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反貧困

2009・8・14

 いろいろ最近の労働関係の本を読んだが、やはり貧困の問題を真剣に考え、最低限の保障、食べることができない、寝ること場所がないことは人として生きる権利を奪う。法整備とか何とか悠長なことを言ってる場合ではない。今できることは何か、誰でも現代は野宿生活に短時間で入ってしまう。今の日本では食う事だけには困らないとか、戦前のようなひどい貧困はないとか良く言われたが、貧困が見ようとしない、見えなかったから分からないだけ、自分の生活の感覚で考えるから、真の意味での貧困を理解出来なかった。逆に貧困へ落ちて行く人を自己責任という捉え方しかしてこなかった。おちゃん的に去年の暮の派遣村の光景を見たとき、易々と路上生活者に転落していくのは、個人的に様々な問題を抱えているからこうなる。故郷に帰ればいいとか、友人を一時的にでも頼ればとか考えていた。しかしこの考え方は当事者を追い詰めるだけで、安全圏にいる人間の高みの見物的発想でしかないと今は思う。現代日本の真の貧困問題を教えてもらった、この本で。

 国のセイフティーネットを強くせねばと言うが時間がかかる、ならば今できること今後すべきこと優先順位をつける、小さな声でも、人が集まれば大きなものになる、それを著者はいろいろな分野の人々と結んで、2007年に反貧困ネットワークを結んだ。 将来的には真の意味での最低限の生活の保障である。現代の日本では真の意味での最低限の生活の保障はされていない、それどころか逆になっていく、最低限の生活補償の切り崩し、母子加算の廃止とか。生活水準の切り下げ、労働条件の切り下げ、もっと苦しい人がいるという発想。しかしそれは外から見てる人間が言う事で、渦中の人間は限界に近い状態、限界を超えた状態で生活、労働をしてる。内容が少しそれるが著者は貧困の背景に五重の排除をあげている。

1 教育課程からの排除

2 企業福祉からの排除

3 家族福祉からの排除

4 公的福祉からの排除

5 自分自身からの排除 何のために生きるのか、働くのか、当たり前のことが見えない

                            (岩波新書「反貧困」から抜粋)

 教育、福祉に関する知識のある人はなんとなくわかるだろう。ただ単に何も知らず真面目に生きてる人が、この五重の排除を持ってる人が貧困から抜けることができない、最大の被害者である。この中の1個か2個の排除は何とかなる、3個以上はどうしようもない自己責任で済む問題ではない。著者は「溜め」という言葉をこの本の中でよく使う。「溜め」とはゆとり、余裕と解した方が分かりやすい。たとえば今仕事がないけど雇用保険を申請する、貯金で暮らす。一人暮らしができないので実家に行く、子供を実家で見てもらう、この溜めをどれだけ持ってるかである。当然各人の性格、考え方もおちゃん的には溜めにいれたい。余裕をもって考えられる、物事を観察し、冷静に判断する能力である。経験値も溜めである。おちゃんは著者の「溜め」という考え方に大いに共感する。おちゃんは現代日本はゆとり、余裕がないと思ってる、著者もそれを言う。また著者は居場所の提供にも力を入れている、人は繋がっているという考え、感覚が大事である、繋がってるというだけでどれだけ救われるか。孤独、孤立してるという感覚はどれだけ人を精神的に追い詰めるか。誰もが路上生活者になる時代、昔に比べてなる確率が高くなってる社会構造、そうさせようとする国、他人事ではありません。

 もしならないようにするにはと言われれば、おちゃんは社会のこと勉強して、知識武装、精神的健康に力をいれてくださいとしか言えません。自己研鑽と真の意味での自助努力、自分のためにしてください。本当に勧める本です。

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