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2009年7月

20年前のテープ発見

2009・7・13

 7月10日からパソコンの調子が悪い。もう3日続けてコールセンターに電話、マウスポインタが固まる、メインスイッチで電源の切り替えパソコンにかなりの負担、もう買い替え時だな。今はマウスを使うとポインタが固まるので、タッチパネルで操作、もう面倒くさい。

 ところで最近20年前のテープを整理してたら、面白いテープが次々、まず日立ミュージックインハイフォニックで、所さんとタモリのコミックソング、ちょうどタモリがオールナイト日本でさだまさし(まっさん)を盛んに攻撃してたとき、そして今のタモリ氏は今週いっぱい白内障の手術の為お休み、時の流れを感じる。腹を抱えて笑いながら聞いたが、今はコミックソングなんてないよ、さびしい。ビートたけしの「オールナイト日本」のテープ出てきた。音質がすごく悪いが懐かしさで聞いてしまうし、貴重品になってしまった。出演者、ビートたけし(殿と呼ばれてました)、そのまんま東(現宮崎県知事)、ガダルカナルタカ、ダンカン、大森歌右衛門、高田文夫、松尾伴内、20年後に世界の北野、宮崎県知事なんて想像出来ない。当時は面白いだけで、ビートたけしは残ってもたけし軍団は消えるなと思ってた。ところがどっこい人の人生なんて分からない。

 殿がコンサートの活動をしていた時代、殿が40歳のときのテープ、今も昔も変わらないマシンガントーク、何年殿の「オールナイト日本」を聞いただろう。フライデー襲撃事件の前からだし。殿の「オールナイト日本」の前の日がタモリ氏だった。とにかく面白くて毎週聞いてた。多分聞き始めた時期は「笑っていいとも」が放送されて間もない頃だったと記憶してる。ちょうどアリス、さだまさしは軟弱な音楽だといってた時期である。そしたらさだまさしのテープも出てきて、トークが面白い、でも作る曲、小説を考えるとさだまさしはどんな思考回路を持ってるんだろうと考えてしまった。確かに落研にいたからトークがうまいのは分かる。トークの内容と作る作品のギャップのさは考えてしまう。ひょっとしたらものすごい照れ屋で、トークで本質を隠してるのかなと考えたりする。

 しかし今回のテープで一番20年ぶりで出てきてうれしいのは、いなかっぺい氏のテープ。かっぺいさんの話は一番面白い、毎日聞いてる。おちゃん、ちゃん、ボヘミアン、同県人なのでという感じもあるけど、何度聞いても飽きない。考えてみたらかっぺいさん、殿、タモリ氏、もう60歳を過ぎてるでもぜんぜんトークのさえは変わらない。相変わらず毒が効いていい。変に丸くならないでいい。これがもう少し昔の芸人さんだったら、大人になるとか、丸くなるとか、転向みたいなものを感じた。どこかで世間に合わせるとか、年とか、毒がなくなるのである。唯一例外は立川団子氏くらいだろう。相変わらず吼えてる。しかし団子氏の偉いというか、天晴れというのは、政治家のときと芸人のときをすっぱり分かてること、政治家から芸人に戻ったとき大概はどこかで政治的なもの引きずってるけどそれがない。偉い。

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頭は昭和52年

20009・7.7

 今日はばたばた(七夕をおちゃんはこう呼ぶ)、ばたばたの日に天の川を見たことはない。今日は暑い、室温34℃、何もしたくない、部屋の中整理してたら、昭和52年のカセットテープ出てくる。懐かしい、大橋純子、ハイファイセット、松任谷由美など懐かしい、青春時代であるが、やはりユーミンの曲は荒井由美の時代の詞がいい、松任谷由美になってからはあんまり良くない。ハイファイセットはどうしてるんだろうかとか、大塚博堂は良かったな、でも早く死んで惜しいなとか。53年にサザンがデビューしたな、ガンガンニューミュージックを聴いてた。所さんとタモリの曲(というよりコミックソング)聞くが馬鹿馬鹿しいくらいおかしい。しかしこの頃はばかばかしい曲がない。何でだろう。アークレイジーキャッツが懐かしい。ドリフノコントは嫌いだった、クレイジーキャッツとドリフが同時進行でテレビでコントやってたときは、クレイジーキャッツの子供向きではない、大人向きのセンスのコントが好きだった。ドリフは子供向きで嫌いだった。当然、コント55号も嫌い。

 しかしこの頃やっとドリフも笑えるようになった、理由は今のお笑いは面白くないから。最近はいなかっぺいのテープ同じもの何度も聞いてる。かっぺいさんは面白い、マー落語で言えば古典落語みたいなもんで、20年前の話でも笑える。なんて具合に頭がタイムスリップしてる。当分疲れた頭の休息に30年前のテープを聞いて、しかし昔に浸るという、行為は年を取った証拠、だんだん時代に取り残されていく兆しなのだろうか。

 大阪のパチンコ店の放火事件、武富士の事件を思い出した。もうガソリンの販売は車だけにして、ホームセンターで売ってるガソリン容器にいれて販売すること辞めたらどうだろう。また似たこと起きるって。大阪の池田小学校の事件と武富士の事件も同じ年だった。本当に無差別殺人が多くなった。おちゃんが言う地獄の3点セット。仕事がない、居場所がない、話し相手がない、これが揃えば人間おかしくなってしまう。蟻塚先生に言わせると精神科の外来だそうで、でそれで助かる、何とかなればがいいが、精神科の外来に行くことをためらってると悲劇だよな。

 精神科に対する偏見強いけど、偏見ゆえに症状悪化させたりして悲劇が起こる。もう精神科、精神疾患に対する偏見辞めてほしい。

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サバイバル

2009・7・4

 近所のコンビンニで何気なく手にした。さいとうたかをの作品は昔から「ゴルゴ13」しか読まないと決めていたが、まさか1976年から1978年まで書いた作品とは知らなかった。SPコミックスの方から読んで文庫版「アナザーストリー」に入った。

 とにかく面白い、一気に読んだ。30年以上前に書かれた物だが、古さはぜんぜん感じない。今は環境問題、エコが時代の流れ、社会の流れだが、その根っこは30年以上前に始まり、昭和48年に小松左京「日本沈没」が発表、「ノストラダムスの大予言」、人口爆発など、公害問題、今と似たような時代であった。しかし今に比べると多少不安を煽っていた気もする。確か経済も第二次オイルショックの影響で低迷していた記憶がある。省エネの時代の幕開けでもあった。しかしいつの間にか、時代の影に埋もれてしまった気がする。そして近年、環境、エコと地球温暖化を真剣に考えるようになった。オチャン的に今度はもう時代の影に埋もれることはないと思う。

 おちゃんの記憶に間違いがなければ、地球温暖化という言葉が出てきてから、環境問題、省エネ、、エコと真の意味で真剣に考えるようになった気がする。もうこの人は以前のように、環境問題を忘れるという、脳天気な時代は終わりを告げねばなるまい。

 もし大地震、天候の激変、感染症の大流行が起きて、国が崩壊し、何もかも失ったとき、日本人は生きていけるだろうか。考えたくはないが現代に日本人特に若い人ほど、生きていけないだろう。汲み取り便所に耐えられるか、風呂は十日に一辺でも耐えられるかラジオだけの生活に耐えられるか。大人も含めて昭和30年以降に生まれて人はどれだけ辛抱できるだろう。第一生活の知恵というものが、現代日本人には決定的に不足して入る。楽に慣れすぎ、便利すぎる生活、生活の知恵がない人ほど、生き延びていくことは困難と思う。

 「アナザーストーリー」は北朝鮮を彷彿させるが、戦前、船中、戦後の混乱した社会を見てきた世代は、人間食うことが困難になると易々と自由を手放し、自分の生活を守るためには独裁を許すことになることを知っている。それを見てきたさいとうたかをだから描けたと思う。今だから「アナザーストーリー」を理解できるが(独裁国家というものを見てるから、そして崩壊も)、1976年から1978年の時点で戦後生まれは、現実の物としてどれだけ理解できたろうか。おちゃんは思う、サバイバルの技術も大事だが、あまりにも楽、便利さに慣れすぎた生活、過去にもどれとは言わないが、身近な日常生活を見直して一手間かけることをしても良い気がする。布おしめを使う、洗濯機を使わない、鍋で飯を炊く、魚は切り身を買わない、繕い物をする、テレビを見ない、貯蔵食品を作ってみる。車を使わず自転車にする。携帯は使わない。食い物以外手作り出来る物はするとか。

 この作品は30年前より現代の方はタイムリーな作品として、一読すべき作品である。当初は少年マガジンに連載されていたが、もう少年漫画の範疇を超えてあらゆる世代に読んでほしい。

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こうすれば病気は治る

2009・6・30

 うーんと悩んでしまう。確かにいい本だとは思う。しかし納得が出来かねると思うところもある。まー医者だから正しいと思う、しかし何もかんも自律神経のバランスで説明されると、辻褄が合わなくなるのではと思う。紋切り型過ぎる気がする。たとえば便秘、消化機能を支配してるのは副交感神経、しかし交感神経優位になると(ストレスによって)便秘になるという、マー大概ストレスがたまると消化器系が悲鳴を上げるが、おちゃんの場合腸が長すぎるので便秘状態である。かなりいきむ。例外も書いてほしかった。解剖学的な例外も。一時期あんまり便に拘りすぎて、すごい便秘になって苦しんだこともあった。しかし気にしすぎだと思って、考えないようにしたら出た。マー今も毎日出ないが(腸が長い)、苦しまない便に拘らないから、バッチャは便に拘ったので出ない、精神科医に話したら暇だから拘る、体を動かせその通りでデーサービス、デーケアといやでも動くようになってから以前ほど便に拘らなくなった。

 しかし現在の医療は対症療法が多くなり、逆に病気を多くしてるというのはそうですねと納得。痛みに対して過剰に恐怖、不安を持つ人が多くなり薬に頼りすぎ、我慢を知らないという。確かにその通りだと感ずる、ボヘミアンでも痛みに対してはすぐ薬、それくらい我慢しろといいたくなるときもある。バッチャにしてもチャンにしてもすぐ薬である。痛みの苦しさが分からないからというが、よく観察してみると痛みをマックスまで我慢して薬を飲み助かるから、次の痛みも薬に頼ってしまう気がする。鎮痛剤は一時的に症状を抑えるだけで、解決策にはならず逆に依存性が高くなるという。

 人間の健康は自律神経のバランスを良くすればかなりの病気に対するリスクを下げることが出来るという。よく長寿の人に「長寿の秘訣は何ですか」と聞けば、「くよくよしない事」というが、たぶん自律神経のバランスを良くする事を指してるのだろうなとこの本を読んで感じた。体験的にくよくよという言葉を使ってるが、この本に添って考えると自律神経と解釈した方がいい。病も気からとか。なんてここまで書けば、この本はやはりいい本なのだ。

 人の健康は自律神経の適度なバランスによって、支えられている。ホメオスタシスか。東洋医学的な陰と陽。だから漢方、鍼灸もいいと、日本の伝統的な健康法の入浴とか、適度に奨めている。昔から洋の東西を問わずバランス感覚である。最近精神、身体に関する本を読んでみても、対症療法に関する治療法に関しては医者も懐疑的であり、多少の苦痛、困難に立ち向かう方が良い。つまり薬漬けを防いで、薬の使用は最小限に抑えるべきということ。長期服用による弊害をなくすこと。

 人間楽をするようになってから、なんでも依存する傾向が出てきた、しかしこの超ストレス社会において、楽に成るならばと手っ取り早い方法を取ってきた結果が今出てきたとおちゃんは見る。効率的に、無駄なく、確かに悪くはないが本来は徐々によい方へ向かうべきなのに、途中のプロセスを省いて行くから、楽から苦へその逆とコロコロ変わるから、進退、精神がおかしくなる。余裕がないから手っ取り早くという論も成り立つ。

 結論、この本はかなり紋切り型です。今心のバランス、健康のバランスを崩してる人は腹が立つかもしれないが、かなり本質的な部分を付いている。自律神経が崩れたとき人は健康ではなく、限りなく不健康に近づく。だから今健康でいる人は読んだ方がいい、バランスを崩すとどうなるか。バランスを取るとは、心の余裕である、これは残念ながら自分で作るしかない、出来るまで何年もかかるが性格にも因るが、無駄、失敗を恐れず、試行錯誤、その中から読み取っていくしかない。プロセスを大事に、自分を大事にする。

 人生常に100%の力を出す必要はない。しかし100%以上出すときもある、そのときに備えて余裕の貯金をした方が賢い気がする。そしてバランス感覚。

 おちゃんの性格、短気、わがまま、強引、頑固、結構偏見も強い。行動特性、物忘れ、人の話は良く聞かない。

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