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2008年9月

絵日記

2008・9・29

 著者の山中和子さんと母の共通項があり興味を持って読みました。著者は母より五歳下で神戸生まれ、母は大阪の高見町で生まれ、著者の日記が書かれた頃は戦後母の兄弟が闇屋をしていたので靴の買出しに学校を休んで神戸へ行ってました。

 たぶん弘前に来なければ著者と似たような生活をしただろうなと思いました。驚いたのは毎日きちんと絵に日記を書いたこと、それも丁寧に絵が書かれ文章も長いこと、その間にお手伝いもするんですからすごいです。小さい頃よく母に「おかあちゃんの子供の頃は畑ばかりやっておめだじみたいにゴロゴロしたごとね」と言われました。たしかにその通りしかし母も小さいとき手伝わされたせいか、あまり手伝いなさいと言いませんでした。

 母の戦争中の日記が残ってますが、文章表現は同じです。目上の人には丁寧な言葉を使うことです。戦後も戦前の教育が残ってる人たちはしばらくこのような文章表現をしたのでしょう。いつの時点からこのような表現がなくなったか分かりませんが、長幼の序を重んじた時代だなと分かります。「細雪」の中でも幸子の娘悦子の書く作文が出てきますが同じような文章表現です。祖母が戦前戦後しばらくの母たちの学校で使ったノート、便箋、葉書を残してましたが、紙質が非常に悪く消しゴムで消すと敗れるか、薄くなって鉛筆で書けない書きにくいと感じました。クレヨンも今のクレヨンと違って、ろうそくがクレヨンになったみたいですから非情に硬く、力を入れたらボキンと折れる感じで塗りつぶすのは大変です。今でも硬いクレヨンがあると思います。ボヘミアンが保育所で使っていたのは硬かった、柔らかいと色が手に付くからだと思います。ですから思った以上に大変な作業です、それを毎日してるすごいです。

 字も大変上手でだんだん上手になっていく様子が分かります、戦前の子供の字の特徴は字がとてもうまいこと、そして丁寧なこと、しかし突然うまくなったかと思うとどういう訳か子供っぽい字になったり統一感が無かったりしますが。今の大人の字は戦前の小学生以下です字が汚くて。食べ物が多く出てくること畑で作った、パンをおいしくいただくとか、食べ物に対して敬意が込められてる、小学生が農作物のできを天気を気にしながら心配する今だったら考えられない。食べることがすべてに直結してんだなと感じました。

 自分たちで作り、天気を心配しながら収穫を心配し、おいしくいただく、食べ物に感謝である。今は最初からあって当たり前で逆にどこ産の野菜とか、賞味期限とか、どうでも言い事ではないが食べもしないうちから細かい、食べ物にけちを付けながら食べるおかしくないか。作るほうにも問題があるからけちを付けるが、しかし目の前に当たり前に存在する食べ物、作る、運んでくる、売る、膨大な手間、コストがかかっている、当たり前がいかに大事か、平和だから当たり前で、平和でなくなれば当たり前なんて吹っ飛んでしまうのです。ボヘミアンもよく当たり前と言う言葉を使うので頭に来るから「簡単に当たり前と言うな、当たり前の生活できない人いるんだぞ」と怒る事もあります。

 本の腰巻にはノスタルジックな文章書いてありますが、そんなモンじゃない食うのが大変だった。今の小学生ここまで食い物に心を砕くでしょうか。リアルタイム小学高学年と60年前小学高学年比べるのにちょうどいい本です。ボヘミアンは帰ってくれば冷蔵庫を開けて、お菓子の袋を開けて、食べ物を探してゴロン、漫画、ゲーム、戦後しばらくたってから生まれた子どもたちはみんなこんなもんです。昨今のガキとの違いはゲームくらいで、昭和30年以降に生まれた世代は作ることはしないでもっぱら消費するほうですから。ボヘミアンを見てると40数年前の自分と同じで、ガキ自体が進歩してないです。もしタイムマシンがあって、自分が小学6年のときに戻って、それから40年前に戻ると大正になる、考えると生活できない、金持ちに生まれると別だけど、漫画ないし、テレビないし、お菓子は高いしなんて考えると今に生まれてよかったのかなと考えたりします。

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年金特別便・学習状態

2008.9.27

 年金特別便が来ました、やはり漏れがありました、早速社会保険庁に電話したのですが分かるまで半年かかるそうです、それで社会保険事務所に言ってきたんですけど行って良かったです。一時期に比べてそれほど待たされなくなったし、過去30年位までならほとんど分かるというので、すぐ漏れが分かりました。社会保険庁に任せるより自分で動いたほうが良いですね、結構若い世代まで特別便が来てますね、昭和40年生まれの人まで来てます。やはり絶対行くべきです、安心できます、時間を作っても行くべきです。

 今月に入ってから法律実務の学習はかどってます、別にボヘミアンのせいにする訳ではないですが、夏休み中はやはり側にいると親ですからいろいろ言いたくなる、子供はこの時とばかりに甘えてくる、結局ボヘミアンだけ勉強してる、親はやってない訳です。ビジネス実務法務検定試験2級一問一答エクスプレス 2008年 (2008)は半分ほどやりました、成績はタイトルごとにばらつきはありますが、50%から80%です。後2ヶ月どこまで出来るか?総仕上げとして公式問題集を使ったほうが良いですが、タックがやはり最初の演習にはいいですね。今年も去年と同じやり方で学習してます。ビジネス実務法務検定試験2級公式テキスト 2008年度版 (2008)ビジネス実務法務検定試験2級一問一答エクスプレス 2008年 (2008)、公式問題集、成績は常にどの演習問題でも80%前後を目指す、でも合格率が30%台と言うことで油断できないなと感じてます。土壇場では公式ケーススタディは無視してもいいかなと考えたりしますが、不得意分野だけは読むつもりです。もう時間が無いので公式ケーススタディーは読んでません。3級を学習してる人は文章表現で苦戦してるかもしれません、しかしこれは慣れていくしかない。何でもそうですがどれだけ日頃から読書をしてるかこれは重要です。どの分野の本でもとにかく読む、これが理解力のスピードに繋がる気がします。知識の吸収率です。分野が広いのでどれだけ知識の引き出しを持ってるかです。引き出しが多い人は、知識の貯金してるは圧倒的に得です。

 資格マニアで検索したら結構手厳しい意見多いです。でもどの方も一生懸命資格試験に挑戦したのですから、自分で自分をほめて良いし、言う人には言わせておけば良いです。役に立つか立たないかで学習してたら面白くないです、楽しいから、好きだから出来るんですね。苦労しても挑戦するのが好きだから取れるわけで、ただ苦労、苦痛を感じてるのであれば、根本的に嫌いなわけですから、表現悪いですが無駄な努力です。人って好きなものは続くし、あまり苦痛は感じない、しかし嫌いだと辛いです。子供に勉強して欲しいときは思い切りよいしょしかないです。子供は勉強が嫌いですから、勉強するのは子供で、親がする訳ではないですから。ボヘミアンが公文を本当に嫌がったときは、かなりよいしょしました。少々の不満は聞かないふり、ここぞと言うところでよいしょ、だからもう5年行ってますが3回位しかよいしょしてません。

 私は資格マニアになりつつあると思う、しかしこれは自分の道楽かも知れない、身体能力が衰えてきたから、頭まで衰えたくないと言う考えもある、でも根本は勉強が好きこれだけかもしれない。だからこれからも取れるものは取るかもしれないません。

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ネグレクト

2008.9.21

 2000年に名古屋で起こった事件を書いたものですが、ネグレクトと虐待はほとんど同じで、なぜ起きるか、果たして事件を起こす当事者は本当に非情な親なのかです。読んでみて分かったことは事件を起こした両親の生育暦を見ると、虐待、ネグレクトを受けていた、しかし両親とも(ここでは事件を起こした当事者)子供が誕生したときは喜んだし、自分たちの育ったようには育てたくないと考えたこと、しかし起きてしまった。当事者の祖母たちもネグレクトに近い環境で育った、連鎖と言う根深さ、心の中では悪いと知りながら、ネグレクト、虐待と言うことを学習したがために同じことを繰り返すと言う悪循環です。

 子供を育てた経験のある人は虐待する心理は分かると言います、私もそうです。疲れてヘロヘロになってる時泣かれたり、言うことを聞いてくれないとき、夜鳴き、せっかく作った食事をしてくれないとき、とにかく親として一生懸命してるのに、思うようにならない時です。そのとき子供の年関係なく憎たらしくなる瞬間があります。また言うことを聞かせようと食事を抜くとか、叩くとか、外に出すとか昔からありましたが、違うのは以前ならお仕置き、お灸をすえる程度であり、日常的ではなかったこと。誰でも小さいときは叩かれた、外に出された、食事を抜かれた経験の一度や二度はあると思います。だんなと話すのですがあれは今で言う虐待だよなって。しかし今は本当に小さい子が犠牲になります。昔はまだ小さいから分からないと言って、ある程度大きくなってからお仕置きをされたしたような気がします。子供もされて仕方がないなと言うことが分かってましたから、大方がこんな具合で大人になって、親になって、初めて親にされた事が分かるようになります。

 残念なことに支援の手が差し出されようとしてるのに親が拒否したことです。何度か訪問、面接しようとしてもあえなかった。しかしこのような事例を見ると、通報を受けて訪問しても拒絶されて悲劇になること。多分親にすれば虐待をしてることは自覚してると思う(虐待してる最中は自覚が無いが、子供の状態が変化したとき)、躾をしてるのに子供が言うことを効かないと子供に転嫁しますが、世間に知られることの怖さ、子供をちゃんと育てられない親と思われる恥。適切なサポートを受けていれば防ぐことが出来たかもしれない、しかし親が拒否してる状態では、限界があります。さらって連れて来る訳にもいかない。

 親の性格もありますが、子育ては大変一人で出来るものではない、悩んで、相談して聞いてもらって、そんな人が側にいればいいのですが、一人のがんばりも限界があります。そんな時は思い切って公のサポートしてくれる機関に相談して見てください。相談員との相性、力量にもよりますが、気持ちの整理、解決の糸口が見つからないときは、何度でも自分の気持ち、解決の糸口が見つかるまでサポートを受けましょう。その中で余裕、自信が出てくると思います。一人で悩むから、追い詰められて、追い詰めて悲劇になる気がします。専業主婦でも大変なのに、働いてる母親はもっと大変です。自分では起こさないと考えても、時によっては起こすかもしれない、子供を叩いた時ハッとした事はありませんか?特に小さい子がオイタをしたとき。子供は悪気が無いのについ。そのときはお母さんは疲れてるからそうしてしまった、そのことに気づく余裕を持つ、作る、そうしないと潰れてしまいます。その時は思い切って手を抜いて休みましょう。私は子育ては綱引き、友人は戦争と言います、知人は子供が小さい時は怪獣を飼ってるものだと言います。子育ては楽でもないし、楽しいとは思いません、しかし子供が大きくなって離れていくと小さいときべたべたくっついてた時が懐かしく、もう一回小さくなってくれないかと考えるときがあります。大変だけど、べたべた付いてくるのもほんの数年です。後は一人で大きくなったような、憎たらしいことを平気で言ったり、平気でします。大方がそうではないでしょうか。

 

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斉藤春香監督母校訪問

2008・9・19

 今日斉藤春香さんが母校訪問、小学校では遠足を前日に繰り上げ今日の日を迎えた。父兄には参加者を募ったので申し込んで行ってきた。ママチャリで学校へ行ったら、スーッと車が止まり一人の女の人が降りてきた、斉藤春香さんだった。一人で学校を回るみたい。実家から小学校も中学校も近いんだけど、時間が押せ押せみたいなんで大変だなと感じた。

 宝塚の女優タイプ、オスカル見たいな感じでごつくない。子どもたちにアテネとシドニーでのメダル見せてくれて、北京での金メダルだって選手たちが作ってくれたメダルを見せてくれた。ウイニングボールも見せてくれた。子どもたちの寄せ書き、手作りのメダルとか、子どもたち一人一人の頭をなでたりして、結構子供が好きなんだと思った。子どもたちも「春香先輩、春香先輩」と言いながらくっついてるとこなんか見てて感激した。

 春香先輩のそばに入た子とか、頭撫でて貰った子は一生の思い出になるだろう。第二第三の斉藤春香が出るかもしれない。ご本人いわく小学校の頃大病をして体を動かすことが出来なかったが、健康を取り戻して体を動かすことが出来るようになったとか、夢を持つこと、夢を諦めない事、どれくらい子どもたちに響いただろうか。たしかに夢を持つことが出来難い時代ではある、しかし人生のスタートラインに立った時、案外それほどではない「いけるな」と思う瞬間がある、その時は自分を信じて進めばいいのではないか。大きな夢、小さい夢、何でもいいから実現したらそれでいいと思う。スケールが小さくなるが希望を持たなくてもいいが、絶望はするなである。

 私の世代も含めてどうしても近年人生のスタートラインに立った時、子供を育てて,親に育てられて言われた事、言った事は、結果論を言い過ぎること。「そんな事をしてたら碌な人生にならない」と言うような事,しかし現実生きてみてそうでないと思うときがしばしばある。子供を躾ける、注意するつもりで言ってもいいが言い過ぎない事だなと思う。どうも言い過ぎるとマイナス思考になって、ビクつくと言うか一歩踏み出せない気がする、子供本人が納得しない、親は納得のいびつな人生を歩ませるのではないかと。春香先輩の話を聞きながら感じた。

 春香先輩のお話はそんなに長くは無かったが、壇上から降りて帰るときは結構子どもたちと握手したり、校庭で写真を写したり、そばの子どもたちと話したり交流があって大変良かった。先生たちもオレンジ色のおそろいのTシャツを着たりで準備が大変だったなと感じた。しかし急にだったからからな。最後は校歌で終かし面白いモンで学校が楽しいと思ったときの校歌は今でも歌える、小学校と高校、中学校は歌えない。

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闇の子どもたち

2008・9・16

 やはり良書に出会うとその魅力に疲れて一気に読んでしまいます。この作品の前半部分は気が重く、吐き気を感じながら読めるかなと言う感じで読みました。しかしこの世界で現実に起こっていること、それに日本人が加担してること、関係してる国は表ざたにしたくない、臭いものには蓋、出来れば闇に葬りたい、それでいいのでしょうか?

 子供と大人のおぞましいセックスの場面、子供に恐怖と絶望感を植え付け奴隷化する場面、役に立たなくなった子供をゴミのごとく捨てる場面、前半部分で出てくるチューンも子どもたちと同じ過去を持つ男、長じて調教される立場から調教する立場に変わって、幾分慈悲の心があるような男だが、慈悲の心を持つと闇の世界では生きていけない、いや闇の世界で無ければ生きていくことは出来ない、悲しい現実。しかしもっと恐ろしく、悲しいのは子どもたちは何も知らず調教され、客を取らせれ、自分たちがどうなるか分からない、自分の命を永らえるためにはひたすら大人たちに媚、命令に服従すること、感情を封じること。しかしこのような世界で暮らすと不思議と一見順応していくそれが当たり前のようになる、小さければ小さいほど刷り込みが早い。その世界しか知りませんから。

 これはどこでも言える事ですが、ポルポトの時代も子供の兵士が一番怖かったと言います。最初から残酷なことを教えるからでしょう、子供の非行、犯罪にしても、最初から劣悪な環境に育つとそれが当たり前と思うから中々更生しないか、同じ事を繰り返す。残酷な大人たちは要らない知恵の付いたものはいらない、必要最小限の知識すら持たない子どもたちは長じても同じ事をする、悪循環です。そんな子どもたちを助け出し、教育する仕事が、ナバポーン、音羽恵子の仕事、終盤は全国統一大行進の後暴動が起こり、ナバポーンたち現地スタッフが連行され、音羽恵子もタイに残るシーンで終わります。現地スタッフのシーラットが暴動の中殺されるシーンは、タイの暴動で殺された日本人のジャーナリストの事が過ぎりました。

 この作品で結論は出なかったが重い内容として、子供の臓器売買です。日本人の余命の短い子が、タイの子供からの臓器をもらい手術する、一人の子供の命を助けるために、もう一人の子供の命を奪ってもいいのか(タイ人の子供は誘拐されたか、売買された子供)、日本人の金に物を言わせたエゴイズムと考えるか、自分の子供だったら生きて欲しいから攻めることが出来ないと考えるかです。私だったらボヘミアンが余命が短いと考えて、しかし現実に法外なお金は無いので出来ませんがもしお金があって、現実を知らないとすればするかもしれない、しかし後で事実を知ったときは一生涯苦しむでしょう。気が狂うかもしれない。犯罪に問われないかもしれないが、完全に犯罪行為に近いものがあります。償うことが出来ませんから。この作品では音羽恵子が日本人の子供の母親にあって、手術をやめるように言うシーンがあって、母親に「親の気持ちが分かりますか」と言われるシーンがあります。そして親子でタイに来ますが手術はしたのかしないの分からないままになりますが、母親の姿を描写した文章を読むと現実を知っているような気もします。

 子供に対するレイプは難民キャンプで起こり、幼児売春、幼児売買の供給地は難民キャンプです。人間極限の環境におかれると倫理観とか無くなって本能にままに生きる、神経が麻痺する、それを欲深な連中に利用されるんですね。人間欲と儲けに目が眩むと碌な事を考えませんね。

 ただ知って欲しいことは日本でも昔、「あめゆきさん、からゆきさん」と言って日本人の女性を売り飛ばした事実、女衒を通して売られた人もいますが、神隠し(誘拐かな)で売り飛ばされた,醜業婦と呼ばれ外国に売り飛ばされ、娼婦を輸出してると外国から言われて人身売買を禁止しました。でもそれは表向きで影では売り飛ばしてましたから。こあたりはサンダカン八番娼館 新装版 (文春文庫 や 4-8)、五木博之朱鷺の墓 (中巻) (新潮文庫)が詳しいいです。娼婦が初めて客を取るシーンで大騒ぎになるシーンはあめりか物語 (岩波文庫)に載ってます(荷風先生、結構やばい多売場所に出入りしてたんですね)。

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20世紀少年

2008・9・14

 ワーナーマイカルへ行って「20世紀少年」見てきました。面白いです。私とだんなはもう「20世紀少年」の世界に入ってしまいました。次回作が楽しみ。ケンジたちが昭和47年卒業の小学生ですから、生まれた時代は昭和35年か、36年生まれです。しかし私の記憶からいくとケンジ達が小学生の頃シーンで「忍者部隊月光ごっこ」のシーンがあるんですけど、ケンジ達が小学校に入学したのは昭和42年、その頃もうテレビでは「忍者部隊月光」は終わっていた気がします。

 昭和30年代は後半で小学3年生だから、記憶のかなたですが、昭和40年代は小中高と学校に行ってたから出てくる言葉、シーン、もうたまんねーって感じ。昭和40年代のほうがずっと共感します。とにかくこの時代の言葉次々出てくるから、それがキーワードになって次々記憶が蘇って思い出したり、また映画を見たりけっこう頭の中が忙しかった。

 しかし主演者は豪華ですね、これだけ豪華な映画も珍しいんじゃないでしょうか。クラス会のシーンなんかもうんうんこんなのありなんて、最初は楽しみにしていくんだけど、だんだん来るんじゃなかったとか、人生もいろいろあるから噂話とか、結構クラス会もドラマなんですよね。ドンキーが昭和44年アポロ11号の衛星中継寝ないで見てた、私も寝ないで見てました。同時通訳の西山千さんの声がいいのには驚いたこと思い出しました。中村賀津雄の神様はいいです、この様な映画では昔から学者とか不思議な老人でよく出てました。萬屋錦ノ助の弟さんですが、昔から独特の存在があって、錦之助の派手さが目立って地味な存在でしたが、燻し銀のような魅力があります。木元教子とデーブ・スペクターの組み合わせも驚きました。も昔は子供の歌番組のお姉さんだったんです。スポンサーは確かYKKでコマーシャルに出てた記憶がある。

 ケンジ、オッチョ,マルオ、ヨシツネとか集まって昔の記憶を手繰りながら、友達のこと、秘密基地を出来事を思い出していくシーンは私も経験があるんだけど、間違って記憶してたりして、結構記憶の訂正が出来るんです。ケンジが子供のとき遊びで書いた「よげんの書」通りの事が現実に起きるんだから深刻、一生懸命思い出す、そしていい年こいたおっさんが「よげんの書」探すシーンは笑ったけど、書いた本人ケンジより友達が記憶してたりして。秘密組織が細菌兵器で狙う場所が、それがサンフランシスコ、ロンドンなんだけど、自転車でいつも通るとこにあるスナックとか、キャバレーなのは笑った。むかし「キャバレーロンドン」あったな、「キャバレーロンドン、キャバレーロンドン、楽しいロンドン」テレビのCMあったな。石橋漣司が久々超悪役で、竹中直人が何じゃこりゃって感じちょっと危ない宗教家暗殺されるんだけど、お二人とも元の形に戻ったって感じ(竹中直人のデビューのときは本当になんじゃこりゃって感じ)。研なおこの駄菓子屋ばあさん役もいいです。

 ちょっとしたシーンにも旬の芸人さん、ベテラン、中堅と見逃せないシーンばかり。見ながら昔の出来事、懐かしい言葉で自分自身の記憶の世界に言ったりして、頭の中整理するのに大変でした。「ザマジックアワー」と主演者がかぶったりしますが、その違いを比べるのも楽しい。

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最低賃金で考えること

20089・13

 今日読売新聞を読んでいたら、最低賃金の改正状況が出ていた。青森県は最低ランクから脱出したものの、この時間給で経営可能な企業がどれだけあるだろうか。逆に潰れるのではないかと言う不安がある。これ以上県内から企業がなくなることは死活問題である。私がコンプライアンスにくどく言うのは企業が潰れてほしくないからで、コンプライアンスと言うか倫理観が無いばかりに評判を落としたり、廃業したり、これは全国的な問題ではあるが、青森県の場合企業の数が極端に少ないので少なくなってほしくないからである。

 青森県の平均賃金は限りなく最低賃金に近い、しかしそれ以上に問題なのは待遇面での改善である。「青森県で生きる若者たち」の調査でも賃金に対する不満は上位に無い、ただ当たり前のことを当たり前にしほしいだけである。しかし、給料出してる、仕事やってやると言う古い感覚これではどれだけ人が付いてくるだろうか。遠からず人が去っていく、そして言うことは今の若いものはである、自分たちに原因があることに気が付かないのか、気が付きたくないのか。だからと言って我慢してくれる中高年を採用するかと言えば、若い人がほしいのである。これでは年がら年中人手不足、来てもすぐやめていくと言う悪循環である。これで企業の評判が良いわけは無い、使う方も使われる方も辞めていくんだ、嫌になればやめればいいである。とどのつまりは生活保護で生きていくしかない。生活保護の受給者が多いわけである。安易に生活保護を受けてるのではない、働きたいが、配偶者は無く、年齢も高く、年金まではもう少し時間がある、しかし働く場無ければ、分かるような気がする。

 賃金を上げる前にもう少し待遇面で考えるべきである。余程極端な生活をしない限り、共稼ぎならば何とかなる、しかし共稼ぎが出来ない家庭ではがんばり過ぎるくらい働かないとしかし人はがんばりも限界がある、結局体を壊してやめるしかないが、辞めてもすぐ仕事見つかる可能性も少ない。もう少し官民挙げて待遇面を考えられないものだろうか。

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資格について

2008・9・12

 このごろ余裕が出てきたせいか、法務実務の第3章第1節まで問題集まで進みましたが、受験まで間に合うかわかりません。昨日も学校の役員会で8:30まで。今日は余裕があると言いながらついついゴロゴロいけませんね。ところで世間では資格を置く持っている人に対して資格マニアとか、使わなければペーパードライバーと同じという人がいます。そうでしょうか?資格が取れるだけの頭があることを誇りにしても良いし、そんな人をもっと評価してもいいはずです。たしかに使わなければ意味がないのは分かります、しかしそれだけ知識の幅がある、ある面に置いては理解が深いとか、評価してもらえないかと感じます。たしかに資格でご飯が食べられたら良いに決まってますが、世の中そんなにうまくいきません。資格をただご飯を食べる道具に考える人はそう考えるかもしれません。だんなもそうですから。しかし人として幅を作ると言う考え方から取ると言う考え方で取ってもいい、自分のため、頭を活性化するそれでも言い、何でもかんでも金勘定で考えると楽しくないです。私は自分の為に資格を取ってますから、難しくても苦しくありません。

 メンタルヘルスマネジメント検定を知ってますか。これまだ新しい検定で大阪商工会議所が主催です。昨日自殺予防の日でした。この資格は労働の現場での「心の健康」づくり、危機管理の一環でもあります。過重労働によって自殺、精神疾患になって職場を去る、去らなくても思わぬ事件、事故に繋がるそれを予防することを目的にしています。法律実務を知る前から知っていたので最初メンタルヘルスマネジメントを取ろうかと考えましたが、試験が仙台なので断念しました。しかしⅢ種は法律実務より取りやすいと思います、合格率も80%前後、テキストも読みやすいです。しかし問題集は市販されていないので地方の人は日本マンパワーの通信、産能の通信しかないです。しかし料金は安いです。

 検定を受けなくても心の健康が蝕まれると、身体、労働にどんな影響が出るか、どのように対処すればいいのか、メンタルヘルスの知識、疾患を持った人に対する配慮の仕方、医療機関との連携の仕方、労務の立場、コンパクトに書かれているのでいろいろな本探して読むより手っ取り早いです(Ⅱ種)。それから興味のある分野のメンタルヘルスの本を読んでもいいと考えます。Ⅲ種は自分でのストレスの気づきに付いて書いたものです。どうしてもストレスは避けられませんが、Ⅲ種のテクストはストレスについて詳しく書かれているので、ストレスとは何か、どうすればいいのか、単純にストレスとはなんだろうと知りたい人にもいい本だと感じます。

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三笠フーズで考える

 2008・9・10

 三笠フーズの事件で考えることはコンプライアンスに欠けた企業は潰れると言うこと、そうまでしないと儲けられないのか、そうまでして儲けたいのかである。しかし最終的に廃業するしかない。しかし残された従業員、家族はどうなるのか。また再就職である、しかしそう簡単なものではない。その企業にいたと言うだけで従業員は悪くないが、世間はそう見ない。雇いたくないと思う企業が大方であろう。かなり難しい再就職になるだろう。

 今回の三笠フーズの事件はかなり悪質、もともと食用にしてはいけないものを食用に転売した、それも長年に渡って。戦後の食べられるものは何でも食べる時代ではない。安全で安心なものを食べる、不信なものを食べない時代である。食品関連の事件を見て腹が立つのは、良いだけ騒がしておいて最後丸投げ、廃業で終わりである。社会的責任はそれで良いかも知れなうが、経営者として従業員にどうやって責任を取るのだろう。

 自分自身の経験から言っても正しい事は儲け(コスト削減?)の前にはもろくも崩れる。逆にそんなことを言うと嫌われる。最終的には自分でやめるか、やめさせられるかである。特に仕事を「けでやる、使ってやってやる」と言う風土が強い青森県では正論見たいのは通らない。別に難しい事いってるのではない、当たり前のことを当たり前にしてほしいだけなのに。

 自分のことを書きすぎたが、これからの時代、儲けられない時代である商売してトントンの時代である。そしてコンプライアンスの考え方、倫理観の無い企業は潰れるだろう。ここ2,3年コンプライアンスの無い企業は潰れるぞと言ったら、案の定、食品問題を起こさなくても法律無視、消費者軽視の企業は潰れた。

 私自身一応社会的に見てコンプラのある企業にいたので、地元の企業のコンプラのなさに驚いた、それでかなりの不利益を受けたので自分で取れる資格として法律実務の学習をしてる。しかし履歴書には書かない。「おべだ振りして、理屈ばり言って」と思われて仕事見つからないので

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声に出して読む。音読。読み聞かせ

2008.9・8

 毎晩ボヘミアンにねだられて「L change the WorLdを読み聞かせをしていますが音読し辛いです。何度も何度も突っかかります。夏目漱石の坊っちゃん (新潮文庫)、小泉八雲の怪談―小泉八雲怪奇短編集 (偕成社文庫)を音読したときはスラスラといったのにと不思議に思ってました。よく考えてみると「L change the WorLdはやたらカタカナ言葉が多くて、どこできったら良いのか切れが悪いんです。(と言うより息継ぎがし辛い)文章自体も長かったり短かったり、谷崎潤一郎の文章も長いけど適当に区切りを付けられるので音読はし易いです。L change the WorLdたぶん五七調のリズムを無視した文章なので音読し難いのかもしれない。谷崎潤一郎の文章は自然日本語のリズムを含んでいるので音読しやすいのかもしれない。(適当なところで息継ぎが出来る)

 NHK教育テレビの「にほんごであそぼ」は面白いです。ボヘミアンも好きで時々見てるようですが、何が良いかってリズムがいい、五七調のリズムが良い、覚えやすい、ある程度の年の人たちには懐かしい言葉が出てくる、つい声に出したくなる、これぞ日本人の、日本語のリズムだと思います。出てくる言葉は日本の古典、名作、内容も良いから後世まで残りますが、やはり七五調と言うリズムがあるからと言う点も見逃せないと考えます。「題名のない音楽会」で(何年も前だが)なぜ中田義直の歌は好まれるのか、歌い継がれるかという話でボニージャックスの方が、日本語のリズムに合っているから、大事にしてるからと話してました。そのとおりだと思いました。今の歌が覚えづらいのは、七五調無視と本人しか歌えない曲が多すぎるから(音域に無理がある)、多聞おそらく残るのは少ないと思います。

 「北原白秋100選」は音読に向くかどうかは別として声を出して読む、七五調のリズムはこういうもの何だと発見させてくれます。懐かしい童謡もあり、歌う時とは違う声を出して読むとまた違った感覚があります。切れ、テンポ、リズムがよくさすがと思うと同時に、北原白秋が抜けた後「赤い鳥」が廃刊になったのは分かるような気がします。しかしボヘミアンには人気がありません。

 「にほんごであそぼ」の放送からしばらくしてから、「声に出して読みたい日本語」が出ましたがこれも面白いです。ただ読んだら面白くない、声を出すから面白いんです。ボヘミアンを寝かす時読みましたが、「般若波羅密多心経」がどう言う分けか好きで 繰り返し読みました。とにかく寝てくれたらいいんで適当に節を付けて読んで寝かせました。意味なんて後で分かればいい、面白がれば良いんです。その言葉が頭に残り、大きくなったときこの作品だったのかと思い出して、読んでくれれば良いんです。頭に残ってるか、残ってないかで興味がぜんぜん違います。

 ところで二三日前からボヘミアンが「ぎおんしょうじゃのかねのこえ」と言い出し、「知ってるべ?」と訊いたから「うん、知ってる」、「だったら言ってみろ」、私も「ぎおんしょうじゃのかねのこえ」と言ったんですけどボヘミアンのようにきちんと言えませんでした。どうも学校で暗誦するらしくて、聞き覚えがあるので完全に覚えて暗誦したいらしいです。

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ビジネス実務法務検定

2008.9.5

 ビジネス実務法務のカテゴリーを学問・資格に入れました。検定まであと三ヶ月です、今年は間に合いそうもないのでどうなるか分からなくなって来ました。主婦といえばお気楽と思われますが案外そうでもない、日々細かいこともあって結構時間を作るのは大変です。働いてると時間の区切りがありますが、家にいるとだらだらと垂れ流し、そこで区切りをつけるのは結構自分との戦いです。ところで学習の仕方ですが、公式テキストを読んでから(自分なりに区切りをつけて)、ビジネス実務法務検定試験2級ケーススタディ 2008年度版 (2008)を読む、TAC出版ビジネス実務法務検定試験2級一問一答エクスプレス 2008年 (2008)の繰り返し学習をしています。やはり「一問一答エクスプレス」はいいですね、ごろごろしながら使えるしコンパクトさが良い、「ビジネス実務法務ケーススタディ」は事例をあげ詳しく解説されてて分かりやすい、最大の難物は「ビジネス実務法務公式テキスト」どこまで読めばいいんだか区切りがつけられないし、読まないと分からないし同じ文章を何度か読むので時間がかかります。でも演習問題まで来ると、なんか力が付いた錯覚になって達成感があります。ふっと思うのは12月まで間に合うかです。でも何とかギリギリまで粘るか。しかし「ビジネス実務法務公式問題集」はなかなか曲者です。「一問一答エクスプレス」でよく出来たからと言って、一発では良い成績は出ません。総仕上げの問題集なので、自分の弱点が分かります。

 社労士とは比べ物にはなりませんが、暗記は効かない、一連の流れの知識が問われるので繰り返しで流れをつかむしかない様な気がします。分野はかなり広いですが、この検定に望む人は何らかの詳しい法律の分野の知識があると思います。小さい単元でも先にやって自信をつけるのも方法かと思います。

 今、青森県では県庁挙げて、県加工の偽装事件をきっかけに加工業者に指導を徹底するといいますが、ホンマカイナと言う気持ちが私にはあります。危機感には煽られるが、危機感に対して鈍感、「すったごとしなくても、今まで問題なグやってきたはんでいい」これで終わる気がします。中小の業者にモニター監視をすると言えばどうなるでしょうか、多分嫌うでしょう。しかしこれからはこれ位のことをしないと残っていけない、働く場の少ない青森県では企業が潰れては困るのです。しかし大半の事業者は「仕事け出るはんでいいべ、はたらげるだけ有難く思え」時代が変化してることに気が付かないのです。気が付いても知らない振りをしてるのかもしれない。潰すも潰さないのも、事業主の考え方、倫理観です。

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弘前カウンセリング研究会、「不定期会報まどか」より

2009.9.3

 今日、「弘前カウンセリング研究会」の会長土田さんから「会報まどか」がきました。「弘前カウンセリング研究会」の考え方、方向性をご理解いただける良い内容なので一部抜粋いたします。私がブログで、「弘前カウンセリング研究会」について書くのは弘前にもカウンセリングを行っている会があることを知っていただきたくて、会長の了解のもと書いています。カウンセリングもいろいろなものがあり、医療、教育、キャリア、メンタルなもの様々です。しかし基本的な部分では同じだと思いま。(話す、聴く)。でもこの基本の部分が理解していない、疎かになるとクライアントにとって不幸なものだと思います。大概のクライアントがカウンセリングに対して不満、疑問を持つ部分はこの基本部分が出来てないからだと思います。時々「弘前カウンセリング研究会」の記事を読んでくれる方にお礼を申し上げます。

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 弘前カウンセリング研究会は、毎月第三土曜日、午後2時から5時まで、弘前市東長町の中弘教育会館2階学習室で学集会を開いています。中身は、話したい人が話し、ほかの人はそれを良く聴いています。話した人が、「よく話せた」「しっかり聴いてもらえた」という感じの話し合いになっています。

 話すことで心にあるものに気づき、また、はっきりします。話すことの効用を何度も確認することになります。どうかおいでになって、お話ください。このあたりの消息が、気持ち良いくらいはっきりするでしょう。新聞にも載ったので、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、今年の5月から、同じ教育会館2階学習室で、毎月第1、第3土曜日、正午から午後1時半まで、「自分のカウンセリングを創る会」を開いています。

 誰かを助けるでもなく、誰かに助けられるでもなく、まずは自分を整えようということです。自分の生長を図ろうというのです。

 5月から9月まで10回開きますが1回ずつの完結です。いつからでも出席できます。ただ、回数多く出席し、自分を見つめ、自分をわかって臨んだ方が、「自分を創るカウンセリング」を創りやすいと思います。

 9月に第1期10回が終わりますが、10月から第2期を始めるつもりです。「自分を創る会」は有料です。1回500円(当研究会会員は無料)。会費を払い、用意された時間を大事にお使いください。

 カウンセリングって何でしょう。誰かを助けることですか。誰かに助けられることですか。自分が上にいるという思いがあり、上から引っ張り上げてやろうなどというのは、なんとも鼻持ちならぬものです。

 元学校の先生があちらこちらで嫌われているのは(もちろん嫌われない人は嫌われない)、人にものを教えたがるからだそうです。カウンセリングが形を変えたお節介であってはならないと思います。              

                                       土田信子

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 カウンセリングは話すこと    相澤康夫

 カウンセリングの第一義は話すことです。決して、聴くことではありません。ロジャーズさんも、話すことが大事、といいました。

 カウンセリングが聴くことと思われたのはなぜでしょうか。カウンセラーの音の響きがカウンセリングに通い、カウンセラーがお話を聴くように、お話を聴くことと思われたのかもしれません。そうだとすればある種の誤解ですみます。誤解ではなく、カウンセラーがクライエント(話して・相談を持ちかける人)の上に位置すると思いたがり、自分を上においてしまっているとしたら、これは笑い話ですむでしょうか。

 元学校の先生が人にものを教えたがるのは、嫌われたとしてもある意味滑稽でありましょう。でもあるカウンセラーの、おれが上だぞ、おれが上だぞと言わんばかりの態度には腹が立ちました。まあ、ほっぽり出せばすむことでした。

 それにしても多くの人がカウンセリングを聞くことと捉え、自らを聴き手に位置づけるのはなぜなのでしょうか。 せっかくロジャーズさんがクライエント中心という表現を改め、話し手が大事、といっているのに、どうしてもカウンセラーが大事なのでしょうか。

 お話を聴くことはたしかに難しいです。でもそれを解明するのには、一生懸命聴くだけではなく、話しての心のありようを、自らが話してになって、そのときの心を見つめることで明らかになるように思います。カウンセリングはその人その人のありようを認めています。その意味では民主主義の世界のことといえます。

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相澤康夫氏の分は一部抜粋ですが、会の方向性をご理解いただけたら幸いです。

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古本屋で

2008.8.31

 時々古本屋に行きます。読んでしまってもう読む事は無い本を売ったり、古本を買いに行ったり理由はさまざまですが;結構面白いし、前の本の持ち主はどんな人だろうと想像したり、発行された年を見たり飽きませんね。特に新書に関しては古いものに面白いものがあり特に岩波は拾い物があったり(あくまでも個人的は趣味の範疇)。

 ボヘミアンと「ゲオ」に行ったんですけど、ありました「エロイカより愛をこめて」、もう十数年ぶりに読みました。相変わらず面白く、少佐はかっこいいし、ハチャメチャなストリーは痛快です。昭和52年「月刊プリンセス」の第一回からほとんど欠かさず読んでました。ホメイニのおっさん、小熊のミーシャ、ここいら辺は二十年以上前の作品です(懐かしい登場人物)。ホメイニのおっさんが死んだのは1989年、朝テレビをつけたら天安門事件が報道されていて、夕方のニュースでホメイニのおっさんの死んだ事が報道されていたのでよく記憶に残っています。(ホメイニ師は6月3日に死亡、天安門事件は6月4日、歴史的な日でした、どう言うわけかこの日は三沢で航空ショーがあり見に行ってました)。

 もう見ることはないと思って(コミックで12巻まで揃えたんですが)古本屋に売ったんです。売るべきではなかったと思ってたらあるではありませか、買いました、一気読みです。前に持っていた作品と違う作品です。確か12,3巻目までは順調に出ていたのですが、その後なかなかでなくて、魔弾の射手を買ったのが最後のような気がします。しかし青池保子というと典型的な少女漫画を書くというイメージだったので、「エロイカより愛をこめて」に繋がる前の作品「イブの息子たち」を見たときは正直びっくりしました。ホモの世界を描いたドタバタの作品だったので。

 イブの息子たち 6 (0006)「イブの息子たち」、「エロイカより愛をこめて」が連載されていたときは「月間プリンセス」が一番面白かった時期ではないでしょうか。でもこの前後の時期は本当に名作が多いです。ポーの一族 (1) (小学館文庫)11人いる! (小学館文庫)、萩尾望都の作品ばかり上げましたが、今までの少女漫画のスケールを超える作品が出たときです。武宮恵子、池田理代子、風と木の詩 【コミックセット】ベルサイユのばら 1 (1)(昭和49年か50年あたりでコミックでは10巻出ていたと思う)。とにかく昭和47年から50年代の初頭までは、今でも名作といわれる漫画、それも今までの少女漫画と違ったスケールの大きな漫画が出たときです。それ以前に少女漫画絵スケールの大きな漫画を書く人は水野英子くらいでしょうか(白いトロイカ (1) (講談社漫画文庫)ファイヤー!)。

 しかしこの時期徹底したドタバタ、世界情勢に即して書かれた「エロイカより愛をこめて」は異色だと思います。スケールの大きいストーリー、アクション、超堅物の少佐、徹底した自由人で大泥棒のエロイカ、脇を固める個性豊かな脇役、ジェームズ君、ボーナムさん、Z君、SI6のローレンス、白熊、ボロボロンテなど。もう少年漫画です。昭和52年か53年に「月刊コロコロ」創刊されて10年ぶりに私はドタバタ、ギャグ漫画にはまります。しかし「月刊コロコロ」もだんだん藤子不二夫の漫画が少なくなってくると読まなくなり、「エロイカより愛をこめて」だけになりコミックも探したのですが、今分かったのですが作者も書いていなかったんです。新作ないはずです。40歳位までかなり探しました。41歳でボヘミアンが生まれて、漫画遠ざかってました。今ボヘミアンは「週刊ジャンプ」読んでますが、ほとんどグロイ漫画、ギャグ漫画は「こち亀」と「銀魂」くらい。本当にギャグ漫画は少なくなった。赤塚不二夫が死んでもうギャグ漫画を書く人はいなくなるのかなと考えたりします。ひみつのアッコちゃん (小学館文庫―赤塚不二夫名作選 5)(月刊りぼんに連載してたから毎月買っていた)、おそ松くん (小学館文庫―赤塚不二夫名作選)、石の森章太郎のさるとびエッちゃん (完結編) (双葉文庫―名作シリーズ)(最初「週刊マーガレット」に連載された頃は「おかしなおかしなあの子」だったようだ)、昭和30年代40年代はギャグマンが全盛だったんですね。

 今唯一笑えるのは「ケシカスくん」かな、「おはころ」に出てますけど、ケシカスくん (1) (てんとう虫コミックス―てんとう虫コロコロコミックス)単独のテレビアニメが出来ないもんでしょうかね。

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