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2009年3月

久々児童書

2009・3・30

 久々ボヘミアンと買い物、ボヘミアンと出かけるときは買い物の量は少ない。今日は親子で本買った。ボヘミアンと読書。帰ると絵本が届いていた。「かえりみち」不思議な、不気味な本、しかしこの絵には惹かれる。江戸川乱歩的オドロオドロした、しかし不思議と懐かしい、子供心の怖いもの見たさの心情が良く表現されてる。

 小学校の3年生くらいまで、「なくてあるごっこ」をして遊んだ。夕方おもちゃを出すと晩御飯まで時間が無いのに片付けられないので、夕方はおもちゃを出すのは禁止。だから外でダンボールを畳にしたり、空想でここが台所、玄関とかにして八甲田山(従姉妹)と遊んでいた。「かえりみち」の女の子には普通の帰り道がハラハラドキドキの世界に変わる。よく分かる、おちゃんも小さいとき敷石をトントン飛び越えるのが好きで、旨く敷石を飛ばないと谷底にまっしぐらと想像したような記憶がある。

 近所に大きな池があって、そこを海に想定したり、普通の石が宝石になったり、何でもかんでも自分の空想の世界のものにしていた気がする。時間設定も学校が終わる夕方近くと言うのが良い、これが朝学校へ行く途中となると、面白くもなんとも無いし、頭変じゃない?となる。学校の放課後、昼下がりから夕方は不思議な時間帯である。記憶を手繰るとどういうわけか面白い、ドキドキの時間帯だった気がする。

 大人になるといつの間にかこんな創造力も無くなる、しかし大人になってもこれでは危ない人になる。しかし創造力がなくなるのは寂しい気もする。アイスキャンデーのスティックが宝物、貝殻が鍋、食器ゴミみたいな物でも宝物だった。小さい頃の創造の世界を思い出すと妄想も理解できなくはない。相手が妄想を話し始めたときは、妄想として聞かないと、聞くほうがゴチャゴチャになって、頭がおかしくなる。だからバッチャの話を聞くときは疲れる、しかし妄想は単なる作り話ではなく、現実のどこかと繋がっている。本人の心情が入ってる、本人の今を理解するためにも聞くことは必要だが、しかし疲れる。

 雲がアイスクリーム、シュークリーム、ゴジラ、羊、ごろんと転がって、想像していた時間はいつも夕日が沈む頃。ジャングルジムが家になったり。

 子供の格好を見るとどう見ても昭和30年代、しかし車、家を見ると昭和40年初期の感じ。不思議な時代設定。

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シップ怒涛の中で読んだ本

2009・3・28

 「ありのままで愛されたかった」は卒業式の朝役員のお母さんから戴いた本、アマゾンでは取り扱ってないのでどうかと感じたが良い本なので。非常に読みやすく共依存ついてかかれたものである。特に興味を引かれたのは、認知症と引きこもりの関係。バッチャを見ても今まで隠れていた部分が面に出てきた、ストレス、性格など、知人のお母さんも子供の頃からのお母さんとは違う人格が出てびっくりしたという。多くの認知症の発症前の人は本来の自分と向き合ってない人が多いらしい(ここら辺の解釈はおちゃんの解釈で、本とは若干違う)。

 作者は日本の社会そのものが共依存社会、共依存の家庭を生みやすいと言う。おちゃんは日本人の好きな美談、自己犠牲は共依存を歓迎しているようにも考える。「本心を言わない文化」の項では我々が何気なく行ってる行動にも鋭いメスが入る。しかし精神風土として日本が持っているので、おちゃんは共依存的なものは否定はしない。理由は共依存的なものが社会で機能してきた、共依存的傾向の人が善き人として好まれたからである。共依存的傾向の人が社会的に評価されてきたことも事実である。この場合、ギャンブル依存症、買い物依存症など具体的なものではなく、何となく雰囲気としての共依存的なものをおちゃんは言う。

 しかし日本の社会、日本人の考え方に変化が生じてきた。だから共依存を好んできた社会そのものに軋みが生じてきたと思う。作者は共依存を敵視しすぎる様に感じる。読み手によっては混乱を来たすのではないかと心配もしたくなる。しかし近年共依存が注目されてきて、どんな物?と言う方は一読することを進める。親はある時期まで子どもを支配し、子どもは親に絶対依存の時期がある、その次の段階をどのように旨く親子で生きていくか、今おちゃんが言えることは親子の関係において依存はある。しかし期間限定、いつまでもダラダラだから良くない。

疾風怒濤の2週間

2009.3.27

 3月3日からバッチャの身体、精神のレベルが下がり、入院退院、在宅一日、また入院、その間にボヘミアンの卒業式、卒業式の前日ちゃんインフルエンザ。おちゃんはあちこち駆け巡り、卒業式に出られない?卒業式の実行委員できない?代理を立てて卒業祝賀会の挨拶してもらおうか?

3/3  骨粗鬆症の痛みでる、自力歩行困難

3/4前の日より機能低下、社会福祉士と連絡取りながら、策を練る

3/9

福祉器具のレンタル、3点追加(トイレ手摺、4点杖、ベッド手摺、捕まり立ち様の手摺)、ポータブルトイレ購入

3/10

市から介護判定員、痴呆の疑いあり、これまで家族は特に気にもせず、問題なし。

3/11

便秘のみ薬、座薬、効かずとうとう浣腸、出るまで2時間、親子でヘトヘト

3/12

通院から入院に代わる、ヘルパーにおんぶされて通院、この1週間自力歩行せずはって歩く、体力限界。廃様症候群状態、この一週間で身体機能精神レベル下がった。一週間でほぼ全介助状態

3/13

卒業式、入学式のため、入院少し延ばしてほしいと要望、快諾を得る、3月20日のヘルパーはキャンセル。睡眠剤は投与しないという。所見では自力歩行可能。

3/14

妄想、幻覚、幻聴が入る、おかしい。看護士に何かあったら連絡してほしいと言う。顔の痙攣、手の震え、昨日より多くなる。午後幻覚激しいので病室変更の連絡。(今まで抑えていた妄想出現した、無くなっていたと思っていたら、封印してただけ)。夜また病院から電話、安定剤を注射しても効かず、身体拘束をした、興奮してる、なだめてほしい。ちゃんと行く。拘束される理由に納得せず怒っていた。落ち着かせるために看護士し謝って、バッチャなだめて寝てもらう。夜間の看護体制の人不足は聞いていたが、あまりの少なさに驚く。身体拘束やむなし、きれい事ではない、現実は現実、同意書に署名、入院案内にもやむ終えない場合は身体拘束もありとあった。自力歩行したと言う、転倒されると困るので拘束したという。

3月15日

 昨日と打って変わって元気、昨日の夜の記憶なし、テンション高いと記憶が飛ぶらしい。自分で入院したくせに、看護士が乱暴と言う。ここは施設じゃない、看護でいっぱい細かいとこまで見てられない、看護士の不足感じる。それより痴呆が感染してもっとひどくなると言う不安感じる。

3月16日

身体拘束をしなければならない患者はこれ以上置けない、身体面より今は精神面の治療が優先、3月20日まで待ってくれないか、ダメと言われる。夜間せん妄が出た時点でリスを使ったらしい。睡眠薬使わないですよねと聞いたらリスを使ったと言う。精神科の受診を勧めるがこれほど難しいものは無い。どうすればいいか聞いた、退院したら家に帰らずすぐ精神科に行く、家に帰れば困難になるから。なるほど。入院する方向で紹介状書くと言う。長くいても痴呆が進む可能性もある、身体の機能も下がっている、長くいても良い事はないと昨日から感じてる。その足で精神科のある病院に予約を社会福祉士から入れてもらう。最悪の場合を想定する。社会福祉士も入院を視野に入れて進める。ちゃん病院による、バッチャ退院を喜んでると言う、しかし退院の理由話す、騙してる様で心苦しい。かわいそうな気もするが、大概かわいそうだからで、介護地獄にはまる、現実は奇麗事ではいかない。

3月17日

自分で入院を希望したのに不満を言う、分かるが看護士が不足してるので細かく見てくれない。仕方ない。このに当たりも妄想で看護士に悪口言われたとか、あれされた、これされたと話していた。自分はベッドにいるのに場所は廊下とか完全に妄想。しかし妄想は作り話ではない、どこかで真実がある、必ず繋がる部分はある、慎重に聞く、いつまでもおいて置けないと感じる。妄想を馬鹿にしてはいけない、取り込まれないよう十分注意は要する。

3月18日

身体精神面最悪、八甲田山(従姉妹)と一緒に車に乗せ精神科のある病院へ。帰りたがる悪い気がする、ここで負けたら共倒れ。だんだん精神面がひどくなる、車椅子もしんどいらしい。診察、医者曰く、精神薬の大量投与、精神科の医者じゃないから量分からないんだよ。アルツハイマー、在宅で大丈夫。在宅?事情を言って入院を頼む。明日だったら良い。カウンセリング研究会に会員で同じような経験のある人から、だめ元で頼めばなんとかなると聞いたから、助かった。夕方には薬が抜けるから、後は大丈夫。夜は大丈夫でしょうか?大丈夫だと言う。薬が抜けてきたせいか、身体、精神のレベルが上がってきた、家に帰ると自力歩行できる、頭もさえてきたが幻覚が出てきた、しかし困るほどではない。薬のせいだと話すと納得。記憶は飛ぶが心配したほどではない。夜は一緒にいたほうがいいか迷う。ボヘミアンは一人で寝てもらう。ボヘミアンは真実納得できないらしい。一緒にいるというが夜間せん妄は見せたくない。バッチャを説得するという。そしたらチャン、インフルになった、仕事途中で抜け病院に行ったらインフルと分かった。夜間せん妄らしい、手が震えてきた、顔つきが変わった。ボヘミアン説得、悪いのは薬のせい、安心しろとか。多少の心配はあったが大丈夫な気がした、ベッドで寝るように行って一人にした。

3月19日

 昨日と同じ格好でパジャマ着ないままでお漏らし。夜中から自力歩行できなくなったらしい。すぐ下だけでも交換、しかし疲れてるせいか立とうとしても立てない、何回かチャレンジしかし疲れるばかりですぐ座ってしまう。体位交換しようとしても体が思う様に動かない。30分以上かけてどうにか交換。その間も疲れてるせいか寝込んでしまう。もう在宅は出来ないと感じた。ボヘミアンは全部一人で朝ごはん食べて全部一人やって学校へ。八甲田山と病院へ行くつもりが今の身体状態では無理と判断福祉車両を頼むが、明日は祭日なのでどこも予約でいっぱい。社会福祉士へ電話、女二人なら運べますという。どうにか運んで病院。バッチャ施設は行きたくないと言う。介護福祉士が退院後どうすると聞くから、入所希望、施設が見つからない間は在宅でもいいが、やはり入所希望。医者も精神は何とかなるが身体は何とも言えないと言う。リハもするが気休め程度。

3月20日

卒業式、ちゃんインフルのため欠席。実行委員として親として出られる。泣かないつもりが少しないた。自分のときは泣かないが、親になるとここまで大きくなったと感じて自然に泣ける。途中でカメラの調子がおかしくなった。バッテリー切れ早速写真館へ直行電池交換。結局最後までバタバタ、ボヘミアンの写真役員のお母さんに写してもらう。ビデオもお願いした。

 バッチャは入院だが集団生活を嫌って施設を嫌っていたが、案外いいらしく施設と大差は無いので、施設は行くかもしれない。人生最後の場所としては快適という。思い切ってやってみるもんだ。しかし在宅一日が今は良かったと思う。在宅の限界を知った、バッチャも在宅はダメだと感じたみたいだ。下着の交換のときもう限界とおちゃんはバッチャに言った。何よりの力は、社会福祉士に細かく変化する様態を伝え、社会福祉士はよく相談に乗ってくれ積極的に介入してくれたこと、介護の経験者の話、元ヘルパーの友人の意見(老人の精神面、心理面について間近で見るものとして)、役員のお母さんたちの理解。入院するまではほとんど出ないから電話掛け捲り、しかし自分でも良く潰れなかったと思う。ヘルパー2級をとっておいて良かった。

突然きました、介護の日々

2009.3.11

 ブログを始めて、初めて長期間更新しない日々でした。突然来るものです介護の日々は。、しかし老化なんて少しづつ進んでる、家族が気が付かないだけかもしれない。ボヘミアンのベストはもう編んだ。ひとまず安心。しかしおちゃんのブラウスはバッチャの介護地獄スタートで宙ぶらりん、PTAの役員もお陰でペースダウン、方々に迷惑かけてる。

 友達の言うとおり、昨日出来てた事も老人は次の日出来なくなる。しかし骨粗鬆症は怖い、バッチャは一日中ゴロゴロ。車を運転してたから車に依存、歩くことも無く太って、足が悪くなって、年をとって気が付いたら骨粗しょう症。もうデッドライン今度腰の骨が潰れたら寝たきり。なのでほぼ全介助の状態。

 介護の始まりを介護地獄の始まりと考えるか、とうとう来たかと思うか、人それぞれ。認知症は整骨院の先生の話だと、ある日突然「こんにちは」と来るらしい。ケアマネの話だといつもとちょっと変だなと感じたときが兆候らしい。今の介護認定は精神つまり認知症の方を重く見るので、身体は症状が重くてもあまり介護認定度は上がらないらしい。だから不満も多い。しかし介護認定をもう一度やり直しても結果は同じらしい(ケアマネの話)。結局は症状に変化があったときに、区分申請をして変更するしかない。後は更新時ごとの介護認定調査。

 ●介護される側、介護する側も、がんばりすぎない、我慢しない、ほどほど。

 ●相談する相手を多く持つ、ケアマネ、ヘルパー、介護経験者、看護士、友人

 ●気付いた情報は担当者に伝える、わからなうこと、判断の付かないことは聞く。

 ●隠さない、伝えておけば回りも理解をしてくれて、いろいろ協力してくれる。

 ●介護保険についてちょっとでも勉強する、うまく介護保険を利用する

 ●介護に対してケチを付けそうな人、批判的な人には教えるな、近寄るな、無視しろ、百害あって一利なし、介護地獄の原因になる。

 ●老人の気分はころころ変わる、変わるものと思え、でないと腹が立つ、答えは二つ想定する、イエスとノー。

 ●バッチャの骨粗しょう症でもそうだが症状が悪化したとき、精神的に不安定になる、物忘れ、理解力が低下したり。しかし一時的なものか、それとも症状として出てきたのか冷静に見ることが大事。

進行は急速に進むこともある(バッチャの場合がそうだ)、深刻に考えることも大事だが、方法はいろいろある。その時々で考えてもいい。逆に考えすぎは禁物。老人にとっては日々の生活はリハビリ、機能低下は黙っていてもやってくる、ありがた迷惑だが。現状維持を心がける、機能低下を遅らせよう。

 老人の食事は量よりも質と考える。水分は非常に大事、おしっこを垂らしても、お漏らししても、これを理由に水分を摂取することを嫌う老人もいる(ちゃんのバッチャ)。しかし間違い、たらしても、お漏らししても水分を摂取、脱水症、便秘の原因になる。食事については改めて書く。

 この話はチャンの同僚の人からのアドバイスだが、入所させ死んだ時後悔するような事が無いように、一番いいのが本人から行くと言うこと、しかし行くと言っていざ本番になると行かないと言ったりする(友人のだんなの父親、現実にこんな事は非常に多いので肝に銘じること)。やはり段階を踏んでいくのが一番いいのかなとも考える。

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