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2009年2月

日本映画「おくりびと」で考えた

2009・2・24

 日本映画「おくりびと」アカデミー賞受賞、過去の作品でも名作、外国での評価の高い作品、受賞作品は日本人の日常を丁寧に描いた、特にこれと言ったドラマチックな所は無いが、家族を描いた作品が多い。「東京物語」、「秋刀魚の味」、「おはようさん」、「細雪」、「Always夕日丘の三丁目」、「お葬式」等。特に「東京物語」は普遍性のある作品だと思う。(原節子の出来すぎた嫁はうざい、もともと嫌いだし。逆に娘役の杉村春子の自分勝手な振る舞いに共感する、「おはようさん」でも杉村春子の演ずる母親はどこにでも居る感じ、後年の大女優も昔は普通のおばさん役をやっていたのにはびっくりした、大女優杉村春子しか知らなかった)。

 「寅さん」シリーズにしても、家族を描いた作品が名作に多い、観客の共感を得る。家族は集団としての最小の単位であり、特に問題が起こらない限り大概が似たような家族の歴史をたどる。爆弾で壊しても血族がある限り、家族は延々と続く、壊せない、不思議な集合体。改めてみれば成るほどと思うが、誰もそこまで考えない、家族というドラマを当たり前に毎日演じてる。(これが家族の日常かな?)。それが映画になったり、ドラマになると、普通の内容だけど、普通じゃない(日常を見てしまう)悪く言えばのぞき?の感覚で楽しみ、共感、家と似てる、ちょっと違うなんて、アクション、コメディー、スリラーの作品と違う感覚で見てしまう。

 しかし乃木希典は自分で、自分の家族をぶっ壊したもんな。息子二人を日露戦争で無くし、弟もいるが養子に出して、自分の代で家族を壊したんだから。自然に家族が絶えてしまうことは聞くが、意識して壊したのは乃木くらいだろう。やっぱり変わってる。

 モックンはインタビューで40歳になったとき、人生の半分を過ぎると死を身近に感じるみたいなこといってたけど、おちゃんも40歳のころ人生の半分かと思った。やはり死を身近に感じ、単に怖いとか、考えないと言う気持ちが薄れてきた。現実にいつか来るなと思う。先が見えてきた、不安も少し無くなった。やはり先が見えたと言う一つの安心感かな。

 若い人が自殺するのは先が見えない不安が多い、どうすればいいかわからない不安。おちゃんも言い知れぬ不安を持ったことがある、先には確実に死があるがそこまでどうすれば良いかと言う不安である。取りあえずする事があれば碌な事考えなくてすむ。しかし何もする事が無いと、碌でもない事を考える。最も何も無いと言うの自分の勝手な判断で、よく見れば人になんと言われましょうが、そこを知らぬ顔の半兵衛を決め込んで、それなりにやるもの転がってると思うんだけど。女に生まれてよかった、やることいっぱい。男ないねー、かわいそう。

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カウンセリング受ける

2009・2・22

 2のれんちゃんで縁起がいい?昨日、久々にカウンセリングを受ける。いつもの事だが慣れるものではない。これを言った方が良いか、言わない方が良いか、止めようかな、それほどの事でもないし、なんていろいろ頭の中を駆け巡る。もう5回はカウンセリングを受けている。教育、人間関係、求職活動等。

 カウンセリング見たいな物とあえて言うが(相談と言うものも含めて)、カウンセラーを含めて理解してもらえないと嘆くのは本人の力量不足、クライアントを理解出来ないなら分かるが、カウンセラー本人が理解してもらえないと言うのは一段高いところから話してるからで、クライアントとの距離がよく取れていない、理解させようとか、指導、助言しようとか思ってるから。カウンセラーではなく、コンサルタントになってるから。と思う。

 自分の中に別な自分がいて、嫌いな自分、好きな自分がいることを分かるまで何年もかかった、ちょっと危ない人と思われるが(しかし冷静な目で自分を見ると言う観点から言えば大事なこと)、それが分かってから自分と言うものを、もう一度見て迷ったり、悩んだりする自分を見て、さほど深刻になることもない、思ったほどひどい状況でもない、感情的になって見ていた相手を冷静に見ることで、逆に理解できるときがある。いろいろな思いが心の中で巡り、考えが整理出来たり、新しい理解、物の見方、発見がある。しかしこの状態は悩みがさほど深くないときに起こると思う。何度も相談しようか、しまいかと悩んでるうちに、問題そのものが深刻になり、こんがらかった糸になり、解決するのに時間がかかり、専門の領域に入る場合が多いと感じる。

 たとえば極一般的な回答として。初期の段階で子供が学校を休みたいと言う(体の調子が良いけど)、休ませたほうが良い(無理にとは言わない、休ませられる環境にあれば、休ませたほうが良い)。親にだけそのようにアドバイスする。長い目で見たとき登校拒否、不登校になり難い、はじめは欠席が多いと思うが、最終的には心配したほど多く欠席はない。逆に欠席させたくない、休み癖を付けたくないと思って、無理に行かせると本当の不登校、登校拒否になったとき、相談だけではなくそれなりの専門領域が必要になる場合もある。ここまで至る間に親自身もこれでいいのだろうかと悩む、どうしようと思う、相談しようか悩む、時間がかかった分内容は深刻になる場合もある。

 初期の段階であれば親だけが考え方、子供の見方を変えれば良い、変えてみることで解決できるが、深刻になれば親子で問題解決に取り組む必要性が出てくる。早い話、相談できる機関があれば早めにうまく利用すること、カウンセラーと合わないと思えば変えるとか、別な似たような相談に乗ってくれ所を捜す。カウンセリングだって人対人、合う人、合わない人もある。合わない人と無理にカウンセリングする必要もない。クライアントはそこまで考える必要はない、考えるのはカウンセラー。

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海苔弁月光仮面を歌う・ボヘミアンますます昭和にはまる

2009.2.21

 ボヘミアンとうとう海苔弁と「月光仮面」について語る時を得た。海苔弁が歩いてるとき、そばに行って「月光仮面、月光仮面」と言ったらしい。「月光仮面知ってるの?」から、多いに盛り上がり、月光仮面の映画、漫画を見たと海苔弁が話し、「月光仮面」の歌も歌ったと言う。

 ついでに「怪傑ハリマ王」でも大いに盛り上がったらしい。「ハリマ王」で盛り上がるのは、学校でも海苔弁と技能主事くらいだ、他の先生は分からないだろう。当然ボヘミアン以外の子供は「何、それ?」だったらしい。しかし「仮面ライダー1号、2号」に関してボヘミアンは知識はかなり自信があったが、ライバルが現れたらしい。しかし子供のヒーローは昭和が一番という者が現れ、同志を得たらしく、ボヘミアンはそいつとかなり語ったらしい。

 ただ今ボヘミアンのねんねのときの読み聞かせの本は「月光仮面」、よほどおちゃんが眠いと言わない限り、毎晩読まされる。文章は「読者はもう知ってるだろう」と言う読者アプローチ、作者感情移入という独特の文体。ぐんぐん引き込まれるが内容はあまり面白いとは思わない。どくろ仮面と月光仮面の戦い、独特の文章に引き込まれて一気に読んだが、月光仮面が現れるとき、必ず歌を歌いながら、空を飛ぶ様に走るとか、荒唐無稽で思わず笑ってしまうが、その荒唐無稽さがいい。どこが正義で、赦しましょうか分からない。徹底してどくろ仮面と戦う、それでどこで赦しましょうなのだろうか。徹底し戦うなら赦しましょうはいらないと思うけど。

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祝1周年

2009・2・17

 ちょうど1年がたった。予想も付かない経済状態である。誰が予想しただろうか、予想した人もあるだろう。しかし派遣切りが次々、労働関係の本を読んで10年くらいたつ、この国の労働環境に警告を鳴らす声はいくらでもあった、しかし好況という事で政府も本腰を上げなかった、しかしどうだろう。警告が現実の物になり、ものすごいスピードで景気が後退している。派遣及び非正規労働が存在する以上、この仕事を選択しても生活していけるモデルは作る必要がある。しかし全体に見ると労働法は昔に比べれば法制度は一応整った。育児介護休業、個別労働紛争解決促進法、雇用保険法、しかし運用面ではいまいち、結局企業家の考え方が変わらない限り、法律面で整備しても駄目なのだ。法律の整備と現実が追いついていないのが現実。しかし少しづつではあるが労働関係の法律遵守は進んできたと感じる。困った事に景気が後退している、仕事のためなら何でもする、限界を超えて仕事をする、仕事をくれてやってるから文句を言うな、またぞろ違法行為、脱法行為がまかり通る。おちゃんが心配するのは、人には限界が合って、限界を超えたとき家庭崩壊、自己崩壊が始まるから。生活は止まってくれない、しかし生活のためと言いながらもいずれ肉体的、精神的限界が来ること。そうなった時、ふと立ち止まって生活していける社会になればと思う。

 そうならない為には、知識のフル装備しかない、少なくともこの社会のシステム、最低限の自分に必要とする知識があるとないとでは違う。つまり読書である。おちゃんは自分が必要として、労働、心理、栄養、調理、歴史の本を読む。最も心理と歴史は道楽。絵本も道楽。それとなるべく多くの人と接する事、一人でもいいから分かってくれる人があればと言うが、その人が居なくなったらどうする?たった一人の人からいろんな話、意見が聞けますか?無理する必要はないが、友人知人は多い方がいい、福沢諭吉ではないが、「去るものは追わず、来るものは拒まず」で、自然体で、無理せず話せる人は必要だと感じる。

 「SAPIO」を読んで悲しくなった、あまりにも派遣に対して厳しい意見が載っていた。ブログも派遣は自己責任という意見が多い、果たしてそうだろうか。仕事の極端に少ない青森県に居ると、仕事は選んでることが出来ない、生活が止まってくれない以上、採用になった仕事はしなければいけない。先を考えろというが(大概は考えているだろう、考えない人は居ないはず)、生きていく以上仕事をせねばならない。しかし自己実現を考えて、仕事を選びながら働ける人はどれだけ居るだろう。自分のスキルアップを目指し、ライフステージを考えて生きる、素晴らしい。しかしそれはかなりの精神的な余裕、確固たる自己の持ち主でなければ難しい。そして適応力。「SAPIO」あまりにも勝ち組の意見が強すぎて、いやになった。

 しかし逆の見方をすると、勝ち組の意見が否定されつつあると見る、声高に勝ち組で意見を言い続けた人は自分の意見を否定したくはないだろう(プライドが許さない)。負け犬の遠吠えならぬ勝ち組の遠吠えかも。

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批判

2009・2・12

 先週から司馬遼太郎の本が読みたくなった。「殉死」を読む短編なので楽に書けると思った。おちゃんは司馬遼太郎の小説は読んだことがない。アメリカ素描 (新潮文庫) 、「街道を行く」、ロシアについて―北方の原形 (文春文庫) など随筆がほとんど。今回始めて「殉死」は司馬作品の中でも暗く重い作品と言う評価であることを知った。乃木の殉死を扱ったものだが、司馬遼太郎は乃木は無能だと評価し、司馬遼太郎自身批判されてること(司馬遼太郎の歴史観も批判されている)、乃木は乃木で有能か無能かで批判されてること、乃木を尊敬した森鴎外はどうだろうと調べてみると、森鴎外も脚気の原因を最後まで細菌説に固執したことが批判されている。

 早い話が批判だらけで、どこをどう繋いでいいか分からなくなった。しかし今の段階では乃木は軍人になったときから不幸が始まったと感じる。軍人には向かない性格だし、「殉死」を読んでみてあまりの自殺願望の強さにびっくりした。メンタル的にほとんど病気である。良くこんな人を休職させながらも使ったものだとあきれる。また乃木自身も自分と言うものを受け入れていないのか、また戦争に行く。乃木に手を焼くなら使うなよと言いたくなるが、それを知ってて使う、使う方も使うほう、使われるほうも使われるほうである。しかし「殉死」は暗いと言うが、おちゃんは笑ってしまった。乃木のあまりにも常軌を逸した行動がおかしいから。寝るまで軍服、戦時でなくとも戦時と想定して暮らす。乃木式と言われライフスタイルらしい。最終的に黙殺されたというが当たり前だろう。森鴎外も家に帰ると軍服で執筆してると、永井荷風が何かに書いていた(永井荷風は森鴎外を尊敬していた)。

 明治天皇の前で戦闘経過の復命書を読むときも、自分で書いて自分で読んで、感動して泣く、お前馬鹿って、突っ込みいれたくなる。元来の性格が、感受性が高く、過敏に反応するらしい。おちゃんは子供のとき「乃木将軍」と言う絵本を読んだことがある(当然戦前の版である)、乃木少年はお墓での肝試しで、こんにゃくが顔に当たりびっくりした絵が描いてある記憶がある。後は乃木将軍になって、戦の後(多分旅順の要塞)を見ている絵の記憶がある(気の弱い少年が軍神になった、刻苦勉励、粉骨砕身を勧めたいのか?)。子供心に暗いなと感じた。

 乃木自身は陽明学を学び(と言うより学ぶべき環境にあった、学ばされたと言う方が正しいかも知れないが非常に影響を受けた)。陽明学を学んだ人は劇的な最期を遂げる人がある、これも体質があるらしいと司馬遼太郎は言う。すべてが劇的に生涯を終えるわけではない。西郷隆盛、河井継之介、山田方谷、乃木と同時代の人で。「殉死」から抜粋すると「おのれが是と感じ真実と信じたことこそ絶対真理であり、それをそのようにおのれが知った以上、精神に火を転じねばならず、行動をおこさねばならず、行動をおこすことによって思想は完結するのである。行動が思想の属性か思想が行動の属性かはべつとして行動をともなわぬ思想を極度に卑しめるものであった」、簡単に言うと自分が正しいと感じれば正しく、その思うように行動する、結果は考えない、考えることは嫌らしい、自分で絶対真理と思うから端の事は考えない、行動自体が美なのである。個人ならまだ許せるが、こんな思想の持ち主をリーダーに戴くのは迷惑千万である。おちゃんが思うに、司馬遼太郎の言う体質とは共依存症とみる。

 人に尽くすことに喜びを感じる、それも自分の勝手な思い込みで、尽くされる方は苦痛に感じる(自分の生き方を他人に重ねてしまう、極端な場合はコントロールしてしまう)。相手が苦痛と感じてるのは分からない。相手に拒否されたと感じれば、自分は理解されないとか、必要とされてないとか思い、落ち込んだり怒ったりする。その時は丸投げをしてしまう。原因としては幼少期に家庭に問題がある。乃木が旅順で自殺行為のような行動をとるのは、児玉源太郎に叱責されてから、共依存症の人は必要とされないと感じるととんでもない行動に出る。乃木は必要とされないと感じていたように思う。心理分析はここまで。

 石光真清「望郷の歌」の最後に「乃木将軍夫婦自刃の報が伝わったのはその翌日である。「息子さんを二人とも喪われたからのう」母はそういって合掌した。新聞に配所が発表され、多くの名詞たちの談話が掲載されて、天皇への殉死が讃えられていたが、私は母の言葉が心に浸みて忘れられない」とある。子をもつ親の身上として理解した、乃木は先の事はどうでも良い、子供を失い虚脱状態、疲れたのかもしれない。後世の人はいろいろ言うが本人でなければ分からない。

 乃木の殉死後、森鴎外は触発されて「興津弥五右衛門の遺書」を五日で脱稿、しかし松本清張は違うと突っ込んでいる(詳しくは両像・森鴎外 (文春文庫) 」)。松本成長自身の歴史観もまた独特であり、批判されてもいる。しかし小説家であるから、司馬遼太郎、松本清張、小説家固有の歴史観はあってもいい。批判するほうがおかしくないか。しかし本当に突っ込みいれて読んだ。罰当たりもいいとこである、しかし現代人に感覚ってこんなものだと思う。人間死んだら終わり、自分から死ぬことないって

 

 

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景気後退貧乏料理7・イカ同文

2009・2・12

 今日はイカを使う。イカ2はいを使って4人分で2品。

★イカの大根煮

●材料

イカの胴2つ(耳はつけたまま)、大根1/3本

●作り方

①イカは耳が付いたまま1.5センチ幅に切る。大根は大きめの拍子切り。

②イカ、大根を鍋に入れ材料が被る程度に水を入れる。イカは最初から煮ると柔らかくなる、イカは中途半端に煮ると硬いので、必ず最初から。

③大根が柔らかくなったら、そばつゆを入れ好みの味にし、紙蓋をして味がしみこむまで煮る。

★イカメンチ

●材料

イカのげそ(足の部分2はい分を使う)、玉ねぎ小1個、てんぷら粉、卵1個

●作り方

①げそは細かく切ってその後たたいて少しグニャグニャにする。玉ねぎは細かいみじん切り

②①をボールに入れ卵を入れて混ぜる、塩少々、てんぷら粉を入れる。てんぷら粉を入れる時、混ぜながら状態を見る。ポテッとなったらよい。

③油で揚げる。(揚げる前に衣を入れ、衣がスーッと浮かんだときが適温、調子実習で覚えた、いつも揚げ物を作るときの目安にしてる)、量は鍋の表面積の1/3まで、多く入れると油の温度が一気に下がり、かりっと出来ない。かりっと上げるためにも小麦粉よりてんぷら粉を勧める。

④そばつゆを薄めた天つゆに大根おろしでいただく。

●値段

いか2はいで300円(げそだけ売ってる時もある)、大根1本130円

栄養士あたりは献立を立てるとき、1食に同じ材料を2つ使わない、必ず違う材料を使う。おちゃんは掟破りである。

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景気後退貧乏料理6・酢豚改め酢鳥

2009・2・8

 超簡単に作る酢豚いや酢鳥で何人分と言うより5人は絶対食える

★材料

冷凍の竜田揚げの特用袋(なければ鳥のから揚げ)、ワールドアイ(イオンで取り扱ってる)、cgc(青森県ではいとく、ユニバースで取り扱ってる)、味の素の特用がおいしいと思う。

玉ねぎ中1個、ピーマンまたはパプリカ(見切り品だと安く出来る)3個、、寿司酢、醤油、サラダ油、基本の材料だがあれば干ししいたけ、たけのこの水煮

★作り方

①冷凍竜田揚げは電子レンジで解凍

②フライパンを熱しサラダ油をいれ、玉ねぎ、ピーマンを炒め①を入れ、寿司酢と醤油をあわせて好みの味にした調味液(味加減は水で調整)を入れ、片栗粉でとろみをつける。

おちゃんはあまりいろいろなドレッシング、料理に合わせた調味料は使わない。すき焼き用とかシャブシャブ用とか、他に中華料理別の調味料。しかし料理の時間の節約をするためにそばつゆの素、寿司酢は使う。この二つを用意するだけで料理はかなりカバーできるし、思った以上に便利である。

 野菜果物の見切り商品を利用したことがあるだろうか。大根、ジャガイモ、人参、キャベツ、白菜などは見切りと言えども侮るでない、結構いいものに当たることがある。しかし葉物は良く見るように、いい物が出るときが少ない。しかし見切り品を旨く使うことをお勧めする。果物もバナナ、メロン、かんきつ類は結構味が乗っておいしいときがある。果物は熟しておいしいときは、売れない状態のときが多い。しかし廃棄にするほどではないので見切りで出すこともある。思わぬ拾い物をすることもある。

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景気後退貧乏料理5・超インチキビーフストロガノフナポリ風

2009.2.8

 おちゃんはビーフストガノフを食べたことがない、城戸崎愛先生の料理の本を見ただけで材料が高級過ぎて、作り方も面倒なので作ったこともない。しかしインチキ料理に関しては自信がある。本来は牛肉、デミグラスソース、生クリームを使う。ナポリ風といったのはナスを使うからでなければなくてもいい。

★材料(4人分)

レトルトのハンバーグ2個、トマトの水煮2缶(特売で十分)、玉ねぎ中1個、ナス1個、トマトケチャップ少々、牛乳少々

★作り方

①ハンバーグは暖めて、1センチくらいのさいの目切り、ナスも同様にさいの目切り、玉ねぎは粗めのみじん切り

②鍋にハンバーグを入れ水はヒタヒタ、約100cc位。煮立ってきたらなす、玉ねぎを入れる。火は中火より弱くしてくたくた煮て、柔らかくなったらトマトの水煮を入れる。野菜、トマトの水煮からも水分が出るので、鍋に入れる水は入れすぎないこと。

③トマトケチャップで好みの味にする、しかし入れすぎないこと、田舎臭い味になる。あくまでもトマトの水煮の味を尊重して、トマトケチャップは付け足しと理解してほしい。

④皿に盛り、牛乳を少しかける。(生クリームの代わり)量は好みしかしジャブジャブかけないこと。

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タイムスリップした頭で司馬遼太郎を考える

2009・2・4

 頭タイムスリップしてから三日、昭和45年の紅白のテープを聴いてたらフォーリーブスが出ていた青山孝が歌ってる、澄んだ透明感のある声。この年コンサートで弘前に来たとき見に行った、コーちゃんがダンスが旨いのは記憶にある、友達が一番前で黄色い声出してたその方にびっくり、その友達も孫3人もいる。中学3年のときである。コンサートの後追っかけした友達もいてだれだれが行ったとか後から噂が出たり。

 ニュースでター坊が死んだと聞いたときはびっくりした。普段はテレビは見ないが今日は久々にワイドショーを見た。トシ坊、ター坊、コーちゃん3人とも老けたな、秀樹も五郎もひろみも。おちゃんも年取ったんだよなーって。昭和48年の紅白のテープを聴いてたら、特別ゲストの藤山一郎にひろみが花束渡してた、今の声からは想像付かない鼻にかかった甲高い声だ、そのとき確か紫の地のサイケ柄のブラウス着てた気がする。しかしフォーリーブスすごく人気あったもんな、「セブンティーン」には毎週何だかんだで載ってたな。

 森田公一の「青春時代」じゃないけど後からシミジミ思うものだよな。なんて柄にもなくセンチになってます。青春時代はいい思い出をたくさん作るときだと思う、その代わり親とは一戦交える時期でもある。ボヘミアンもそうなって来てますが。いい思いでたくさん作ってほしいと親として思う。

 司馬遼太郎が死んだとき少なからず衝撃を受けた、少なくとも最近の作家でおちゃん的に司馬遼太郎ほど日本の将来を憂いた作家はあるだろうかと、司馬遼太郎が死んだときもうこの国の形を考える作家はいなくなったと感じた記憶がある。「北のまほろば」を読むとおちゃんの個人的な記憶に繋がる。今東光今日出海の両親が弘前出身と書いてある、その話高校の時の担任から聞いた、担任曰く、両親は弘前のロミオとジュリエットと話してたな(担任の言ってた事はうそではないし、おちゃんの記憶も正しい)。石坂洋二郎は津軽人の類型から違う印象があると、司馬遼太郎は書いてるがそう思う。「津軽人」という表現も関西人らしくていい。婆様も事あるごとに「津軽人」と言う言葉を使っていた。

 もっと石坂洋二郎が評価されてもいい。津軽は暗い?なんてイメージがあるけど、石坂の文学の明るさ、さわやかさ、カラッとした小説良いんじゃないのでしょうか。青森県の古代から近世にかけて、司馬遼太郎節で書かれた郷土史、読んだ人もあると思うが郷土史を流し読みするにはお勧め。司馬遼太郎はよほど明治の人が好きなのだろう(特に軍人)、出てくる軍人の名は石光真清の本の中に出てくる人と重なる。おちゃんが知らない近世に出た郷土著名人が出てくる。しかし津軽人は郷土の出身の著名人を良く評価しない風土だろうか、司馬遼太郎はその点も指摘してる、「どうも屈折の多すぎる土地」と。

 司馬遼太郎は陸羯南を高く評価してるが、その研究者が故郷にいないことを嘆いている(1995年の時点で)、陸羯南は森鴎外の「渋江忠斎伝」にも出てくる。当然NHKの「坂の上の雲」にも出てくる。笹森儀助と同じ在府町の人である。と、おちゃんの頭の中では巡る。青森県はいつも下のランクだが、結構偉人出てます、がんばりましょう。

 ところでうそか本当か分かりませんが、青森県のいい男の半分は下北にいると聞いたことあるんです。松山ケンイチが出てるから満更でもないと思うし、バッチャに言わせると「うんだ、うんだ」、だれそれ下北出身でいい男だと言ってた。全然関係ないけど松山ケンイチとジェロ似てるなーと思うんです。ピュアで、変な手垢が付いてない、自分の美学と言うか仕事に拘り持ってる感じ、その点は絶対妥協しないような気がする、津軽弁で言うジョッパリ。典型淡谷のり子。そう言えば淡谷のり子さんはブルースの女王、ジェロが歌ってもいい気がする。ブルースと言えば黒人の文化、ジェロの幅広がる、ご本人もブルースについてはいろいろかだっておりますね。(かだる・・・津軽弁で話してると言う意味)

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タイムスリップしてる頭で歴史を考える

2009・2・3

 今日は節分、恵方巻きを食べ豆撒きをします。ボヘミアンが生まれてからの行事、しかしボヘミアンも今年は中学生なので興味がないようです。昨日から昔の曲を聞いて頭がタイムスリップ、今カーペンターズの東京公演(武道館)のテープ聞いてます。アルバム「ナウアンドゼム」を買ったのが昭和47年か、48年ですから、昭和49年か50年頃の来日でしょう。しかしこの時のカレンから数年後に拒食症で死ぬとは信じられません。しかし日本で拒食症が注目を浴びた時期は宮沢りえが激やせした頃からで、それ以前は注目されてないと思う。過激なダイエットでしか理解されていない。しかし友人が昭和49年に痩せるといって、ダイエットし始めてから、見る見る痩せて言って元に戻らない姿を見た時は痩せる恐怖を見ました。まだ拒食症、過激なダイエットと言うことが注目をされない時期です。

 だからおちゃんの思考では、拒食症、カーペンターズ、友人になる。どんどん痩せていく、食べる気がしない、生理が止まる、ちょっと気温が下がると、顔色が悪くなる、寒がる。短大1年の春からダイエット始めて、夏には40kgなくて卒業まで元に戻らなかった記憶がある。BMIが22が理想と言うけど、長生きの指数は27から30だそうです。今昭和48年の紅白聞いてますがフランク永井はこの時始めて「有楽町で会いましょう」を歌ってます。五木ひろしを聞いてびっくりしたのは、今とぜんぜん変わってないこと、他は今の声と比べると違ってますが、五木ひろしの変化がないのはびっくりしました。古い音を聞くのもいいもんです。

 今年は司馬遼太郎の「坂の上の雲」がNHKで放送されますが、多分そのいくつかの部分を資料として占めると思う本です。作者の石光真清は露探(ロシアで諜報活動する日本人のスパイ)で帝国陸軍の軍人、家庭ではよき父、息子であり、軍人としては特に出世した人ではありません。この手記も国の極秘事項も含まれているため、長く出版されずにいたものらしいです。おちゃんは何度も読みましたが、面白いです。よく出版できたし家族も原稿を残してくれたと思います。手記と言うより、もう小説です。

 登場人物が森鴎外、二葉亭四迷、笹森儀輔(青森県人で伏字でSと言う人物で)、読み応えのある部分は明治天皇崩御(昭和天皇崩御の時この部分を思い出した)、旅順攻撃(ものすごい白聖戦)、からゆきさんと思われる女性、ロシア人との友情、スパイ活動、戦地で内地に残した家族を思う父として、息子として。軍人としては裏街道を歩いたと思います。弟の方が戦前の日露戦争関係の本に出たりしてます。ただの回顧録として読むかそれは自由ですが、明治の軍人、家庭、時代を理解するには良い本です。森鴎外もそうですが(妻と母親の間で悩み、子煩悩)、後世の人間が想像するようなコチコチの軍人ではないです。司馬遼太郎は明治の軍人をよき人として評価してます。(おちゃんはそう理解してます)

 かなりの部分が士族の乱、西南戦争で占められますが、おちゃんは今まで反乱を起こす士族を理解できなかったですけど、単純に(悪い奴と決めていた)。でもこれを今の派遣切りと重ね合わせると理解できます。今まで碌で食んできたものに、いきなりもう渡さないと言ったら根治気性と思う。派遣社員に対していきなり解雇と同格。謀反も起こすわな。士族の娘は女郎に売られるは、ここんとこは永井荷風の「夢の女」を読むと分かる。今も社会がどんどん変化してるけど、そんな半端なものではなく天地がひっくり返るくらいの変化だと想像するわけ、この本を読んでからもう20年以上たつけど、今まで気が付かなかった。昭和の頭で読んでたから、社会がひっくり返ると言う考えがなかった、しかし今変化してるその頭で読むと理解できるようになった。で徳川慶喜は偉いと思う。歴史の隅のやられた人のように思ってきたけど、歴史を読む鋭い洞察力、歴史の流れに身をおき、明治維新後は何も言わず一華族として人生を全うしたことは偉い。もしこれが血の気の多い将軍だったらどうなっていたか。

 変化してる時代だから、変化していた時代の本を読むことは良いと思う。いつまでも前時代的なものにしがみついても、不満だらけ。新しいモデルを作らないと。明治の前半がそうだった。今もまだ新しいモデルが必要と分かっていても暗中模索、しかし今を0として今後の新しいモデル(雇用、教育、介護、社会システム全般)を作らないいけないような気がする。

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タイムスリップしてる頭で歴史を考える

2009・2・3

 今日は節分、恵方巻きを食べ豆撒きをします。ボヘミアンが生まれてからの行事、しかしボヘミアンも今年は中学生なので興味がないようです。昨日から昔の曲を聞いて頭がタイムスリップ、今カーペンターズの東京公演(武道館)のテープ聞いてます。アルバム「ナウアンドゼム」を買ったのが昭和47年か、48年ですから、昭和49年か50年頃の来日でしょう。しかしこの時のカレンから数年後に拒食症で死ぬとは信じられません。しかし日本で拒食症が注目を浴びた時期は宮沢りえが激やせした頃からで、それ以前は注目されてないと思う。過激なダイエットでしか理解されていない。しかし友人が昭和49年に痩せるといって、ダイエットし始めてから、見る見る痩せて言って元に戻らない姿を見た時は痩せる恐怖を見ました。まだ拒食症、過激なダイエットと言うことが注目をされない時期です。

 だからおちゃんの思考では、拒食症、カーペンターズ、友人になる。どんどん痩せていく、食べる気がしない、生理が止まる、ちょっと気温が下がると、顔色が悪くなる、寒がる。短大1年の春からダイエット始めて、夏には40kgなくて卒業まで元に戻らなかった記憶がある。BMIが22が理想と言うけど、長生きの指数は27から30だそうです。今昭和48年の紅白聞いてますがフランク永井はこの時始めて「有楽町で会いましょう」を歌ってます。五木ひろしを聞いてびっくりしたのは、今とぜんぜん変わってないこと、他は今の声と比べると違ってますが、五木ひろしの変化がないのはびっくりしました。古い音を聞くのもいいもんです。

 今年は司馬遼太郎の「坂の上の雲」がNHKで放送されますが、多分そのいくつかの部分を資料として占めると思う本です。作者の石光真清は露探(ロシアで諜報活動する日本人のスパイ)で帝国陸軍の軍人、家庭ではよき父、息子であり、軍人としては特に出世した人ではありません。この手記も国の極秘事項も含まれているため、長く出版されずにいたものらしいです。おちゃんは何度も読みましたが、面白いです。よく出版できたし家族も原稿を残してくれたと思います。手記と言うより、もう小説です。

 登場人物が森鴎外、二葉亭四迷、笹森儀輔(青森県人で伏字でSと言う人物で)、読み応えのある部分は明治天皇崩御(昭和天皇崩御の時この部分を思い出した)、旅順攻撃(ものすごい白聖戦)、からゆきさんと思われる女性、ロシア人との友情、スパイ活動、戦地で内地に残した家族を思う父として、息子として。軍人としては裏街道を歩いたと思います。弟の方が戦前の日露戦争関係の本に出たりしてます。ただの回顧録として読むかそれは自由ですが、明治の軍人、家庭、時代を理解するには良い本です。森鴎外もそうですが(妻と母親の間で悩み、子煩悩)、後世の人間が想像するようなコチコチの軍人ではないです。司馬遼太郎は明治の軍人をよき人として評価してます。(おちゃんはそう理解してます)

 かなりの部分が士族の乱、西南戦争で占められますが、おちゃんは今まで反乱を起こす士族を理解できなかったですけど、単純に(悪い奴と決めていた)。でもこれを今の派遣切りと重ね合わせると理解できます。今まで碌で食んできたものに、いきなりもう渡さないと言ったら根治気性と思う。派遣社員に対していきなり解雇と同格。謀反も起こすわな。士族の娘は女郎に売られるは、ここんとこは永井荷風の「夢の女」を読むと分かる。今も社会がどんどん変化してるけど、そんな半端なものではなく天地がひっくり返るくらいの変化だと想像するわけ、この本を読んでからもう20年以上たつけど、今まで気が付かなかった。昭和の頭で読んでたから、社会がひっくり返ると言う考えがなかった、しかし今変化してるその頭で読むと理解できるようになった。で徳川慶喜は偉いと思う。歴史の隅のやられた人のように思ってきたけど、歴史を読む鋭い洞察力、歴史の流れに身をおき、明治維新後は何も言わず一華族として人生を全うしたことは偉い。もしこれが血の気の多い将軍だったらどうなっていたか。

 変化してる時代だから、変化していた時代の本を読むことは良いと思う。いつまでも前時代的なものにしがみついても、不満だらけ。新しいモデルを作らないと。明治の前半がそうだった。今もまだ新しいモデルが必要と分かっていても暗中模索、しかし今を0として今後の新しいモデル(雇用、教育、介護、社会システム全般)を作らないいけないような気がする。

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タイムスリップ

2009・2・2

 昨日20年ぶりでラジカセ買いました。帰ってからテープ探したらでました。昭和45年の紅白、司会は美空ひばり、宮田輝。昭和45年から48年まで紅白ラジオから録音してました。そのうち何年のかわからなくなったけど、ボヘミアンが2,3歳の時面白がってテープ、ズルズルと出して駄目になったけど(悲しい)。さすが40年前のテープを聴くと死んだ人もいますけど、皆さん声が若い、布施明「愛は不死鳥」、森山良子「明日にかける橋」、逸見マリ「経験」、ちょうどその頃坂東玉三郎若手の女形の歌舞伎俳優で審査員で出てたの今気が付いたり。だんなはポール・モーリアを出したり、夫婦で若い頃にタイムスリップ、ボヘミアンはつまらないだろうが。寝るまでテープ掛け捲り、サザン、タイガース、ユーミン、因幡晃、所ジョージ、カーペンターズ

 マチャアキの「去らば恋人」を聞いたけどやっぱりジェロの「去らば恋人」よりいいね。ただジェロが歌うフランク永井は良いね、フランク永井本人とは完全に別の感覚で歌ってる、今フランク永井の曲違和感無く歌えるのはジェロだろうね。今日も朝からテープ掛け捲り、ジュリー、小柳ルミコ、ダ・カーポ、ジャンル関係なく聞き捲くり。10代、20代の頃の思い出がグルグル頭の中で回るのよ。今じっくり音楽聴いたり、編み物をしてると子育て1段楽してやっと自分の時間持てたなと感じるわけよ。そして今年は原点に戻ろうと思うわけよ。音楽、手作り、結婚してから共稼ぎ、子育てで何もかも突っ走ってきたけど、じっくり自分の今後考えようと思うわけ。でも社会全体でもう一度、家族とか、自分自身冷静に考えてもいい時代かもしれない、これからは今までのモデルは役に立たないと思うし、シンプルに確実に自己実現、丁寧によく考えて実行、簡単に言えば丁寧に生きる事が出来る人は幸福になる、自分の確固たる世界、考えを持つことよ。

 他人に意見、他人の考えに振り回されて、文句言うのは楽だけど不満が残るのよ。それって自分の人生?自分がないのよ、自分が無い人はこれからの大変な時代を充実して生きていけるかな?大変な分、どこかで自己実現、自分を高めないと自分の自信が無くなって、自分が壊れる気がするのよ。

 もーずっと演歌ポップス、ニューミュージック、フォークを聞いてるんだけど昭和40年代からずっと、やっぱりジェロの声は日本人には無い声だと実感したのよ。確実に色気があるのよ、声に。日本人は色気を出して歌っても声に色気が無いのよ。これ黒人独特のものだよ。ナット・キング・コール、サッチモ(ルイ・アームストロング)に通じる声よ。哀愁、切なさ、腹から表現してるって感じ、計算してない、魂の叫び?となるとソウルになるか。

 今出ました、カーペンターズの東京公演のテープ、当分一人除かんは青春時代にタイムスリップ。

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