くことがあるので、ニコニコした顔を見るのが辛くなる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ゴールドブレンド

2008.3.13

 ゴールドブレンドのコマーシャルが懐かしい。あの頃は高校生で丁度「狐狸庵」シリーズがよく読まれていた時期で、ユーモア作家と言うイメージがありあんな渋いとこあるのかと意外な感じがした。結構シリーズがあって面白いコマーシャルだった。唐沢寿幸氏も遠藤周作と並んでいるのが何の違和感も無く、自然で良い。

 遠藤周作はユーモア作家、文士劇で人を笑わせる人と言うイメージがあった、しかしクリスチャンで、純文学の作家とは知らなかった。「おばかさん」、「私が棄てた女」、を呼んだとき、そこまで犠牲になって自分はどうなるのと主人公の善良さに腹が立ち、その善良さを利用する人たちに腹が立ち、だったら自分はそこまで出来るのかと、自分自身のエゴと言うものが問われた気分になった。短編も読んだが人の持っている善と悪、特に自分自身持っている悪に部分を抉り出すようで、怖くなり読まなくなった。読後はいつも自分で自分は何だと問われる気がする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メタボ

2008.3.12

 昨日は少し寒かった。今日は春のようだ。岩木山がきれいである。昨日の自分の昼食。豆パン、マーガリンが挿んであると麦茶。腹が減ってしょうがなかった、久々菓子パンも食べたかった。しかし頭の中はトランス脂肪酸、炭水化物の取りすぎというワードが飛ぶ。あんた栄養のこと言ってんじゃないの?なんていう内なる自分。でも我慢できない、とうとう食べた。まったりした久々の味、マーガリンがまったりしてなんともいえない。ほとんどマーガリンは口にしない。バターばかりである。

 昨日はほとんど体を動かしていないから、メタボまっしぐらの食事。今年のキーワードはメタボだろう。体に消費され無かった糖質、脂肪が付く。その原因が生活習慣、そして生活習慣病。その前が成人病で、40歳を過ぎたら健康に気をつけて成人病を予防。なんてこともあったが、生活全体が楽になりすぎて年齢に関係なく、昔成人病といわれる病気が発症する時代に。

 カロリーが低い食事が良いように言われているが、私はそこの所を気をつけないといけないと思っている。ただ単にカロリーを下げるよりも体を動かすほうが大事だと考える。自分で食べ過ぎてるなと自覚している人は節制したほうが良いけど、それ以外健康診断で異常が無ければ、きちんと時間通り3食、食べて運動したほうがいい気がする。

 私は何が怖いかというと偏食である。心の病気になり。意欲も気力も低下し、ただ命を繫ぐためにしか食べないためにやせた人。ダイエットしたのは良いがカロリーを下げる事だけに目が行き過ぎて、あれだめこれだめで、激やせとうとう食べられ無くなり生理も止まった人。もともと少し太っていたが、栄養の勉強をしてるうちにいろいろ詳しくなりすぎ(カロリーに)じゃ少しやせて見ようかが、激やせになったのである。本人に言わせると食べられなくなったと言うし、少し涼しくなる寒いと言う、顔色が悪くなる、動けなくなる。はたで見ていても怖かった。健康的にやせてください。

| | コメント (0)

名物

2008.3.9

 今日は少々寒い。まだ百沢スキー場のライトがついているからまだ本当の春ではない。個人的には百沢スキー場のライトが消えたら本当の春だと思う。

 昨日テレビで「いい旅夢気分SP心に染みる冬の絶景」を見ていたら、田中健氏親子が八甲田、五所川原、弘前に来ていた。ご母堂のお元気な姿はとても85歳には見えない。この気候の厳しい時期、ご高齢に関わらず、八甲田、百沢、五所川原の移動かなりきついなと個人的に思った。かなりの移動距離、まして雪道なので相当しんどかったただろう。しかし地元にいながら我が家から歩いて数分のところにある、郷土料理屋「炉辺」が意外と安いこと、百沢のホテルがしゃれた料理を出すかとは全然知らなかった。灯台下暗しである。

 青森県の話題の名物として南部の「せんべい汁」、黒石の「スープ焼きそば」、最初は「せんべい汁」がブレイクしていると思ってたら、この頃は「スープ焼きそば」の気がする。津軽では「津軽せんべい」つまりせんべいとして食べるくらいで「せんべい汁」はいまいち。

 でも南部では「南部せんべい」というせんべいとは別に汁物に入れるせんべいがある。南部は津軽に比べてやや粉食文化かなと感じる。個人的に感じるのは(あくまでも個人的な感覚)、「南部せんべい」は「津軽せんべい」よりゴマの量が多い。創作のせんべいの種類が多い。その他のお菓子でも、津軽は餅菓子の類が多い、南部は饅頭の類が多い。

 黒石の「スープ焼きそば」はそばつゆとソースの合体が許せないので食べない(ソース味が本当にだめ)。けなす訳ではないが太麺も苦手。しかし黒石では昔から焼きそばは太麺。細麺の焼きそばはピンと来ないと黒石の人はいう。しかし私はやはり「三忠食堂」の細麺のラーメンがいい。黒石と弘前は車で20分かかるか、かからない距離なのに食べ物に対するこだわりがかなり違う。

 昨日八戸の親戚からお菓子が送られてきた。その名も「八戸美人」パイ饅頭である。今全国的に話題の美人市議が八戸いる。あらためて南部は饅頭文化だと感じた。八戸の昔からの名物は「つるこ饅頭」。たしか「かもめ饅頭」もあった気もする。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

読書

2008.3.6

 一体いつ位から本を読み始めたのか、多分3歳か4歳くらいかな。最初は絵本、講談社の絵本戦前の本が多かったから、乃木対象、赤穂浪士、桃太郎。その後は漫画、リボン、少女、マーガレット、セブンティーン。気が付けばもう老眼で、ちらつく色、光が苦手になった。

 本の栞は読書するとき大事なのに、すぐ無くしてしまう、だからそこいらの紙切れを挿んでしまう、色気がない。叔母にもらった本に挿む金属製の栞のようなものを貰って、何年か使っていたが又無くしてしまった。

 昔は観光地のお土産屋に、観光写真の栞が売っていた。今もあるのかな?そういえば電車の中でも本を読んでいる人が、以前に比べて少なくなった気がする。 p>読書に便利なユニークグッズ特集;

 私の読む本は地味系。本を処分するときに、古本屋さんに来てもらうが難しいと言われる。売れにくい本で、全集物は特に売れないらしい。でも無理に買ってもらった事がある。置き場所がなくなるので仕方なく売るが、本を出すときはすごく悲しい。一度読んだ本を又眺めるのが好き、だが部屋が狭くなるから処分する、読んだ本全部残せたらいいんだけど。でも年のせいか以前のように一気に読むのが面倒。ポチポチ読みである。

| | コメント (0)

ブログを初めて

2008・3・4

 ブログを始めて今日で2週間になる。始めるまで2,3ヶ月くらい決心が付かなかった。しかし始めてみると見ると楽しい。どういう内容だったら長く続くか、アフィリエイトは本当にお金になるか、いろいろ考えた。他で仕事が出来るならその方が良いに決まっている。しかしこの2年間仕事を探してみたが採用されず、アルバイトも50歳を過ぎるとなかなかない。そのうち親の介護が始まり、ますます働く条件が狭められ、その中で何が出来るか、年に関係なく出来るもの、だったら好きな本の事を書こう。続くかもしれない。それで決心。

 しかしあまりにも簡単に始められるという言葉がネット上に氾濫している。良識のあるサイトもある。簡単にお金が欲しくて、アフィリエイトを始める人はその簡単と言う言葉に惹かれるだろう。私も惹かれそうになった。しかし冷静になってよく考えてみると簡単に出来る仕事なんてない。お金が欲しい気持ちは分かるが、その気持ちを少し抑えて、コツコツ始めていくのが一番の早道である、欲が冷静さを失わせる。p>

 いつまで続くか、どのように変わっていくか自分で自分の変わりようが楽しみである。p></p>

| | コメント (0) | トラックバック (0)

本よんでます

 今日から始まる、ブログを始めようか、何度も迷ったけど始めよう。本が好きで好きで書評みたいな物書いてかいてみよう、いったいどうなるのかとにかく書いてみましょう。

 このごろ高齢出産が増えてます。35歳過ぎてからの出産です。実は私41歳で初産、はっきりいって年は関係ないし、自然分娩も可能です。なかなか妊娠しないというけどいつか妊娠するものだし、困るといえば病院に入院した時、年いってるなという感じくらいです。

大変でしょうと言う人もいるけど、1回しか出産してないから比べようが無い。周りでは自分の経験知で話しをしてくるから困る時もある。

ただ出産に対するリスク、どうしても先天性異常の心配はしました。ダウン症の検査もしようかなと保健婦に相談もしたけど、「検査は6ヶ月にならないと出来ないし、もしダウン症だとしても、もう堕ろせませんよ。それよりお子さんを生むほうが大事ではないでしょうか」と言われて決心して、どんな子供でもいいと決めたました。

そのとき読んだ本が「生命かがやく日のために」斉藤茂男著 講談社α文庫

重度の障害を持って生まれた子供、親周りはものすごい衝撃です。しかしこの世に生を受けた以上育てようと決めて(かなりの葛藤があります)育てて、それが生きがいに変わっていくのです。生半可ではない、きれい事、理想論でもなく、ただ自分の子供、せっかく生まれてきた命、それだけで育てるんですね、読んでいて頭が下がる思いがしました。

 それでいくら心配して生んでみないうちは分からないだろうって決めて、何年も出来なくてやっと出来たんだから生もうって。今、私はこの本出産経験のない若い人に読んでほしい。どれだけ命と言うものが大事か。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)