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2009年5月

見ました、新東宝「細雪」1950年版

2009.5.29

 まさか「YUJ TUBE」で、新東宝1950年の「細雪」、全編見られるとは。感激、1948年に完成させて、1950年に映画化ですから、かなりのスピードです。ともかく、1950年版の「細雪」みたかった訳で、もう一気に見てバッチャがデーサービスから帰ってくるの忘れてました。

 高嶺秀子様の妙子がすごくいい、お嬢様から、はすっぱな女に変化をしていく姿はうまい。しかし高峰秀子様の若いときこんなにきれいだったんだと、始めて知りました。おちゃんの世代だと、どっかのおばさんてイメージ。高嶺秀子様自身、はっきり物を言う方ですから、妙子の役はぴったりです。雪子もはんなりしてるが、言うべきときははっきり言う、ということが原作に書いてありますが、原作はかなりの長編だから(読み飛ばしてしまう可能性が高い)、脚本家の人は何度も読んだと思う。

 原作は貞之助から見た四姉妹を幸子を中心にかかれていますが、1950年の映画は妙子が中心となって描かれている気がします。吉永小百合様の「細雪」は雪子を中心として描かれてる気がします。どちらが源作に近いかと言えば、1950年の方だとおちゃんは感じる。妙子の変化の仕方が、原作に忠実に高峰秀子様によって演じられてる気がする。雪子も原作に近い気がする。吉永小百合様、島田陽子様の雪子を見たが、どうしても単におとなしいという感じで、いやですね。谷崎潤一郎自身映画好きですから、結構注文付けた気がします(おちゃんの想像)。

 谷崎自身かなり力入れて書いた作品ですから。谷崎自身は雪子タイプが好きだといいますが、妙子のようなタイプの女性を嫌悪しながら、どこかで好きだった気がします。原作を読んでいると、妙子の評価が下がって行くの分かるのですが、1950年の映画化に当たって、かなり妙子に拘ってる気がしてしようがない。原作自体の妙子と、雪子の量では、雪子の方が多い。もしおちゃんが入院するとき持っていく本は{細雪}です。 >

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THEBEGIN THEBIZIN

2009・5・27

 新人物往来社徒言えば無骨な歴史物(男性中心)と言うイメージですが、題名がいい。「美人帖」、帳がではなく帖と言うのが時代を感じさせていい。こんだけ美人がいたのかと驚きました。

 おちゃんの婆様(バッチャの母)の言っていたマーガレットと言う髪型、芸者の絵葉書、聞いていましたが、あったんですね、この本で分かりました。浮世絵を思わせる美人の方もあり、浮世絵もまんざら写実主義から遠く離れたものではないと実感。表紙は御高祖頭巾、婆様の話だと、明治、大正のある時点まで小学生も雪が降ると、御高祖頭巾をしたようです(婆様明治36年生まれ)。大阪でも今より、雪が降る日が多かったみたい。

 愛蔵版だともっと分かりやすいと思いますが、おちゃんが買ったのは文庫、絵的表現には限界がありますが、全体に楚々とした品のある人が多い。これが女郎クラスだとかなり下品です。こちらの方の女性を見たい方はエドワード・モース「百年前の日本」を

 写真自体かなり修正を加えてある気がします。肖像画と写真の中間のような印象のある写真もありますが、上位の美人だとあまり修正がないような気がします(当たり前か)。下位に行くほど修正臭い。しかし名妓と呼ばれた方たちは、深窓の令嬢風の姿で写真を写しても遜色がない。品と知性がそうさせるのでしょうか。

 モノクロの写真なので、着物、小物の素晴らしさは良く伝わらないと思いますが、おちゃんが見る限り、かなり高級な絹の着物を着てます。風合いがふんわり、軽く、、質感のしっかり生地です。今時のべたっとした、うすっぺらい気地とはぜんぜん違います。かんざしもかなり大胆なデザイン、色合いのものでしょう。半襟も。幕末、明治の女性は大半が男性に隷属してたと言うイメージですが、この本に出てくる女性は、自分と言うものを持っていた女性が多い。男性優位の時代の中で、どこかで自己実現をした女性たちです。

 おちゃんの婆様の着物(ほとんど戦前の品)を見ますが、品物は今より当然いいし、柄、色使いも今よりずっと大胆です、昔の女性は楚々とした、静かな女性は多い中、このような大胆な柄、派手な色を着こなすのかとびっくりする時があります。たぶん心の中は今の女性より大胆かもしれない、その心を着物、小物で表していたのかも。

 実物を見たことにない方は、分からないと思いますが、戦前の女性の小間物、人形、着物は今の物と違って、デザイン、品質、技術、どれも一級品です。ぜひ古布屋、古道具屋、博物館で見ていただきたい。本当に素晴らしいです。見たい方はエドワード・モース「モースの見た日本」を見てください。明治の日本の素晴らしい日常の製品が載っています。

 しかし、名妓の写真を見て感じるのは、二十歳に成るか成らないうちに、パトロン(富と名声が在ると言うが)が付いて、見受け、囲われ者になるときどんな気持ちがするのでしょうか。それが仕事と言えばそうかもしれないが、理解できません。またいい年こいた男が孫か、娘と同じくらいの女を囲う気も分かりません。名妓の写真を見ると複雑な気がします。

モースコレクションの写真集は、高いものですがおちゃんは大変良い本だと感じてます。本はある程度の量になると処分しますが、モースの写真集は、買ってから20年以上になるけど手元に置いてます。写真集は処分するときはかなり迷い、今は処分したことを後悔してます。今後全集物の写真集は出ない気もします。場所は取るし、読むときもないので、しかし時間旅行が出来る(歴史の)、また時々見る度の新しい発見もあります。モースコレクションの写真集は、浮世絵、文献の中の風俗が事実だったという事が写真という形で現れ、やはり事実、本物だと教えてくれます。この写真集が絶版されることがないように思います。

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福祉の歴史・リストラの歴史を考える

2009・5・24

 「貧民の帝都」をA.、「幕末下級武士のリストラ戦記」をBとする.。幕末の社会状況、日本の福祉の歴史を知りたい人には打ってつけの本。おちゃんが「心の電話」の公開講座で弘大の民法の教授から聞いた話しだと、今は歴史の転換、明治維新、終戦直後に匹敵するという。

 Bを読むときは幕府を会社と考え、倒産、リストラとすれば、主人公山本政恒の生き方は誠に立派であり、現代人は出来るだろうかと考えてしまう。彼は御従という身分の元幕臣。しかし生活を考えると、元幕臣に拘ると仕事はない。新政府で働くことは、難しいだろう、そんな思いを心に秘め、新政府で役人として働き、内職、商店経営、その傍らに自給自足のため農業、家庭にいれば良き父、夫である(明治の父は意外と優しく、子煩悩、福沢諭吉、石光真清、森鴎外、厳しくしかるということはなく諭す、子の自主性を重んじる。また福沢、石光、森、山本の子供の頃の両親も厳しく教育せず諭すタイプである。それが時代に柔軟に対応すると言う思考に結びつくかは分からないが、武士階級でありながら拘ることなく、新政府である程度の成功を収めている)。柔軟な思考、何でもやってみようと言う生きていくエネルギー。

 柔軟な思考に加え、人柄もよろしいらしく、人同士のネットワークも豊富でネットワークをうまく活用して、76歳まで生き、ある時点から自分史を書こうと思い、子孫のために書き、保管されていたものが本になったものである。武士と言う身分に拘らず時代の波に乗ると言う柔軟性、教養、生来の手先の器用さ、好奇心、これが山本政恒の人生を安定、平穏、堅実に送らせた原動力であろう。

 逆に武士と言うことに拘っていれば、安定した人生が送られただろうか。「幕府は大政奉還したので、明日から武士は廃業になります」なんて言われたら怒るだろう。武士の既得権に拘るから、佐賀の乱、マックス西南戦争であり、武士の商法の失敗。結局武士と言うこだわりをさらりと捨てたものが勝ち組、拘ったものが負け組み。

 Bは幕府が瓦解し、幕府軍と官軍が江戸で戦闘が始まるらしいと言うことで、武士階級、裕福な町人が逃げ出し、江戸の人口が半分になり、都市機能が麻痺,乞食、非人、棄民であふれた事から、日本の福祉の萌芽が始まる。各藩の武士、裕福な町民は逃げても、逃げそびれた、いく所のない、武士、町民は、倒産した社長が夜逃げしたようなもので、明日からの糧がなく、零落する。派遣切りにあって、帰るところのない人に通じる気がする。Bに関しては、おちゃんは時代が幕府瓦解ではあるが、現代に似た要素が多く、おおいに共感する。

 江戸時代にも、人足寄場と言う授産施設、自然災害のときのお救い小屋という救済、福祉の原型はあった。しかし幕府瓦解直後しばらくは、あまりの棄民の多さで、次から次施設を作った。空き屋敷になった元藩邸、廃仏毀釈で荒れた寺、用地には苦労しなっかたらしい。資金としては七分金積立を使ったらしいが、本来は民が使うもので公儀と言えども、口が挟めなかったらしい、江戸時代はそれが守られた。幕府瓦解のときも使われたらしいが、明治になると役人が廃止したり、復活したり、口は挟むが金は出さないである。

 著者は泥縄式とこの時代の施作を言うが、おちゃん的には日本の福祉の原型が出来つつあるなと見る。しかし時代が下るにつれて、用地の確保、近隣からの苦情、資金など、現代と似たような問題もでてくる。確かに帝都の恥部と言うことで、棄民の囲い込みのような施作ではあるが、現代のハローワーク、職業訓練の原型と思われるものが出来ている事に注目したい。

 結論、幕府瓦解後いつまでも前職に拘った者は(武士階級)、乱を起こし新政府に歯向かって朽ち果てるか、果ては棄民になるかである。認めたくはないが、現実をしかと見つめいこうと考えたものが勝ったと思う。勝ったという表現はきついかもしれない。時代の波に乗った者、乗ることが出来なかった者。それは果たして自己責任としてかたずけていいのだろうか。最近になってやっと、自己責任ではないという考え方もでてきたが、まだまだ自己責任で片付けられている気がする。国民の最低限度文化的生活が保証されない限り、中途半端な福祉が続く限り、明治も、現代も変化していない気がする。

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インフルエンザ感染爆発

2009・5・21

 何ともはや物騒と言うか、今を代表する題名の本である。しかしこの本が出版されたのは、2005年。2005年時点では、パンデミックは起こるであろうとは考えていたと思うが、こんなに早く来るとは想像してなかっただろう。

 スペイン風邪が世界中に広まって、収束して。そのなぞの解明のための物語です。スペイン風邪つまりインフルエンザのウィルスはどこへ行ったのか、その解明の歴史について書かれた本です。驚いたのはインフルエンザのウィルスはもともと鳥の世界のウィルスだと言うこと。1976年2月にアメリカ、ニュージャー州フォート・ディックス陸軍基地で、インフルエンザで死んだ新兵が、豚インフルエンザ。1918年から1976年までは、豚インフルエンザは豚の間で広まり、人にうつったとしても、非常にまれだと言うこと。1918年のインフルエンザは1919年に消え去ったと考えられ、1976年のフォート・ディックスでの豚インフルエンザの小流行は、豚のインフルエンザがまた変化して、人のインフルエンザに戻ったことを意味するのかと書かれています。しかし1976年はパンデミックは起こらなかった。

 1997年、アラスカで1918年のインフルエンザで亡くなった犠牲者の遺体からサンプルを取り出し、2005年の10月に、1918年のインフルエンザの全遺伝子が解明され合成されたニュースが世界中に流されたところで終わっています。

 ボヘミアンが小学校のとき、教育図書として学校経由で買った本です。まさかそのときはこんな世の中になるとは思わず読んでみましたが。今読むと中々の迫力があります。児童書ですが、インフルエンザに対する知識、歴史など書かれていて、興味深い本です。今も昔も人類は感染症と闘ってきました。しかし、今また人類は感染症と闘わねばならない時期に来ています。今後どのようになるのか、分かりませんが、正しい知識を持たねば、病気に対する偏見を持たないようにすべきです。今の時代そんなことはありえ無いと人はいいますが、果たして人類は進歩したのでしょうか、知識ばかりの頭でっかちになっただけで、人そのものはあまり変化しない気がします。今大事なものは、正しい情報、知識、あわてないこと、それに尽きます。

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この頃思うこと

2009・5・21

  この頃本ばかり読んでる、そして思うことを書く。定額給付金が入金されてもう2週間くらい。おちゃんはちゃんと接骨院へ、おちゃんの奢り、ミスター整骨院曰く「さびしい使い方するな」、いいじゃないのそれで先生少し儲けたでしょ。ボヘミアンはPSPしかし、資金がちと足りないので、足りない分、ボーナスでカバー。バッチャ、豪快。紙おしめ1万円分購入。ちゃん自動車の修理に使う。車の塗装に使うつもりが、突然の故障、クヤシカロー、ハッハハーざまみろ。一番賢い使い方をしたのはバッチャ。しかし高齢者は2万円だから、介護保険を受けて入る人は、介護用品購入に使えたのでよかったと思う。ポータブルトイレは介護保険を使えば、5千円前後で結構いいものが買える。レンタル用品も低額なものなら、数年分である。結構使えますね。しかし定額給付金の書類が来たとき、親族中来た来たと大騒ぎ。どこもその日のうちに手続き、しっかりしてる。

 さて本です。一橋出版からの本は大変読みやすいのでよく買って読みます。法律、福祉、介護の本は読み慣れない方も読みやすいく、字の大きさ、本全体のレイアウトも良く出来てると思います。法律関係は法文が出てくるので、多少読みにくいかもしれませんが、他の出版社に比べて格段に読みやすくできてるので、初心者にはお勧めです。

「ライフステージに見る精神障害」は各年代に出現する精神疾患について、解説したものです。ほとんどの精神疾患について書かれており、大変分かりやすく書かれています。精神疾患のたくさんあり、文庫、新書で読むと何冊か読まないとだめですが、精神疾患の種類、内容を知りたいという初めての方には大変お勧めです。「ライフステージに見る精神障害」を読んでから、興味のある精神疾患の本を読むといっそう理解が進むと感じます。各世代の精神、心理的側面で、書かれているので各世代への理解にも繋がるので、精神心理に興味があるけど、どれ読めばいいのと言う方にはお勧めです。

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弧母社会

2009・5・19

 お勧め本なのか、お勧め本でないのかよく分かりません、と言うのが正直な感想。現在小中学生を育てて入る親は、弧母2世と言う考え方は、なるほど納得。弧母1世の年齢は60代から70代、日本国が高度成長期で、父のお金で、母専業主婦で、十分生活できた時代。しかし地域社会との絆が薄くなりかけ、ガンバレ、ガンバレノ時代、がんばる事が美徳の時代。父仕事、母一人で育児がんばるのが当たり前、まだ母は耐えるということが何ぼか当たり前みたいな時代。

 弧母1世の母から育ったから、当然のように弧母2世も1世の子育てを踏襲すると言う考察は新鮮である。愚痴も言わずもくもくと、弱音は吐かない。日本国高度成長のときは弱音を吐くことは負け組み、吐いてはいけないという暗黙のルールみたいなものがあった。

 現在は「あなたはあなたにままで良い、在るがままを認めよう、我慢しなくて良い、話してごらん」と言うやさしい時代(おちゃん的には認めない。額面どおりに受け取る馬鹿が多い時代、野に猛獣を放つものだと思う、よほど頭の良い理解力のある人でないと使えないメッセージ)。著者も現実離れした理想論を子供に説くと、とんでもないしっぺ返しがあることを憂いてる。子供立場を尊重して、延々と話す親である(子供は聞きたくない)。

 枕が長くなった。子育てで悩む。親自身が弱音を吐けない、相談しない、一人でがんばるもの思ってる。自分を一段高いところに上げてるもんだから(プライドが高い)、今困難な立場に入る自分を認めたくない。女として感じるのだが、女は大なり小なり弧母になる可能性がある。子供が出来る、だんななんてどうでも良い、全面的に可愛い、いつまでも側に起きたい、四六時中心配である。しかし邯鄲の歩みで子供は自立していく、母は孤独になる。コントロールするわけではないが心配のあまり手を出す。

 孤母ノ場合、、子育ての悩みもあるがプライドがあるから相談もしない、母ががんばって育てる。親自身がいい子なのである。いい子は弱音を吐けないという思い込み。おちゃん的に著者のモデルは専業主婦で、学歴が高い、チト現実離れしてる気がする。孤立するには専業主婦だから、いまどきほとんどとも稼ぎ、専業主婦と言うだけで浮いてしまう。専業主婦プラスいい子で入るから孤母になるとおちゃんは考える。

 母と子は一時期、父も入り込むことが出来ないほど密着する時期がある。しかし徐々に隙間が出来、父も入るが間が悪いとギクシャクする。父が孤独と言う時期、父の存在がない時期である。しかしいつかは必ず父出番のときがある。そのときまで待てばいい、それまで母の話を著者のいうとおり聞いてあげればいい。母の役割、父の役割はある。母は父になれないし、その逆もない。

 おちゃん的結論、孤母とは。いい子のがんばりすぎの母。悩んだときは電話相談でも利用できるものは利用しろ。納得いくまで利用しろ。PTA役員やれ。家に子供の友達を呼べ。学担と仲良くなろう。

 おちゃんも孤母の可能性はある。専業主婦なので。ボヘミアンべったりです。チャンは孤独です。しかしボヘミアン曰く、おちゃんはボヘミアンに対して投げっぱなしだそうで。チャンの方が細かいと。適当で、細かくないそうで。しつこくないと。

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モナ・リザは高脂血症だった

2009・5・18

 肖像が、写真から絵の主人公はどのような病気だったか推理する。面白い。大変面白い、頭が疲れたとき、目先の変わった物を読みたい人向け。ミロのビーナスの妊娠線には笑ってしまった。昔からミロのビーナスはどう見てもおばさん体型のような気がしてならない、おちゃん的には著者の見方に賛同する。

 ブィーナスの外反母趾も笑った、まさか後世の医者に病気の診断に使われるとは、画家は想像しなかっただろう。しかし徹底した写実主義のヨーロッパの作品だから、我々としても絵を見たときなるほどと、うなずける。しかし日本画からの解釈だと、本当かなと思うが、そこは昔の文献、日記から判断して、さらに絵からと推理してる。特に戦国武将の章では、ドレも強度の緊張とストレス、塩分の取りすぎ、酒で、高血圧、脳血管疾患で死んでいる。精神的にもかなり病んでるなと感じた。

 藤原道長の糖尿病は、現代にも通じるメタボの塊。実際平安貴族の装束では運動不足になっても、不思議はないなと思う。西行は絶対、精神的に屈折してる、西行のところを読んでみて感じたのは、虐待の連鎖ではないかと感じた。昔は天才、偉人は非の打ち所がないと思っていた。思わされていた。しかし人の子である、誰にでも人生における、不幸は等しくやってくるのだ。

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景気後退貧乏料理11・レモンシャーベット

2009・5・10

新撰組で小豆産レモン、ノーワックスを1個100円で買う。

レモンシャーベット

材料

レモン1個、水300cc~400cc、砂糖(量は決めない、好みの甘さ)

作り方

1 レモンは皮を剥く。実は袋から出し、果汁を絞る。

2 ジッパーつきの袋に1の果汁、砂糖、水を入れる(レモン1個に対しては400ccが限度、これ以上多くするとレモンの香り、酸味が飛んでしまう)。甘さは好みで。

3 ジッパーをして完全に溶けるまで振る。味を見てちょうど良ければ砂糖を少し足して冷凍庫に入れる(凍ると味が薄く感じるので、ちょうど良くても砂糖を足す)。

4 カチンカチンになる前、凍り始めたらもみ冷凍庫に入れる。この作業を3,4回繰り返す。

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夏目漱石を読む

2009・5・10

 頭が疲れたので、本当に久々夏目漱石を読む。森鴎外、永井荷風に比べたら漱石の作品はあまり読んでない。しかし「永日小品」は何度読んでも、作品に味わいがある、好きな作品は「柿」、「火鉢」、「人間」、「山鳥」、「モナリサ」。特に「モナリサ」で、は明治の頃の日本ではどんな絵の状態で「モナリザ」の絵が一般に見られていたのだろうと想像した。主人公は最後に縁起の悪い絵として屑屋に売ってしまう。多分これが漱石の「モナリザ」に対する評価だろう、大体「モナリザ」の絵は不気味である、おちゃんもそう思う。主人公の細君も君が悪いと言う。明治の頃も現代も、いくら名画だと叫んでも、気味の悪い物は気味が悪い。まして古道具屋でホコリだらけで置かれていた、主人公は職場でモナリザ、ダ・ブィンチ、の事を問うても誰も知らぬという、これが明治の世間一般であろう。

 「永日小品」の面白さは漱石をライブ感覚で、楽しめる、ライフスタイルを見てるような気がするのでいい。漱石がそこら辺をうろうろ歩いてる気がする、家人としてはあまり何もせず、子供が泣けばうるさいと言う、この辺が森鴎外との違い、鴎外だったら子供をなだめるかも知れない。永井荷風と子供は想像したくない。

 「山鳥」は物悲しい、小説家を目指す青年のことだが、漱石は物にはならないと感じながら、青年がお金を貸してくださいと言えば貸し、作品を斡旋したり人の良さ、しかし漱石自身にすれば納得してはいないだろう、仕方なくだろう。

 「柿」は喜いちゃんと言う見掛けは可愛いが、ちょっと意地の悪い子である。関西弁で言う、いけずである。喜いちゃんの家庭は自分たちは上流と思ってる、長屋の少年与吉を貧乏人、はなたれ小僧とさげすむ、与吉は喜伊ちゃんのゴムマリを返さない。とうとうゴムマリは返ってこない。意趣返しに喜いちゃんは与吉に柿喰うかいといって、渋柿を食わす。子供とはいつの時代でも残酷である。

 現代人の感覚と100年前の人と感覚の違いを楽しんだり、結構同じジャンと感じたり出来る本である。

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景気後退貧乏料理10・独活の料理・鶏肉料理

2009・5・9

 独活を使う。新鮮組で1束200円、山独活が7,8本入ってた。大体4人分できる

★独活のてんぷら

●材料

独活は、芽の部分、葉の部分

●作り方

1 芽の部分、葉の部分は7,8センチの長さに切る。

2 てんぷら粉を水で溶いて揚げる。

3 醤油、そばつゆ、ソースなど好みの味で食べる。

独特のほろ苦さがあっておいしい。野趣にとんだ味なので、天つゆで上品に食べるとおいしくない気がする。

★サラダ

●材料

独活の茎、アスパラ1束、きゅうり1本

●作り方

1 アスパラを茹でる、きゅうりは拍子切り、独活の茎は皮を剥く、アスパラ、きゅうりの長さにあわせる。6センチくらいの長さ。

2 ゴマドレをかける。少しゴマドレに味噌を入れてもいい。

★鶏肉のキムチのせ

●材料(4人分)

鳥胸肉1かたまり、レタス3,4枚、きゅうり1本、キムチ好みの量、青じそドレッシング

●作り方

1鶏肉は十分茹でる、沸騰したら鳥を入れて茹でるが、5分茹でたら火を止める。後は余熱で十分なのでほったらかして置く。

2野菜は千切り

3鶏肉は薄切り、レタス、きゅうり、鶏肉と分けて皿に盛る。キムチをのせる。

4青じそドレッシングをかけ、混ぜ混ぜして食べる。

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ルポ高齢者医療

2009・5・6

 「ルポ高齢者医療」を読んで驚いたのは、在宅復帰率60%と言う数値である。2008年の診療報酬改定で明示されたこと、介護療養病床全廃である。自分で介護のことを書いていながら、現実に起きている介護の問題が分からなかった。おちゃんとしてはこの本も将来介護というものを自分の家庭の問題として、考えてる人に読んでもらいたい。将来の介護がどのように変化するのか、現在の介護の問題、介護を地域で支えてる姿(こんな地域で介護を受けたいと思うが、現実として少ない)を見てほしいし、将来のあるべき姿としてとらえてもいい。

 介護保険制度は原則在宅である。ここで在宅復帰率60%と言う数値が明示されたことで、ますます施設入所が難しく、いやおうなく在宅を選択せねばならないこと。介護療養病床全廃となればもっと難しい、介護療養病床全廃は厚生省としては、全廃にはせず削減にするらしいが、今後は在宅が今より増加するだろうと思う。

 しかし在宅には限界があること、家庭の事情によっては在宅が出来ない事、本で紹介された地域で介護医療を支えている病院、施設は在宅を視野に入れた活動であり、様態が変化しやすい高齢者に常に対応するべく活動している。施設、病院で生活するよりは家での生活、最後が理想である。具体化しようとすれば、介護、医療は切り離すものではないし、常にチームとしての各分野セクションの連携が必須となる。だが現実は本で紹介されて入るような地域は少ないこと、将来に向かっては紹介されたような病院、施設は増えるだろうが、今は介護保険制度をうまく利用することしか出来ないと考える。利用者、その家族が介護保険制度を勉強すること(メリット、デメリットを含めて、うまく利用すること)。高齢者の心理、痴呆について勉強すること。

 在宅介護をしてる人は、自分の老後を施設を希望する人が多い。介護度が高くなれば在宅では無理、介護者の負担が大きくなるだけ。在宅介護の大変さを知っているから、家族に負担をかけない、施設を選択するのだろう。また家族の形が急激に変化してる今、一律に在宅を推し進めていいのか考えてしまった。今、家族が介護をするという考えが美談でないと言う考えが無くなって来たことはいいことだし、何でも介護者が背負い込むこと自体が間違ってると言う考えも、今後の介護を考える上で重要である。在宅で出来ること、出来ないことをはっきりさせること、出来ない部分をどうやって在宅で可能にするかをやらないことには、在宅を進めることは出来ない。介護する者に対する支援があいまいなものではなく明確なものにならないと、在宅は難しい。特に夜間に関してはどうするのかである。

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新潟少女監禁事件

2009・5・3

 新潟少女監禁事件から9年も経つのか、最近のことのような気がしたのに。しかしこのような人格障害の事件が最近多すぎる。この事件は興味があったのでさっそく買って読んだ。しかし期待ほどではなかった、残念ながら。

 犯人であるS被告の生い立ち、つまり成育史の掘り下げが足りないこと、母親の人物像が薄すぎて、生煮えの感じがする。その割には裁判の公判記録のページが多すぎて読むのにしんどかった。しかし作者の裁判傍聴に対する意気込みがすごくて、そのエネルギーには圧倒されるから、中途半端の内容になったことは非常にもったいない。

 S被告のあまりに自己中心的な反抗、拷問同様のスタンガンを使った暴行には恐怖を感じる、少女が毛布をかんで痛みに耐えた場面では小学生である、大人でもおかしくなるだろうがよく9年間も正常な精神を保てたと驚嘆した。逆にいまだ納得できないのは、9年間少女が監禁されていたことを、母親が気が付かないこと、息子(S被告)の暴力がそれだけ恐怖だった、恐怖と言う神経だけが残って他の神経は麻痺していたのか。しかし9年間と言う長い時間、本当に気が付かなかったのか、疑問が残る。恐怖の親子間の依存関係とおちゃんは見る。公判中もS被告の反省が見られないのは、人格障害かもしれない。だが単に人格障害で終わらせずもう少し、成育史からでも追求できなかったのか。

 強迫神経症というが、もうこうなるとほとんど犯罪者に近い強迫神経症、人格障害の場合治療するにしても本人に自覚がないから治療の継続が望めない。だから治療も出来なかったのだろう。そして母親と息子の恐怖の依存関係が、この事件を長期化させた原因でもある(あくまでもおちゃんの分析)。もちろん、新潟県警の責任もあるが。母親と息子の依存関係から生ずる事件はいろいろあるし、事件でなくても母親と息子の依存関係は問題になる。おちゃんもボヘミアンとの関係を依存にならぬようにしてきたが、急に心配になった。ボヘミアンに言わせると、おちゃんは全く放り投げだそうだ。おちゃんはほどほど構って、ほどほど丸投げと思っていたが。だが、全く丸投げとは。

 このような悲劇を見ると親子とはどのようなものだろうか、どうすればいいとかいろいろ考えてしまった。

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景気後退貧乏料理・9超簡単シャーベット

2009・5・2

★ オレンジシャーベット

●材料

みかんの缶詰  砂糖少々

●作り方

1 ジッパー付きの袋にみかんを入れる、缶詰の汁は少し入れる

2 袋に入れたみかんを潰す。なるべく細かく、もむ感じで。甘味が足りないと感じれば砂糖を足す。

3 冷凍庫に入れる、シャーベット状に凍ったら、潰す。

4 これを何度か繰り返すと(最低4回ほど)シャーベットになる。

みかんは包丁を使わずに出来るが、滑らかにしたければミキサーを使うとか、包丁で細かくするとか、いろいろ試してみてもいい。たいていの果物の缶詰はシャーベットに出来る。

 青果の見切り品コーナーでパインがでた時は、見切り品のパインは甘みがかなりでてるのでシャーベットに使える(包丁で細かくするか、プロセッサーで)。果物の見切り品は食べ頃なのでうまく利用すると、安くおいしい果物を見つけることが出来る。

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景気後退貧乏料理8・魚尽くし

2009・5・2

 ★きんきんの潮汁

北辰できんきんのあら200円で飼う、身は少ないが良い油、旨みが出るのでおいしい

●材料  (4人分)

きんきん(200円で頭5個、入ってた)  長ネギ1本   絹ごし豆腐1丁(3個入1パックの1丁)

●作り方

1 きんきんにぶっかけ塩、長ネギは薄い斜め切り、豆腐は粗いさいの目切り

2 お湯が沸騰したらきんきんを入れあくをすくう、あくはかなり出るので小まめにとる。汁が少ないと感じたら適当にお湯、水を足す。

3 味を付けるが澄まし汁、潮汁の場合塩分は0.8~1%である。(100ccなら塩分1g)

先に醤油を入れる、色を付ける程度、基本は塩、きんきんにかけた塩の分も考慮して、塩

を入れて味を付ける。

4 豆腐をいれて一煮立ち、長ネギを入れて出来上がり

※ほっけ三品

おちゃんの魚の下ごしらえは三枚おろし、出来ない人は魚屋さん、スーパーでも3枚おろしにしてくれるが、出来れば自分でやった方が無駄はない。ジェロ君はほっけが大好きなのでジェロ君に食べてもらうつもりで3枚おろしに挑戦してみるのもいいかな。練習はさばが一番いいだろう。今日のほっけは1尾500円。

★ほっけの煮付け

●材料(4人分)

ほっけ1尾(3枚おろし)、豆腐1丁(大きい豆腐1丁100円くらい)

●作り方

1 ほっけは半身を半分に切利、ぶっかけ塩。

2 鍋に出し、醤油、酒砂糖を入れ、煮えてきたら、豆腐を入れる。(味は甘辛く、しかし濃い味ではない、自信のない人はそばつゆを使って、砂糖で味を調整)

3 豆腐に色が付いたなと思ったら、ほっけをいれ煮込んで味をつける。

★ほっけの付け焼き

●材料(4人分)

ほっけ1尾(三枚おろし)

●作り方

1 ほっけ半身を半分に切る、醤油、酒、砂糖を混ぜたつけ汁につける。味を十分しみこませるために、ペーパータオルをかけるといい。(味付けに自信のない人はそばつゆを。)

2 約2時間ほど漬け込んだほっけを焼くだけ

★ほっけのフライ

●材料(1人分)

ほっけ半身(三枚おろし)、二人なら1尾とか

●作り方

1 ほっけ半身を3つか4つに切る。しお、こしょう。

2 普通のフライと同じように、小麦粉、卵、パン粉をつけて揚げる。油の温度は揚げる前に、パン粉を入れて、鍋に入れた油の高さの半分くらいにパン粉が落ちて、戻った頃がいい温度。

 ほっけは、ジェロ君の言うとおり北海道産が一番おいしいです。白身の魚ですが、油があり、淡白で癖がなくおいしい。ほっけに、はまると鱈はまずい様に感じます。はたはたに近い味。ただ、独特のぬるぬる感があるので、うろこを取るときは十分注意してください。身も崩れやすいので取り扱い注意。味比べは鱈のフライ、ほっけのフライを食べ比べてください。絶対ほっけが旨い。塩焼きも焼きたては最高です。出来れば北海道産で、函館で食べたほっけの塩焼き旨かった。

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