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2013年5月

死刑でいいです

2013・5・22

題名「死刑でいいです」、何とも命を軽く考えてると言うか、自分の命を。まるで、品物を選ぶときの、「これでいいよ」って感覚を覚えた。

 少年犯罪に関する本は出てるが、この本は犯罪者である、少年本人に焦点を合わせていない。少年個人の犯罪にも焦点を当てているが、現在少年犯罪が起こるたびに出てくる、広汎性発達障害、アスペルガー、人格障害という、障害を抱えた少年をどう処遇するか、原因とは何か、この障害を抱えた少年たちをどう支援するかが描かれている。

 また現在の少年問題の周辺にいる、弁護士、精神科医、心理療法士、元担任など、家庭裁判所調査官など、専門家の意見もある。少年刑務所、少年院の違い。今まで漠然としていたこの違いをはっきり教えてくれるい、処遇の違い、この違いが少年が社会に出た時のその後の社会生活にも影響することなど。

 発達障害が犯罪に結び付くわけではなく、環境の問題であり、環境を整備し、その特性を周りが分かれば、生きていけると言う。また発達障害という自分が分かるまで、生き辛い、なんで自分は不利になるのかと疑問を持っていた人、発達障害と分かると、楽になると、それが自分なら今のままでいい、あるがままでいいと受け入れる事の大事さ。しかし、あるがまま、自己受容はかなりきつい、苦しい作業である。そのプロセスを乗り越えての、あるがままの自分、これでイイという自分である。

 しかし事件が起こるたびに、発達障害、アスペルガーと言葉だけが独り歩き、この障害を持っているだけで偏見を持たれる。その偏見、誤解を解くためにも、いい本である。いかに我々が分かってないか、改めて感じた。

 環境が悪ければ、発達障害から人格障害へ移行。何より大事な事は、発達障害、人格障害という診断名より、その障害を抱えながらも生きていけるようにすることであり、仮に犯罪を起こしたとしても、再犯を起こさないように支援する事。どうしてもこの障害を持っていると、再犯率が高い。

 そして何より大事な事は、このような障害を持った人を障害に渡って支援することであり、早期発見である。そして思春期をどのようにして乗り越えるのかえある。

中村屋三代記

2013・5・12

 三代記と言うが、17世勘三郎、18世勘三郎、周りの人々の話である。一番良かったのは、やはり娘波乃久里子である、やはりどこの家庭でも、娘は手厳しい、息子は優しい。

天下の17世も娘には方なし、しかし息子は優しいと言う、自分で自分の事を「私はわがままよ」というのはすごい、謙虚だと思う。まー凡人はそこには気がつかないが。

何が一番と言えば写真である。「一本刀土俵入り」の駒形茂平の17世と18世のあまりの違いである。失礼ながらお二人の人生がそのまま出ている、というより出自の違いが出ている。

駒形茂平は母親は苦労して育てられる、母親に横綱を見せてやりたい、しかし後半で渡世人になるが。17世は苦労人である、その茂平は母親の苦労を見て、父親がなく少しひねくれたのが顔に出た茂平、また渡世人なるかもしれないと予感させる。18世はどこまでも大らかである、母親は苦労をしている、その母親に横綱になった姿を見せるという希望を感じさせる。

ココで、波乃久里子の言う「弟は生まれ時から将軍なのよ」がよく分かる。また最後の歌舞伎「俊寛」は俊寛その物ではないかと思わせる。やはり歌舞伎の役者は、写真にこだわると言う事がよく分かる、というよりそれを感じさせる、なるほどと思わせる。

しかしこの2カ月近く、勘九朗(やはり勘三郎というより勘九朗時代が長いせいか、18世を勘三郎はピンとこない)読んでわかった事は、歌舞伎は常に進化している事、ところがどう言う訳かいつの間にか形だけの継承と思わせるものになっている事が分かった。

確かに様式美は分かりやすいが、世話物が神髄だと言う事は、観客の共感を呼ぶからで、いつの時代も共感を呼ぶものでなければと言う事は分かる。だからニューヨークで世話物をかけた時は、今までの様式美だけではない神髄の世話物をかけた勇気はすごい。

確かに様式美は分かりやすいが、歌舞伎の神髄の世話物を分かってもらいたいとい気持ちが理解できる。勘九朗が「歌舞伎から、世話物をはずしたらスカスカだよ」って言うのは分かる。

17世の偏食はすごい、よく体がもったものである。天ぷらそばと言ったら、楽日まで天ぷらそば。天才、我儘、褒めないでも情があると言う。ある意味モンスター今でいえば。

荒ぶる

2013・5・5

 公園の回り、いや弘前中が大渋滞、車だといつもの倍の時間がかかる。しかし公園の桜の貧乏臭い事と、満開になっていないのに、満開の後雨が降って散ってくる桜だ。『貧乏臭いさくら』って言ったら、誰もが今年の桜は貧乏臭いと思ってるらしい。知り合いの84歳のバーさまが『84年生きてきて、こったら春初めてだ』なるほど。梅が咲く前に桜が咲き、いまだレンギョウは咲き続け、いつもならもう花筏。それがまだない、ってことは散ってないわけで、来週あたり、花筏。

18世勘三郎の本にハマって約1カ月、そろそろ終わりになる、ネーちゃんに

『今まで4冊読んだけどさ、一番面白いな』

「うん、詳しいし、一番だよ」

『でも、自分は長生きしないだろうって、でも、長生きしたいって、その通りになった』

「うん、でもさ、18世の本読んでさ、歌舞伎ってこんなに面白言って分かった、本物みたい」

全くこれからって時に、始まったばかりで、残念。でも歌舞伎は進化していくだろうな、福助あたりがものすごく大化けして(18世亡き後のリーダーとして)、面白くしていく感じがする。何の本か忘れたが17世の写真を見た時(一本刀土俵入り)、影がある様な気がした、孤独の影。「荒ぶる」を読んでいたら18世から見た17世、つまり息子から見た父に孤独の影を見たと書いてある。17世はお妾さんの子供として生まれ、孤独であった事が書いてある。あーそうかと思った。

だから18世が生まれた時は、御曹子の誕生だからうれしかっただろう、その分鬼になったろうと想像は難くない。稽古は厳しい、上手じゃない、でも18世も気が付いたら17世と同じ稽古の付け方をしてると。よく言うよなー、気が付いたら親と同じ事をしてるって。一つの華族の歴史、自分の生きざまみたいな本である。18世の本の中ではどれが良いと言えば、「荒らぶる」だろうな。

18世の駒形茂平の写真を見た時、どこまでも大らかである、純粋性を感じた。しかし17世の駒形茂平は、苦労したと言う感じが出ていた。しかし18世は話好きだなーとしみじみ思った。本当に残念である。天真爛漫のベビーギャングがそのまま大人になった感じ。

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