頭は昭和52年

20009・7.7

 今日はばたばた(七夕をおちゃんはこう呼ぶ)、ばたばたの日に天の川を見たことはない。今日は暑い、室温34℃、何もしたくない、部屋の中整理してたら、昭和52年のカセットテープ出てくる。懐かしい、大橋純子、ハイファイセット、松任谷由美など懐かしい、青春時代であるが、やはりユーミンの曲は荒井由美の時代の詞がいい、松任谷由美になってからはあんまり良くない。ハイファイセットはどうしてるんだろうかとか、大塚博堂は良かったな、でも早く死んで惜しいなとか。53年にサザンがデビューしたな、ガンガンニューミュージックを聴いてた。所さんとタモリの曲(というよりコミックソング)聞くが馬鹿馬鹿しいくらいおかしい。しかしこの頃はばかばかしい曲がない。何でだろう。アークレイジーキャッツが懐かしい。ドリフノコントは嫌いだった、クレイジーキャッツとドリフが同時進行でテレビでコントやってたときは、クレイジーキャッツの子供向きではない、大人向きのセンスのコントが好きだった。ドリフは子供向きで嫌いだった。当然、コント55号も嫌い。

 しかしこの頃やっとドリフも笑えるようになった、理由は今のお笑いは面白くないから。最近はいなかっぺいのテープ同じもの何度も聞いてる。かっぺいさんは面白い、マー落語で言えば古典落語みたいなもんで、20年前の話でも笑える。なんて具合に頭がタイムスリップしてる。当分疲れた頭の休息に30年前のテープを聞いて、しかし昔に浸るという、行為は年を取った証拠、だんだん時代に取り残されていく兆しなのだろうか。

 大阪のパチンコ店の放火事件、武富士の事件を思い出した。もうガソリンの販売は車だけにして、ホームセンターで売ってるガソリン容器にいれて販売すること辞めたらどうだろう。また似たこと起きるって。大阪の池田小学校の事件と武富士の事件も同じ年だった。本当に無差別殺人が多くなった。おちゃんが言う地獄の3点セット。仕事がない、居場所がない、話し相手がない、これが揃えば人間おかしくなってしまう。蟻塚先生に言わせると精神科の外来だそうで、でそれで助かる、何とかなればがいいが、精神科の外来に行くことをためらってると悲劇だよな。

 精神科に対する偏見強いけど、偏見ゆえに症状悪化させたりして悲劇が起こる。もう精神科、精神疾患に対する偏見辞めてほしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

サバイバル

2009・7・4

 近所のコンビンニで何気なく手にした。さいとうたかをの作品は昔から「ゴルゴ13」しか読まないと決めていたが、まさか1976年から1978年まで書いた作品とは知らなかった。SPコミックスの方から読んで文庫版「アナザーストリー」に入った。

 とにかく面白い、一気に読んだ。30年以上前に書かれた物だが、古さはぜんぜん感じない。今は環境問題、エコが時代の流れ、社会の流れだが、その根っこは30年以上前に始まり、昭和48年に小松左京「日本沈没」が発表、「ノストラダムスの大予言」、人口爆発など、公害問題、今と似たような時代であった。しかし今に比べると多少不安を煽っていた気もする。確か経済も第二次オイルショックの影響で低迷していた記憶がある。省エネの時代の幕開けでもあった。しかしいつの間にか、時代の影に埋もれてしまった気がする。そして近年、環境、エコと地球温暖化を真剣に考えるようになった。オチャン的に今度はもう時代の影に埋もれることはないと思う。

 おちゃんの記憶に間違いがなければ、地球温暖化という言葉が出てきてから、環境問題、省エネ、、エコと真の意味で真剣に考えるようになった気がする。もうこの人は以前のように、環境問題を忘れるという、脳天気な時代は終わりを告げねばなるまい。

 もし大地震、天候の激変、感染症の大流行が起きて、国が崩壊し、何もかも失ったとき、日本人は生きていけるだろうか。考えたくはないが現代に日本人特に若い人ほど、生きていけないだろう。汲み取り便所に耐えられるか、風呂は十日に一辺でも耐えられるかラジオだけの生活に耐えられるか。大人も含めて昭和30年以降に生まれて人はどれだけ辛抱できるだろう。第一生活の知恵というものが、現代日本人には決定的に不足して入る。楽に慣れすぎ、便利すぎる生活、生活の知恵がない人ほど、生き延びていくことは困難と思う。

 「アナザーストーリー」は北朝鮮を彷彿させるが、戦前、船中、戦後の混乱した社会を見てきた世代は、人間食うことが困難になると易々と自由を手放し、自分の生活を守るためには独裁を許すことになることを知っている。それを見てきたさいとうたかをだから描けたと思う。今だから「アナザーストーリー」を理解できるが(独裁国家というものを見てるから、そして崩壊も)、1976年から1978年の時点で戦後生まれは、現実の物としてどれだけ理解できたろうか。おちゃんは思う、サバイバルの技術も大事だが、あまりにも楽、便利さに慣れすぎた生活、過去にもどれとは言わないが、身近な日常生活を見直して一手間かけることをしても良い気がする。布おしめを使う、洗濯機を使わない、鍋で飯を炊く、魚は切り身を買わない、繕い物をする、テレビを見ない、貯蔵食品を作ってみる。車を使わず自転車にする。携帯は使わない。食い物以外手作り出来る物はするとか。

 この作品は30年前より現代の方はタイムリーな作品として、一読すべき作品である。当初は少年マガジンに連載されていたが、もう少年漫画の範疇を超えてあらゆる世代に読んでほしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

こうすれば病気は治る

2009・6・30

 うーんと悩んでしまう。確かにいい本だとは思う。しかし納得が出来かねると思うところもある。まー医者だから正しいと思う、しかし何もかんも自律神経のバランスで説明されると、辻褄が合わなくなるのではと思う。紋切り型過ぎる気がする。たとえば便秘、消化機能を支配してるのは副交感神経、しかし交感神経優位になると(ストレスによって)便秘になるという、マー大概ストレスがたまると消化器系が悲鳴を上げるが、おちゃんの場合腸が長すぎるので便秘状態である。かなりいきむ。例外も書いてほしかった。解剖学的な例外も。一時期あんまり便に拘りすぎて、すごい便秘になって苦しんだこともあった。しかし気にしすぎだと思って、考えないようにしたら出た。マー今も毎日出ないが(腸が長い)、苦しまない便に拘らないから、バッチャは便に拘ったので出ない、精神科医に話したら暇だから拘る、体を動かせその通りでデーサービス、デーケアといやでも動くようになってから以前ほど便に拘らなくなった。

 しかし現在の医療は対症療法が多くなり、逆に病気を多くしてるというのはそうですねと納得。痛みに対して過剰に恐怖、不安を持つ人が多くなり薬に頼りすぎ、我慢を知らないという。確かにその通りだと感ずる、ボヘミアンでも痛みに対してはすぐ薬、それくらい我慢しろといいたくなるときもある。バッチャにしてもチャンにしてもすぐ薬である。痛みの苦しさが分からないからというが、よく観察してみると痛みをマックスまで我慢して薬を飲み助かるから、次の痛みも薬に頼ってしまう気がする。鎮痛剤は一時的に症状を抑えるだけで、解決策にはならず逆に依存性が高くなるという。

 人間の健康は自律神経のバランスを良くすればかなりの病気に対するリスクを下げることが出来るという。よく長寿の人に「長寿の秘訣は何ですか」と聞けば、「くよくよしない事」というが、たぶん自律神経のバランスを良くする事を指してるのだろうなとこの本を読んで感じた。体験的にくよくよという言葉を使ってるが、この本に添って考えると自律神経と解釈した方がいい。病も気からとか。なんてここまで書けば、この本はやはりいい本なのだ。

 人の健康は自律神経の適度なバランスによって、支えられている。ホメオスタシスか。東洋医学的な陰と陽。だから漢方、鍼灸もいいと、日本の伝統的な健康法の入浴とか、適度に奨めている。昔から洋の東西を問わずバランス感覚である。最近精神、身体に関する本を読んでみても、対症療法に関する治療法に関しては医者も懐疑的であり、多少の苦痛、困難に立ち向かう方が良い。つまり薬漬けを防いで、薬の使用は最小限に抑えるべきということ。長期服用による弊害をなくすこと。

 人間楽をするようになってから、なんでも依存する傾向が出てきた、しかしこの超ストレス社会において、楽に成るならばと手っ取り早い方法を取ってきた結果が今出てきたとおちゃんは見る。効率的に、無駄なく、確かに悪くはないが本来は徐々によい方へ向かうべきなのに、途中のプロセスを省いて行くから、楽から苦へその逆とコロコロ変わるから、進退、精神がおかしくなる。余裕がないから手っ取り早くという論も成り立つ。

 結論、この本はかなり紋切り型です。今心のバランス、健康のバランスを崩してる人は腹が立つかもしれないが、かなり本質的な部分を付いている。自律神経が崩れたとき人は健康ではなく、限りなく不健康に近づく。だから今健康でいる人は読んだ方がいい、バランスを崩すとどうなるか。バランスを取るとは、心の余裕である、これは残念ながら自分で作るしかない、出来るまで何年もかかるが性格にも因るが、無駄、失敗を恐れず、試行錯誤、その中から読み取っていくしかない。プロセスを大事に、自分を大事にする。

 人生常に100%の力を出す必要はない。しかし100%以上出すときもある、そのときに備えて余裕の貯金をした方が賢い気がする。そしてバランス感覚。

 おちゃんの性格、短気、わがまま、強引、頑固、結構偏見も強い。行動特性、物忘れ、人の話は良く聞かない。

にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ
にほんブログ村

 

| | コメント (0) | トラックバック (1)

無差別殺人の精神分析

2009・6・24

 秋葉原無差別殺傷事件から1年経った。1年経過してからこのような形で本が出版されるとは、意外に早いと思った。ロバート・k・ケスラー元FBI心理捜査官の本を読んだときと似たような、読後感である。重大事件の場合、加害者の生育暦まで遡る、家庭環境など。そして結論が書かれるが、その内容たるや育児書のような感じである。親子関係、親の性格、親の育児態度、経済状態などから導き出され、だからこうなったであろうと言う言う推論が出される。親になる前に、ロバート・K・ケスラーの本を読んだときは、育児は単純に大事だと感じる程度、しかし親になって「無差別殺人の精神分析」を読むと怖くなる。自分の子育てが正しいのかと。

  著者は無差別・大量殺人の6要因を挙げている(アメリカの犯罪学者、レブィン、フォックスが『大量殺人の心理・社会的分析』の中より)。

1 長期にわたる欲求不満

2 他責的傾向

3 破滅的喪失

4 外部のきっかけ

5 社会的孤立

6 大量破壊のための武器の入手

 長期にわたる不満とは満たされない自分であり、今の自分を自分を自分で受け入れられず、他者に投影し、理解されない自分を他者のせいにし、自分で自分を追い込んでゆく。エリート教育を受けたのに、何故こんなつまらない仕事をするのか、自分の人生がうまくいかないのは社会のせいとか。本当の原因は自分にあるのに、それを認めようとしない、幼児が持つ万能感を大人になっても持っている、普通は成長過程で現実の自分を受け入れていく物である。理想の自分と現実の自分、自分で調整しながら折り合いをつけて、身の丈にあった自分になる。本当の自分になる。かなり荒っぽいが、これがおちゃんがこの本から分かったこと。

 著者はわが子を殺戮者にしないためにやってはいけない十か条をあげている(本文抜粋)

1 過度の期待

2 母子密着

3 過保護・過干渉

4 欲望のすべてを叶える

5 いい子・手のかからない子を放置する

6 子供の多様な人間関係を妨げる

7 『白か黒か』の二者択一的考えを教え込む

8 危険信号を見逃す

9 世間体・体裁を気にする

10 他の兄弟・姉妹と比較する

 これを見たとき愕然とした、大なり小なりどの家庭にも当てはまることばかり、怖くなった。つまり確率的に低いがどこの家庭でも起こらないという保証はないと。おチャン的には7は非常に大事、思考的にかなり狭い考え方になるので、幅を持った二者択一の考え方をした方がいい。プラス、希望は持たなくてもいいから、絶望はしない。9は度を越さない限りは認めてもいい気がする。良くも悪くも世間様、世間の目があるからある程度の抑止力にもなる。津軽弁で言えば、めぐせー事するな、風悪い事するなである。5は度を越すと8に繋がる。かなりの核心を突いてる。

 著者は精神医療の問題の中で、DSMの問題、精神科以外でもSSRIが投与されている事を挙げている。これにはおちゃんも大いに共感するところである。薬の量の調整は精神科の医者以外は出来ない事、他科から処方された薬でおかしいと感じたときは精神科を受診すべきだが、偏見があって行こうとしない、それでドンドン悪化する。おちゃんは他科で精神薬を出すことには反対である。他科で薬が出ることで精神科できちんと受診しない人、精神科に行かなくてもという考えがあるから、精神科に対する偏見がある。本来は精神的にかなり参ってる状態なのに、認めたくない、精神科に行くほどではない、行ったら終わりとか変な考えで事態を悪くしてる気がする。

 マスコミ当たりは何故こんな事件がおきるのか、心の闇というが、この本を読んで分かったこと、原因は案外身近なところにあること。ぜひ読んでいただきたい本である、親の立場で読めば怖いなと感じるのが実感である。しかし身近な問題として、きちんと捉えるべきなので、ぜひ読んでもらいたいし、分かりやすく書かれた良書である。逆に目をそらすことが問題に目をつぶることである。

にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ
にほんブログ村

 

| | コメント (0) | トラックバック (1)

ビートたけし

2009・6・23

 久々たけちゃんの本を読む面白い。出る人全部たけちゃんによって丸裸。特に面白いのは、毛利衛さん、戸田奈津子さん、藤田紘一郎さん、岡野雅行さん。

 毛利さんでは月面着陸のとき、アームストロング船長が、船外に出たことが問題になったこと(バッチャの話だと、船長というものは船とともに責任を全うする。なるほど船外に出るのはいけない)、スペースシャトルの中は意外と臭い。

 戸田さんは、将来的に字幕スーパーの仕事は減るだろう。しかし字幕スーパーと吹き替えじゃ見方がぜんぜん違う。字幕だと全部見てやるぞーって力が入る。吹き替えだとテレビを見る感じで、見過ごしてしまう。それぞれの違いがあって良いのになと思う。

 藤田紘一郎さん体の中でサナダムシを飼ってるとは、しかしページの始めから検便の話にはまいった。昔の検便を懐かしく思ったし、藤田さんの話は今の清潔好きはいやだろうな。究極の汚いのはセックスには笑った。清潔好きが増えるとセックスは減る、今の日本はセックレスが多い、少子化は進んでる、清潔好きも多くなったなるほど。

 岡野雅行さんは、昨日{テレビタックル}を見てたら出てた。やたら威勢の良いおっさんがでてるので、もしかしてと思ったら岡野さん。本のイメージ通りおっさん。しかし婿さんを褒める、褒める、なかなか出来ないよ、偉い。しかも養子さんにしない、その微妙な距離感が良い、普通だったら養子にしてしまうけど。

 読んでるうちに汲み取り便所、昔の検便、アポロ11号の月面着陸のとき授業を中断して、体育館でテレビを見たことを思い出した。

 しかしたけちゃんは偉大だ、尊敬する人、今でもビートたけし、ツービートの時代の頃これほど偉大な人になるとは思わなかった。毒ガスシリーズを古本屋に売ったこと公開してる、今でも記憶に残ってる一説『共通一時で落ちる、共通馬鹿』。

にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ
にほんブログ村

| | コメント (0) | トラックバック (0)

親子で本を売る

2009・6・17

 昨日レース編のサイトをずっと見ていたら、雄鶏社が自己破産したという。今おちゃんもレース編をしてるが、雄鶏社の昭和35年の本を使ってる。雄鶏社の古い本は大変よく出来てる、というより昭和30年代40年代の手芸の本は大変良い本がほとんどで、ネットでも結構高額で取引されてるなと思う。

 でおちゃんも古い本(レース編)がほしくてさっそく古本屋へ。親子で読まなくなった本売り、そのお金で、親は本、ボヘミアンはゲームのソフト購入。ありました雄鶏社の昭和36年版のレースの本、2冊も買った、値段は安い1冊460円、保存状態よし。古本屋の店長は、雄鶏社が自己破産したことを知らなかった。良い本出してたのにという。しかし売った本のお金ボヘミアンに取られてしまった。ボヘミアンは自分の本が高く売れると思っていたらしいが、安かったので、おちゃんのお金を狙ったのだ。

 ところでレース編の本はなかなかでないという古本屋の奥さんが話してた。、最近はレース編の本も新刊ではあまり出ない、本屋でも見ることがない。おちゃんは老後レース編でもやろうと思っていたが、近い将来を考えると良いレース編の本はなかなか出てこないかも。そこで当分古本屋通いをしてレース編の本を集めることにした。

 帰りはいつも本を買ってる本屋によって、本屋のねーちゃんと雄鶏社自己破産してさとか、古本屋でもレース編の本なかなかでないんだってよと話すと、ねーちゃん曰く最近は手芸の本自体少なくなってきてる(出版数事態)、だから古本屋に出てこないのは手放さないからだと言う。

 手芸材料店も本当に少なくなった、ほんの出版数も少なくなった、手芸を愛するものにとってはさびしい時代になった。わざわざ手作りしなくても、良いかもしれないがソレで良いのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

景気後退貧乏料理12・キムチを使いつくせい

2009・6・16

 今日はおちゃんの誕生日、54歳だ。それがどうした、ガンバルゾー、でもがんばられない時はガンバラナイ。この頃ボヘミアンがキムチを食べるので、買ってばかりで高くつくので一度で二度食べる工夫。

★キムチ増量大作戦

●材料

キムチ1パック、白菜適当、塩、出し昆布

●作り方

1 白菜は適当なざくぎり、塩を入れて、ジッパー付きの袋に入れて、もんで浅漬けを作る。

2 キムチに1の白菜の浅漬けを入れて、量を増やす。

 浅漬けの残りに、にんにくのスライスを入れて、出し昆布を入れて食べるのもうまい。すぐ食べないで、材料を入れて冷臓庫にしばらく入れておく。他にきゅうり、にら、さっと茹でたもやし、量を増やす。

★ノレソレインチキナムル

●材料

キムチ(辛味が強い方が良い)、ゆでたもやし、ゆでたにら、ゆで卵、茹でた鶏肉か豚肉少々、ゴマドレッシング、青じそドレッシング

●作り方

1 茹でた野菜、ゆで卵、茹でた肉をきれいにさらに盛り付ける。

2 1にキムチをちょこんと乗せる

3 ゴマ、青じそ好みのドレッシングをかけて食べる

 キムチは食べたあとの汁は結構残る、勿体無いので徹底的に利用しよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

人は見た目が9割

2009.6.11

 最初この本のタイトルが気に入らなくて、素通りしてた。しかし何となく気になってとうとう買った。就職の面接に役に立つか立たないかは、分かりません。就職にと思って、読まないほうが良い。著者は、演劇、漫画と分野が広く、演技をする場合の性格の作り方、漫画を書くときの表現から、性格、感情の現れ方を書いてる。おちゃんに言わせれば、パッと見た瞬間に相手を見抜くプロ。かなり心理学的な、見方で書かれてるので、就職用と思って読んで合格と言う向きの本ではない。そうしたい人は就職用の面接の本を読んだ方が良いと思う。

 見た目が9割と信じ、外見だけを取り繕っても、所詮無駄。しぐさ、表情、声、目に映るすべてが、見た目として評価するとしたら、いくら内容の良いことを言っても、説得力を持たない。大体話す内容はたいてい忘れる、外見は印象に残る、印象に残りたいと思えば、外見に磨きをかけ、それにともなう内容を語り、その内容に即した身振りなどの表現しないといけないことになる。総合的な外見と理解した方が良い。きちんとした身だしなみ、清潔感、好感を持ってもらう態度。しかし内面で怠ってれば、いくら外見を良くしても、良い印象はでないと思う。やはり日ごろの訓練だろう。

 中身と外見が伴っていないと、チグハグな印象を与えてしまうかなとも思う、『氏より,育ち」、『掃き溜めに鶴』、どんな環境にあっても、品格、物腰の良さがあれば、評価は良いだろう。そして洗濯の行き届いたこざっぱりとした服装。たとえば興味のない話を向けられても、本人が興味のあるフリをしても相手に興味がないのが伝わる。逆に興味がある話だと、ポーズ、声のトーン、表情が変化して、あー興味があるんだなと相手に伝わる。ここまで外見かいと言う人もあるだろう。しかし著者はここまで外見としていると思う。目に見えるものすべてである。

 よく化けの皮がはがれる、ぼろが出ると言う、ホンのちょっとしたとき出る。落差がなければ良いが、落差が大きいと困る。評価が良くなれば良いが。なんてことを考えてるとビクビクして生きなくてはと考える。結論よりよき自分を自分で作り、後ろ暗いことはしないことである。自分で自分にウソは付かないことかな。

にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ
にほんブログ村

| | コメント (0) | トラックバック (0)

絶対貧困

2009・6・9

 面白くて一気の読んだ、ただ胸が切なくなる。想像を絶する環境と貧困の中で生きていく、その中でも生きていこうとする、生きていこうなんて生チョロイ物ではない。今命があるから生きてる、だから生きてる、何でもやって生きていく。日本人の感覚は危ないとか、法律に触れるとか、正義じゃないとか、偽善だ、だましだと思うだろう。しかし生きるという力の前では、そんな理屈は逆に邪魔になる。

 ギリギリ状態の環境におかれて生きることは、そんな理屈は邪魔になる。理屈を捏ね回してると、死んでしまう、どうであろうと生きるというエネルギーだけになると人は、どうやっても生きル、生きるというパワーはすごい。正しいとか、正しくないとか関係ない。ただひたすら生きる、命の限り。

 だったら滅茶苦茶かというと、スラム、貧民街、その社会のルールがあってうまく機能してる。本では主に東南アジア、インド、アフリカを取材してるが、世界中のどの国でも、どの時代でも存在してるし、存在していた。いつのときも国の為政者は、スラム、貧民街を良しとせず、追い立てる、囲い込む、とにかく見えないようにしてきた。新しいところでは北京オリンピックの時の中国、ソウルオリンピックのときの韓国、明治の日本ではアジアの一等国になるべく、貧民、乞食、放浪芸人の囲い込みである。

 ただ許せないと感じたのは、ストリートチルドレンを使って、売春、物乞いをさせる、犯罪ビジネスが存在すること。この犯罪ビジネスがなくならない限りどうしようもないと思った。またゲリラ組織に兵士集めにストリートチルドレンが対象になってること。怖いのは、命が大事だとか言う理屈が通じないので、子供の兵士が一番怖いこと。簡単に人を殺すということ。しかしこのことは中国の文化大革命のときも、紅衛兵でも怖いのが10代、ポルポト時代のカンボジアでも怖いのは少年兵。おちゃん的に考えれば、思春期の子供って、二者択一の思考をしてしまうので、これが良いと言えばそこに突っ走って、知恵とか教育も中途半端だからあまり考えない、高々10何年の経験しかないから、良いと思えばどっぷりつかってしまう。おちゃんの経験から言っても、子供って残酷。というより子供時代って残酷。おちゃんの経験から言うと、中学3年くらいまでかな。中学3年まで、かえる、ニワトリの解剖平気だった。気味悪いより好奇心の方が先だった。

 非行問題にも関係するんだけど、思春期のある時期まで、きちんと教育しないと駄目、家庭環境もそこそこにしてないと。年端も行かないうちに、悪につかるとそれが当たり前だと考えるから。家庭環境が劣悪な子が非行に走ったとき、たまたま普通の子が非行に走ったとき、非行からの抜け方、その後の人生ぜんぜん違うから。

 確かに物乞いは人の同情心を引いて、それがひどければひどいほど同情を集める。同情心を利用してるからいけないとも言えない。世の中は同情する人、される人が入るから生きていられる、もしそれがなかったら、みんな死んでる。宗教じゃないけど、誰もが持ってる意識はしないけど、慈悲とか、喜捨の心があるから生と死のギリギリの際でも何とか生きてるのかなと思う。お互いを支えあうルールかな。

 正論を言う人はいるけど、それが正しいのかなと疑問に感じる。確かにこの本に書かれてる最貧困を一気になくしてしまおう言うのは分かる。大事なのは、この本の書かれてる人たちの目線で考えないと。子供だけに関して言えば、絡み合った糸みたいに複雑でどうしようもない。でも子供には未来がある。子供だけは何とかしたいなと思う。時間かかるなー。

にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ
にほんブログ村

| | コメント (0) | トラックバック (1)

久々レース編

2009・6・7

 ボヘミアンのベストは卒業式までになんとか間に合わせた。しかしおちゃんのセーターはとうとう間に合わなかった。バッチャのことは一山超えたし、本も読みすぎで、頭がうに状態なので久々レース編。本の作品は二つ作ってみた。写真で言えば33ページ、35ページ、小物である。早く付く手見たくて作ってみた。出来上がりは思っていたよりゴージャス、結構使い勝手は良いだろう、持ち手つきなので物は入るが、持ち手の部分は鎖編なので、軽いものを入れたほうが良い。

 作品的には特にテクニックが高度なものはないがモチーフ自体が難しいものもある。一応初心者からもできるが、立体モチーフの場合、編図だけでは説明が足りない気がする。おちゃんも最初に立体モチーフを作ったとき、編図どおり作っても、立体的に成らずやっと作った。昔から立体モチーフに関しては編み図だけでは説明が足りないと感じてる。

 モチーフの最大の魅力は少ない量で作品が出来る、あまった糸の再利用、色、モチーフの組み合わせで個性的な作品が出来る。ドイリーは大きなモチーフであれば一枚でも良いし、小さめなら3枚、4枚組み合わせてできる。ただバッグの場合、編地で持ち手を作ると伸びてしまうので、多少高くても持ち手を手芸店で買ってつけたほうが良い。

 この本で一番気になったのは、手さげを作りまちの部分の寸法の段数が書いてないこと、ただ寸法だけ書いていても、初心者は分からないだろう。段数を数えながら、モチーフとまちの部分を編みつないでいくので、少々不親切な気がする。

 モチーフは壁掛けとか、発想法でいくらにも変化するので、初心者には打ってつけであると同時に、小さい作品ながら高度なテクニックを学べる。どうしても大作を作りたくなるが、基本テクニックだけで作っても面白くない。それなら高度なテクニックは小品から始めて、大作に挑戦した方が良い。小品でも高度なテクニックを使ったものは良いものである。またいろいろな色を組み合わせて、レース編をする時も、モチーフからはじめると、経済的。

  作品はどれも作ってすぐ使えるような作品も多い。これはすごく良い。よく作品的には良くても使いにくい、特に手さげは伸びたるするので、見た目は良くても結局使わないで終わるときもある。小品はプレゼント向きである。おちゃんも33ページ、35ページの作品はプレゼントに作った。

にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ
にほんブログ村

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«生涯発達の心理学